「はるや」


「んあ?」

「はるや、はるはる、はるるん、はるちゃん」


 ポテチを咥えたままわざわざこっちを向いて返事をした晴矢に、私は一瞥も遣らずにそのままの姿勢で謎の言葉を連呼した。ちなみに今のところ、はるはるが一番気に入ってる。


「なんだよ、無視すんな」

「はるっち、はるぴょん、はるたん、はるりん」


 かけられた無視するなとの声も無視して、謎の言葉を続ける。はるや…はる…はる……ダメだ、もうでてこない。あ、なぐもんとかどうだろう、デジ○ンみたいでかわいそう。

 考えている間も喋りかけられてたけど尚も無視を続けていると、いい加減我慢の限界なのか痺れを切らしたらしいはるはるにパコッと小気味のいい音をたてて頭を叩かれた。そんなに痛くないけどなにで叩いたんだろう、とはるはるの手元を見ると、そこには赤色をした円柱の細長い箱が握られていた。どうやらはるはるの咥えていたポテチはチップ○ターだったようだ。ちなみに私はコ○ケヤ派であるからして、はるはるとは相容れない。ちなみにちなみに風介は王道のカ○ビー派。そんなことはどうだっていいんだけども。

 このまま放っておいたら機嫌が悪くなることは目に見えているので、ここで私は漸く晴矢を視界にいれた。変な線のない、立派なチューリップをはやした、晴矢だ。まじまじじろじろと何も言わずに見つめる私に不信感を抱いたのかは知らないが、晴矢が難しい表情で手を顔の前でぱたぱたしてきた。それでも何の反応も示さずじっと晴矢を見ていると、さすがに心配になったのか肩を掴んで軽く揺らしはじめた。大丈夫だよ、晴矢。そう言ったらほっとしたように安堵の表情を浮かべた。晴矢って忙しいね。誰のせいだ、とまた頭を赤い箱で叩かれたけど、晴矢のせいだよ全部。


「で、なんか用があったんじゃねーのか?」

「ん?ああ、うん。ほら、色々あったから。でも、もう晴矢を晴矢って呼んでもいいんだなって」


 だから可愛いニックネームでもつけてあげようと思って。今度はデコピンだったけど、やっぱり大して痛くはなかった。晴矢は少し優しくなった。気持ち悪い。




 日常が非日常になって、それが次第に日常に変わっていくことは、とても恐ろしかった。宇宙人とかエイリア石とかエイリア学園とか復讐とか、わけ分かんなかったし、ジェネシスだのなんだのはもっとよく分からなかった。何で大好きなサッカーでそんなことをしなくちゃいけないの、と思ったけど、それは私だけだった。皆は父さんに絶対の信頼を寄せてるから、何の疑いもなくやった。私が父さんを信頼していないとか嫌いとかそういうわけじゃなくてむしろ逆だけど、私は皆が怖くて、瞳子姉さんに助けを求めた。私と晴矢たちは決別した。

 私が父さんの下を離れてから数ヵ月後、瞳子姉さんはFFで優勝した雷門イレブンを連れて宇宙人を倒す旅に出た。私はエイリア石のこともなにもかも全部知っているし逃げ出した身だから、何か危険があるかもしれないと刑事さんの勧めもあって沖縄に避難した。同じような理由で匿われた豪炎寺くんとは、お世話になっている土方くんが兄弟の相手で手が離せないときなんかは一緒に練習をしたりしたのもあって、案外早く打ち解けられた。

 豪炎寺くんは炎を操るプレイヤーだった。ファイアトルネードは威力は勿論のこと、とても綺麗な技で、私は久しぶりに見る本物のサッカーに胸が熱くなった。同時に彼の炎は、晴矢を思い出させた。豪炎寺くんと晴矢はなにも似てなかったけど、その人の情熱そのもののように真っ赤に燃え盛る炎は一緒で、私はなんだか悲しくて淋しくて泣いた。そんな私を見て豪炎寺くんは、静かに一粒涙を落とした。土方くんが夕ご飯ができたと呼びにくるまで、ずっと私は泣いていた。


 色々あって父さんが逮捕された後、私はすごく久しぶりにお日さま園に帰ってきた。そこにいたのは最後に見た宇宙人の格好じゃなくて普段の、前までの格好をした晴矢たちだったけど、包帯を巻いて痛々しい格好をしていたし、なにより全員はいなかった。晴矢と玲名と風介と治だけだった。

