例えばイトコやハトコだったら、血の繋がりがある限りどれだけ疎遠でも他人じゃない。例えば恋人だったら、一時だとしても家族のような関係になれる。

 幼なじみなんて関係は、簡単に切れてしまうものだ。



 紫原くんと私は俗に言う幼なじみという薄っぺらな関係だ。家が二つ隣りで同じ幼稚園で、小さい頃は毎日のように一緒に遊んでいた。小学校も同じで、分団登校だったから毎日一緒に学校に行った。他の友達よりも特別な存在だったし、仲も一番良かったと言い切れる。

 でもそんなのは中学年の間に終わった。思春期とか男女の差とか時間の食い違いとか、原因は色々あったと思うけれど、私たちの距離は目に見えて遠くなっていった。朝会えば挨拶するし、忘れ物をしたら借りに来る。でもそれだけの関係。前みたいに遊んだりしないし、出掛けたりもしない。最後に紫原くんの家に行ったのは、いつだったっけか。

 随分前に貸したゲームはまだ返ってこないけど、随分前に借りた本はまだ返してない。けれど他のゲームはもう売ってしまったし、借りた本は他の本と同じようにきちんと並んでる。最初からそこにあったかのように、私の物かのように本棚に納まってるそれは、まるで紫原くんと私のようだと思った。貸したことも借りたこともなかったんじゃないか。最初からそんな事実はなくて、この本は私の本、あのゲームは紫原くんのゲーム、そうだったんじゃないか。私たちの幼なじみという関係が、今はもう欠片も見えないように。


 そのままなんの進展もなく時は流れて、私たちの仲はむしろ後退した。地元の中学に行った私とは違って、私立の中学を受験した紫原くんとの距離はもっと遠くなった。バスケが強いところらしく、小学校の部活とは段違いに練習量も多く、毎日遅い時間に帰ってくるのだとお母さん伝いに聞いた。私は、まだバスケやってたんだと思った。

 小さい頃からずば抜けて身体が大きかった紫原くん。力も強く、それを持て余してた彼にバスケを勧めたのは私だった。

 まあ試しにって感じてバスケを始めた紫原くんはセンスがいいのか短期間ですごく上手くなったけど、負けるのが嫌ってだけで別段バスケを好きになるとかそういうことはなかった。楽しいか聞いたら、返ってきたのは別にとかそうでもないとか気のない言葉ばかり。私自身勧めておきながらなんだけどいうほどバスケが好きなわけじゃなかったから、ふうん、そっかと気のない返事をした。うん、そう。でも私、敦くんがバスケしてるとこ好きだよ。そう?うん、そう。

 この会話を最後に、私は紫原くんと二言以上話した記憶がない。




「…あき、た」

「そう、秋田。寮生活なんだって。なんでもスカウトされたらしくてね、特待生だから学費とか色々免除してくれるんですって」

 ねえそう言えばあんた知ってる?から始まったお母さんの話に私は、驚きのような戸惑いのようなとても一言では言い表わせない感情を抱いた。

 スカウトって、ああそっか、キセキ?だったっけ?あの時私が何となく勧めたバスケが、なんだか大変なことになってるなと思ったのはそう古い記憶でもない。10年に一人の天才とか言われて雑誌で特集組まれてた紫原くんを見て、すっかり遠い存在になったなと思った。同時に、そのまま大きくなりましたってくらい何も変わってない紫原くんになぜか安堵も覚えたのだけれど。

 それにしても秋田。これで事実上、物理的な距離も遠くなったわけだけれど、不思議と実感はない。今さらなにが変わるわけでもないんだからそんなものか、と結論づけて部屋に上がった。借りた本はまだ手元にある。明日は入学式だ。もう寝てしまおう。



 そしてやっぱりなにもなく、夏休みを迎えた。私の通っている学校もなかなかバスケが強いらしく、インターハイ出場は逃したもののいい線まで行ったのだとか。校内新聞と垂れ幕で普通に生活してるだけでも目に入った。おめでとう。

 バスケといえば、別に嫌ではないけど嫌でも思い出すのが紫原くん。噂によればインターハイ出場が決まったらしいので、きっと恐らく東京には帰ってこない。決まってなくてもどうせ帰ってこないだろうけど。彼はホームシックとかそういった感情が、たぶん人より薄い。執着心が薄いともいうのだろうか。まあ私の記憶にある紫原くんの話だけれども。

 そう、希望者参加の補講を受けつつメランコリーに思い耽っていた私の時間を帰してほしい。



「え…もう一回」

「聞いてなかったの?」


『 明後日帰るから駅で待ってて 』


 脳が噛み砕くことを拒否したためもう一回と要求したその言葉は、何度聞こうが反復しようがやはりうまく飲み込めなかった。

 時間も具体的な場所の指定もないそれは、例えば近しい友達とかであったなら辛うじて分かるだろう。だがしかしこの伝言をお母さんに頼んだのは、今は遠い秋田にいるであろう幼なじみとは名ばかりの紫原くんであり、私は彼のアドレスも、ましてやケータイ番号すら知らないのだ。というよりも、紫原くんがうちの番号を覚えていたのがびっくりだよ。ていうかなんなのさ、自分勝手にも程がある。

