男なんか嫌い。

 そう強い目で言った彼女は、自分の愛する者も男だと知っているのだろうか。


「あら、あの人は別よ。私が嫌いなのは人間の男。人間の女だって嫌いだけれどね。私は人間全部が嫌いなんだわ」


 どうして、そんなことは聞かなくてもよく分かっていた。そしてそれが、自分たちを悩ませていることも。だがしかし、自業自得と言ってしまえばそれまでであり、原因は遥か昔の一人の男の行動にある。だからこうして元凶である彼女を捕らえることで、それを正当化しようとする。悪いこととは思わないけれど、良いことだとも思えなかった。


「それで、私をどうする気?私を取り戻してと願った男は、もうとうの昔に死んだでしょう?」

「…神は、貴女に天使との子を産んでほしいと願っています」


 彼女は出産の苦しみを与えられないただ一人の女性であり、悪魔と呼ばれているが元は天使である自分の兄の妻にして、無数のリリンと呼ばれる悪魔を産んだ女性でもある。罪を犯したわけではない。裁くことはできない。神はそう言って、建前としてこの案を出された。拒否したとしても構わない、ただ天界に留めてさえおければ、と。


「そ。それは強制?」

「いえ、嫌ならばいいと仰っていました。ただ天界にはいてもらいたい、とのことです」

「ふうん、まあ別にいいけど」


 なんだ、そんなことだったの。そう、何でもないことのように言って、なら早くこれを解いて、と拘束してある手を上にあげた。え…、と後ろに控えていたガブリエルの声が聞こえて、我に返る。絶対に嫌だと言って断られると思っていた。


「なあに、貴方が言った事でしょう?」

「え、あ…その、嫌だと仰ると、思っていましたので、」


 呆気にとられてそう言うと、どこか小馬鹿にしたような表情でふっと笑われた。自分の周りには、というか天界にはこういった性格の女性はいない。聖母マリア様を筆頭に、みんな慈愛に満ちた心優しい方であるから。

 挑発的な視線にドキッと胸が鳴る。居心地が悪いとさえ感じる。アダムが取り戻して欲しいと神に願ったのも分かる。この人は決して自分のものにはならない人だ。だからこそ手にいれたくなる。これが独占欲という感情なのだろうか。知ってしまってはいけないと知りながらも理解は進む。私は、天使なのに。


「別に嫌ではないわ。毎日娘たちに馬鹿な男や子供を襲わせるのにも、ちょうど飽きていた所だったしね。私、誰でもいいの。あの人じゃなくても」


 妖艶に笑んで言う彼女は罪を知らない。知識の木の実を口にせず楽園を去ったからだ。悪を知らない。それは同時に、善も知らないということを表している。彼女は無邪気だ。自分のしたいと思うように生きる。彼女は罪を犯さない。嘘も吐かない。きっと天界に飽きたなら、出て行くと言って去ろうとするのだろう。それを神がお許しになるとは思えないが、彼女を止められるものもまた、いないと思う。

 アダムが彼女を欲したのが分かる。兄が彼女を妻にしたのが分かる。私は、堕ちてはいけない存在だというのに。こんなにも心惹かれるのは、きっと彼女のような人に会うのが初めてだからだ。戸惑いが思考を混乱させているに違いない。そうでも思わなければ、冷静を保つことなどできない。


「…では、お部屋にご案内いたしますので…ウリエル、解いてあげて」


 堕ちてはならない。そう思えば思うほど、彼女を意識してしまうという悪循環。堕ちてはならない。…でも堕ちたならば、兄と同じように…


「ミカエル?案内してくれないのかしら」

「っ、あ、いえ、すぐに案内いたします。君たちはもう戻ってても大丈夫だから」


 兄と同じように、愛しいと思っても赦されるのだろうか。いっそう高鳴る胸に、眩暈が起きそうになる。ドクドクと、苦しい。出来ればこんな感情など知りたくはなかった。それでも鼓動を正常に戻せないのは、一瞬でも堕ちてしまえば、と思った私の罪への罰なのだろうか。ああ、懺悔してももう遅いかもしれない。この鼓動が段々と、世界の変わっていく音に聞こえてきた。





悪夢の生まれる音







リリスヒロイン

120???
移動 131021



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