「すっ、…好きです!」

「………」

「お、おおお、俺と、つっ付き合ってくださいっ!!」



『昼休み、中庭に来て下さい。』


 二つ折りにされた紙に綺麗な文字で綴られたそれは、私を疑心暗鬼させるには充分過ぎた。

 告白という線はまずない。どうせ冗談、悪戯だろう。行っても誰もいないか、いない方がいいような人たちがいるに違いない。からかわれるだけだと分かっていて誰が行く?当然、私は行かない。しかし、しかしだ。もし仮に本当に私に用事がある人だった場合、私はその人にとても酷いことをしてしまうことになる。私のくだらなく浅い深読みで昼休みを潰されてしまうなんて、その人に申し訳なさすぎる。しかしやはりからかわれているだけの場合、昼休みを潰されるのはかなり腹が立つ。

 行くか行かないか……四限目の授業まで使いたっぷりと考えた結果、私は覚悟を決めて行くことにした。女は度胸!当たって砕けろ!自分自身を鼓舞して向かった中庭では、私よりも当の昔に、まさに当たって砕ける覚悟で私を呼び出した張本人がいた。そして冒頭に到るわけだけれども。


「(突きあう……いや、付き合う、か…)」

「あの俺、2年の神童といいます、あの、サッカー部のキャプテンをやらせてもらっていて、それであのっ、」

「(君のことを知らない雷門生なんかいないだろうよ。それどころか他校生だって知ってるだろうよ)……あー、とりあえず、深呼吸しようか」

「はっ、はいっ!すー はー すー はー すー はっゲホゴホッゲホッ」

「え、ちょっ、大丈夫?」


 なんだこれ。

 神童拓人といえば顔よし・頭よし・運動よし、おまけに家は財閥でメンタルは少し弱いけど性格もいい、三拍子どころか五、六拍子揃ったスーパーマン。ただでさえ中学サッカー名門校の雷門で二年ながらキャプテンを勤めているということで注目を浴びてるのに、その上あんなアフターケア万全の充実オプションまで付いてたら、そりゃあ有名になってもなんらおかしいことなんかない。むしろならない方がおかしいだろう。そのくらい彼のことは、サッカーに然程興味のない私の耳にまで入ってくる。

 つまるところ神童拓人という存在は、私みたいに面白みの欠片もなにもないような普通のやつにこんな一世一代と言わんばかりの告白をするような人ではない。というか、イメージ的にそんなことはしない感じ。あの顔だ、女なんて選り取り見取り、望もうと望まざろうとホイホイ寄ってくるだろう。いや、そういうイメージでもないのだけれど。どちらかというとそもそも、異性に興味なんてなさそうなイメージだった。なのになんだこれ。なんだこれとしか言いようがない。なんだこれ。


「(よく見てみれば、そこの木のとこに隠れてるピンクはサッカー部じゃなかったか?)」


 むせた神童拓人の背中をさすりながら、周囲の気配を探る。他にもピンクと同様に名前は分からないけど、隠れてるサッカー部がちらほらといるな…。明らかにはみ出してるの…天城もいるし…サッカー部暇なの?練習しろよ。


「(そんなことよりも問題は、すっごい断りにくくなったってことだよね)」


 自分からフられたことを口外する人はそうはいなくても、他人のこととなれば話は別だろう。加えて神童拓人は人気者だから、噂なんてあっという間に広がる。ファンの女の子の耳に入った日にはなにをされるか分かったものじゃない。つまり断ろうが断らまいが面倒なことに変わりはなくて、私の心に神童拓人がない以上、断るのが懸命な判断。目撃者はいるが致し方ないだろう。

 しかしここで問題が浮上する。サッカー部は大会の真っ最中であり、神童拓人はメンタルがかなり弱いと評判。下手に断ってそれが原因で使い物にならなくなったりしたら、非難されるのは明らかに目に見えている。厄介だ。よりにもよって普通の擬人化みたいな私が、こんなに厄介な立場に立ったのは生まれて初めてだ。

 漸く落ち着いて呼吸ができるようになった神童拓人が今更私が背中をさすっていたことに気付き、顔を真っ赤にして素早く離れていった先で木の根に躓くのを手を引いて起こしながら、私はどうやってこの現状を打破するか考えた。

 はっきり言って私は神童拓人のことを好きではない。別に嫌いというわけでもないが、しかしメンタルが弱いと噂の神童拓人にそれを告げていいものなのか?その噂によれば、自分の許容範囲を越えると泣きだすとか。…当然、そんなことが私に分かるはずもない。ならば神童拓人のことをよく知っている人に聞けばいいじゃないか。視界の端のピンクは確か、神童拓人と幼なじみだったはず。これ以上に丁度いい存在はないだろう。


「神童くん」

「あうえっ、はいっ」

「(あうえ…)目を瞑って耳を塞いでてくれる?ちょっとしたいことがあるの」

「はいっ」


 まるで忠犬のように私の言うことを聞く神童拓人を尻目に、ピンクのところまで歩を進める。近寄ってみて初めて分かったけど、同じクラスのブロッコリー、もとい三国もいた。進路を僅かばかり変更して、そっちの方に向かう。…実はピンクの名前が分からない、なんて。


「三国、なにしてるの。暇なの?」

「半田…いや、俺は止めたんだが、浜野たちが面白がってだなっ」

「いや、そういうの別にいいから。ちょっと助けてよ、そこの…ピンクいおさげの子、神童拓人の幼なじみなんでしょ」


 身体的特徴で指名されたピンクは嫌な顔一つすることもなく、爽やかに私に名前を告げた。霧野蘭丸。ああ、なんとなく聞いたことがあるようなないような、あるような。霧野蘭丸は納得したように一つ頷いて言った。


「取り敢えず付き合ってやってください」


 いやあの私、まだ何も言ってないんですけれども。


「大丈夫です、言いたいことは分かってます。ただ神童、きっと本気で泣くんで、取り敢えず断らずに付き合ってやってください。その内先輩もあいつのこと好きになりますから」


 そんなわけの分からない強引な理由で、人生初彼氏ができた。金持ちの一人息子でなんかもうすごいスペックの持ち主だ。これなんて少女漫画よ。





スーパーマンと私





「お兄ちゃん、私彼氏ができたよ」

「は?どんな奴?」

「サッカー部」

「三国?天城?車田?」

「なんでそんな知ってんの…ストーカー?」

「いや、俺OBだし、一応。で?誰だよ」

「ああ……神童拓人くん」

「キャプテン!?マジかお前、玉の輿じゃん!どうやったんだよ、普通のくせに」

「そんなのこっちが知りたいし、つーかお前も大概普通だからな。存在感で言えば普通以下だし」

「おいなまえ、お前兄に向かってお前とか言うなよ!」

「存在感の方つっこめよ」







兄弟仲は良くない。しかし悪くもない。
神童くんがどうしてこうなったのかは私にも分からない。なんかあれ、落とし物拾ってくれたとかそういうあれなんじゃないですかあれ。

続かない

120707
加筆修正 131021



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