 考えることとは裏腹に、私の心はとても軽くなっていた。夢だったら凹むくらいに。ていうかあれ、インターハイはどうしたの。

 その後とても気になりインターハイの日程を調べた結果、彼の言う明後日というのはインターハイ四日目の準々決勝をやる日のことだというのが分かった。もろ真っ只中。からかわれてるんじゃないかと思ったけど、紫原くんはそんなことはしない…と思う。てことは帰ってくるんだと思う。でも真っ只中。もしかして負けたのかとも思ったけど、今日の2試合目も彼のいる学校は勝ったという速報があったためそれはない。電話は私が補講に行ってる間、つまり試合が始まる前にあったというし…訳分からん。そして 明後日くる=準々決勝が終わってからくる か 朝からくる のどっちなのかはっきりしてほしい。今年のインターハイ開催地がそんなに遠くなくて良かったけど、だからこそ予測ができなくて困る。もう一本連絡をくれるだろうと完結してパソコンを閉じ、課題をやることにした。私は最初に終わらせるタイプだ。





「…久しぶりだね」

「うん」


 久しぶりに会った紫原くんは、色々変わっててなんだか泣きたくなった。昔から身体は大きかったけれど、人混みの中でも頭二つ分くらい出ている身長に、しっかりとした体付き、大人っぽくなった顔付きに低くなった声。変わらないのは、右手に持ってる大量のスナック菓子くらいだろうか。食生活が不安だ。


「えーっと、あ、あともう一人いるから。室ちんていうんだけど」

「え?…ああ、うん分かった」


 室ちん誰よ。てかそういうことは早めに言って…まあ紫原くんにそんなことを言っても無理なんだろうけどさ。結局なにも連絡してこなかった男だ。会えたのは奇跡だと思う。


「そういえば、インターハイはどうしたの?まだ終わってないでしょ」

「あー、いいんじゃない?赤ちんが出るなって言ったし」

「…そーなんだ」


 赤ちん誰よ。そもそも人?薬?この子自分勝手すぎる…昔からか。別に変わっちゃいないわ。外見は変わったけど、中身は別に変わってないんだな。…人と話しながらお菓子食べるとことか歩きながらお菓子食べるとことか。もう高校生だっていうのに、そこはちょっと変わっといてほしかったな。個性といってしまえばそれまでだけど、それ以前に行儀悪いよ。言っても無駄だというのはもう分かり切ってることだけど。


「アツシごめん、自販機混んでて…」


 駅の方から紫原くんを呼ぶ声が聞こえて目を遣ると、紫原くん程ではないけど背の高い、顔の綺麗な男の人がいた。彼が室ちんだろうか…似合わないあだ名。紫原くんのあだ名が似合う人なんて会ったことないけどさ。

 私の推測通り彼が室ちんだったらしく、紫原くんが片手を挙げて答えていた。室ちんさんが人混みを掻き分けてこの場所まで来ると、軽く上がった息を整えて私に挨拶をした。礼儀正しい人だな。


「どうも、オレは氷室辰也。えーっと、アツシの恋人だよね?」

「うん、そー」

「いえ、ただの幼なじみです」


 なんなの。氷室さん私のことなんて聞いてたの、紫原くん私のことなんて話してたの、ていうか肯定するんじゃない、違うでしょ。そんな関係じゃないでしょ。

 氷室さんのとんでも発言に逆に冷静になりながら更なる否定をすると、事の発端の紫原くんは至極不満そうに更に否定をした。なんでもいいけど、いやよくないけど、2メートル越えの男がほっぺを膨らませるな。可愛くないし…うん、可愛くない……こともないのが少なからずムカつく。


「ていうか。なんで紫原くんとか呼んでんの。昔みたいに名前で呼んでよ」

「それは…」

「それになまえ、俺のこと好きだって言ったじゃん。俺も好きだって言ったらありがとうって言ったじゃん。嬉しいって言ったじゃん」

「え、」

「なまえが好きだっていうからバスケだってやってたのに」


 いつもののんびりとは違って矢次早に捲し立てる紫原くんに、隣で氷室さんが困惑した表情を浮かべてこちらを窺っている。どういうこと?みたいな目で見られてるけど、困ってるのは私も同じです。紫原くんと氷室さんが長身なせいでただでさえ注目を集めているのに。修羅場?痴話喧嘩?とそこかしこからこそこそ聞こえる。やめてください、違います。

 まるで逃がさないとでもいうようにぎゅっと掴まれた手は、大きくて肉刺があって、昔の記憶と少しも掠ることはなかった。その熱のこもった目は記憶にすらなかった。こんな紫原くんは知らない。


「ねえなまえ、俺のこと、好きでしょ」

「……私、私は、」


 好きか嫌いかと問われれば、好きだと答えられる。仲違いをして疎遠になったわけではないのだから、好きに決まっている。けれどここでいう好きは、間違いなく恋愛感情での好き、だ。それは、私には、よく、分からない。


「私、私は、敦くんのこと、好き」

「うん、そーだよね」


 けれど。こんな瞳の彼にそのことを告げたら、好き以外の言葉をぶつけたなら。

 彼の性格を知っている私には、そう言葉を返す以外に選択の余地はなかった。





ねえ、君の夢を教えて





 私の描いたあなたとの関係は、こんなものではなかったはずなのにね。







私の中の紫原くんはヤンデレとフェアリーが共存してる感じ。

続いたら続きたい。

120711
加筆修正 131021



↓叱咤お願いします