「ローデリヒ、…今日ね」

「…ええ」





1793年10月16日





「私は一度もお会いしたことはなかったけれど、とても美しい方だったと聞いたわ」

「はい、それはとても。あなたは彼女の若い頃にそっくりですよ」


 今日、彼女の死刑が執行される。革命が起こった結果だった。王家に対して国民が反旗を翻したという。それは実質、自身が見限りをつけたということで、彼は今どんな気持ちでいるのだろうか。

 自分にも数えきれない程経験はある。そうして強くなってきた。だが、何度経験しても遣る瀬ない気持ちが襲ってくる。最善の策はいつも身近にいる人を奪っていく。でもそうしなくては自分が生きていけないのだから、結局は首を縦に振らなくてはならない。もう何度目を逸らしたくなっただろう。早く死をもってしか解決できないような時代は終わってしまえばいい。

 もし今自分が彼と同じような事態になってしまったら、彼女は処刑台に立たなくてはならないのだろうか。王家に産まれたと、たったそれだけだというのに、彼女は殺されてしまうのだろうか。その時私は、首を縦に振ることができるのだろうか…


「…ローデリヒ、叔母様は…牢に入っている間、何を考えていたのかしら」

「…さあ、私には分かりません」

「そうね、私にも分からない…きっと誰にも、同じ状況に陥らなければ、分からないわ」


ローデリヒ、私は怖いの。恐れているの。いつか私もそうなってしまうのではないかと、愛するものに疎まれてしまうのではないかと。


 城下を見つめながら彼女が言う。何度同じように呟く人を見ただろう。みんな考えているのは国民のことだったのに、私のことだったのに、それによって殺されてしまう。どうすればいいというのだろう。どうすればよかったというのだろう。


「きっともうすぐ、神聖ローマ帝国は解散するわ。もしかしたら、あなたも消えてしまうかもしれない。…何かが消えなければ、この戦争は終わらない」


 彼女は聡明だ。祖母であるマリア・テレジアの血を濃く受け継いだからだろうか。だからこそ彼女は怯えている。起こりうる可能性の高い未来が見えるからこそ、怯えている。


「ローデリヒ、私が一番怖いことは、あなたに嫌われてしまうことよ。でも、私が消えることであなたが消えなくなるのならば、私は消えても構わないわ」


 何人も王家に生まれたことを嘆く姫を見てきた。自分を恨んだ者もいる。国よりも自分の命を、と泣き叫ぶ姫もいた。他国に嫁ぎたくない、と縋る姫もいた。私は彼女たちに何をしただろうか。私はただ在るだけの存在でしかない。彼女たちがいなくては成り立たないのに、私は、その声を聞こえないふりをして、民のためと犠牲にしてきた。悪いとは思わない。ただ、どうすればよかったというのだろうか。

 問いかけても答えが出るはずもない。牢の中で彼女が思ったことが私には分からないように、私のこの思いも私たちにしか分からないのだから。


「そうならないように願います。近しい人が死ぬのはもう見たくありませんから」


 私がそう言うと、彼女は悲しげにふんわりと笑った。愛しそうに城下に向けられる瞳は、彼女の心そのもののように思えた。


「もしそうなったなら、あなたの手で死にたいわ」


せめてあなたの手で終わらせてほしいの。私の命は、貴方のために在るのだから。


 彼女が亡くなるのが老衰であればいい。彼女が生きている間に戦争がなくなることは多分ない。それに至るまでにはまだ多くの時間が必要だろう。ならばせめて、彼女が幸せな生を送ることができればいい。それを壊すのが私ならば、作ることができるのもまた私だろうから。


 あなたはできる限り生きなさい。そう言った私を達観した目で見た彼女は、女性というにはまだ早い少女であったのに。なぜ私はそんな少女ですらも満足に守れやしない弱い存在なのだろう。





終わりは、君にあげる





 悲しいという言葉では表しきれない感情がある。自分の歩むその先に、絶望しかないのだと知ったら、人はどうするのだろうか。そんなことは最初から分かり切っていたのに、それでも歩むと決めたのは自分だというのに、こうして後悔にも似た感情ばかりを抱くことはきっと、消えていった幾ばくの命への冒涜となるのだろう。それでも、だからこそ、嘆き悲しんでしまうこの気持ちなど、彼らには分かるはずもない。







フランス王妃 マリー・アントワネットへ追悼

111016



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