 曰く、エイリア石はドーピングと同じことで、自分の可能な範囲を越えて筋肉を酷使するのだとか。使っている間は麻痺しているから大丈夫でも、使用をやめればたちまち体中が悲鳴を上げる。四人は私が帰ってくる前に退院できたけれど、他は皆入院しているのだと。私は泣いた。あの日沖縄で一度だけ泣いたときのように静かにではなく、声を上げてわんわん泣いた。泣き疲れて眠るほど盛大に泣いた。みんな泣いていた。



 その日から、晴矢だけに限らず皆が優しくなった。私が皆の優しさを思い出せないだけなのかもしれないけど、それでも皆はきっと、あのことがあったからこそ何かが変わったんだと思う。あれから二ヵ月経った今では、もう殆どが退院して元の生活をはじめていた。まだ少し足りないけど、やっと普通が戻ってきた。


「だからね晴矢、私…私は、もう晴矢はサッカーしてもいいと思うよ」


 私の言葉に、晴矢は目を丸くさせて驚いた顔をした。知ってるんだよ、晴矢。私気付いてるんだからね。

 あの事件から晴矢は、皆は、サッカーをしなくなった。そう言うと語弊があって、まるっきりしないというわけじゃなくて、なんていうか前みたいにどこかと対戦したり大会に出たりしなくなった。お日さま園の中ではするけど、外ではしなくなった。皆は何も言わないし気付いてないのかもしれないけど、私は知ってる。皆怖いんだ。あの時皆はたくさんの人を傷つけた。何の理由もなく、何の関係もない人をたくさんたくさん傷つけた。だから怖いんだ。またそうやって傷つけるかもしれないから、怖いんだ。


「だって晴矢たち反省してるんでしょ?反省してるから外でサッカー、しないんじゃない。だから私はもういいと思う。だってもういっぱい悔やんで悩んで苦しんだでしょ?だってもう悪かったってこと分かってるんでしょう?」

「………でも、」

「私は見たいけどな、晴矢のサッカー。ちゃんと自分の力で、自分の意志で、楽しんでサッカーしてるとこ、見たい」


 思えばもうずっとずっと、私はみんなのサッカーを見ていない。お互いがお互いを刺激しあって高めていくサッカーをしていたみんなは、自分の力で強くなることをとても楽しんでいた。それをしなくなったのはやっぱり、あの石のせい。あれのせいでわけ分かんない上下関係とか派閥とかできて、みんなおかしくなった。でももう今はそんなものないんだし、ちゃんときちんと自分のサッカーをすることで迷惑かけた人たちへの償いをすればいい。サッカーで傷つけたんだから、その倍サッカーで楽しませればいい。みんなの考えはネガティブすぎるんだ。


「だからつまり私が何を言いたいかっていうとさ、」


 知ってるんだからね、晴矢が悩んでること。みんなとは違う思いも抱えて悩んでること。晴矢はばかだから一人で答えが出せないんでしょ。それくらい知ってるよ。でもそんなことさ、はじめから悩むようなことじゃないんだよ、ばーか。


「行けばいいじゃん、韓国。世界でサッカーできるなんて凄いことだよ」

「…知ってたのかよ」

「それくらい知ってるよ、何年一緒だと思ってるの。風介も一緒に、なんだっけ、アフロディ?くん?に誘われたんでしょ。行ってきなよ」


 ばかな晴矢。単細胞でどんなことでも迷わずに一直線に進んでく晴矢。難しいこと考えるのなんて苦手なくせに、何を悩んでるんだか。遠慮の言葉なんて知らないかのように、自分勝手でそれと決めたら止まらなくて熱くてばかで、それが晴矢。そうじゃない晴矢なんて気持ち悪いんだよ。


「私は応援するよ。どんなことがあっても私は晴矢が好きだから。みんなもきっとそう言うよ」

「………俺、サッカーしてもいいのかな」

「当たり前、サッカー好きならしないと後悔する。ちゃんと自分のサッカーやって、世界に見せつけてきなよ」


 ありがとう、ごめんな。顔を背けながら小さく呟かれた言葉に聞こえない振りをして、軽く背中を押した。きっと晴矢はもう大丈夫。みんな時間はかかるかもしれないけど、もとのようにサッカーできる日が必ずくる。晴矢と風介の韓国行きがその一歩になればいいと思いながら、晴矢の置いてったチップス○ーを一枚摘んで口に入れた。うむ、相容れない。





ゆーあーみすていく







お互いに気付いてないけど恋愛感情はある。韓国行きの話はジャパン組より前に来てたという設定

110912



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