※夢主が結構酷い目にあってます





「ねえ照美ちゃん、」

「なんだい?」


 神様はどこにいるの?





あなたの行方は探しても見つからない





 もし神様が本当にいるのなら、きっと私のことが嫌いなんだわ。とは、彼女の口癖だった。


 彼女のこれまでの短い人生は、苦痛や恐怖といった負の感情で殆どが埋め尽くされていた。まず、彼女に親はいない。所謂捨て子というのだろうか、彼女は産まれて間もない頃にゴミ捨て場に文字通り捨てられていた。それをたまたま養護施設の職員が見付けて保護された。彼女の運はこれで尽きたものと思う。

 次に、二番目の親の存在。そのままその養護施設で育った彼女は、三歳の時にある夫婦に養女として引き取られた。穏やかで仲の良さそうな夫婦だったが、蓋を開けてみれば喧嘩の絶えない夫婦だった。彼女は虐待を受けて育った挙げ句、10歳の時に金に困ったためとある研究施設に実験体として売られた。

 最後に実験体としての生活。売り飛ばされた研究施設は、今から5年前に墜ちてきた隕石から発見された物質を研究する場所であった。その物質はエイリア石と名付けられ、筋肉増強などの所謂ドーピング的効果があることが分かった。言わずもがな、彼女を使った実験とは正しくソレである。その実験は全身にあらゆる痛みを伴った。死ぬギリギリまで試され、彼女は6度の心肺停止を経験した。もちろん即座に蘇生され、実験は淡々と坦々と続けられた。4年の年月を経て漸く人体の負担を減らすことに成功した。結果的に彼女は、歩けなくなり食べれなくなり見えなくなり残された時間もあとほんの僅かとなった。

 そして現在、事の次第が世に出て、研究に関わった多くの人間が逮捕された。彼女は警察に保護され大がかりな健康診断を受けた。そして新たに分かったことは、内蔵の殆どが機能停止していること、そのせいで子が為せない体であること、免疫力というものがほぼ死滅していること、そのせいでただの風邪でも死に到り、また少しの菌でも簡単に感染してしまうこと、ホルモン分泌機能も同じように機能停止したため、身体の成長が遅く又は止まってしまったかもしれないということなど、挙げればきりがない。要するに彼女はいつ死んでも可笑しくない、むしろ今生きていることが可笑しいほどの虚弱体質となってしまったということ。


「私にはもう何も見えないの。私の世界はいつも真っ暗で、見たくないものは見えないけど見たいものも見えない。何も見えないのよ」

「………」

「私は大切な人の横に立つことも、隣を歩くことも、同じ物を見ることも、一緒に生きる時間もない。私はいつも捨てられて置いていかれてひとりぼっちで、そのうちになくなってしまいそうな、でも誰も気に留めることはない、そんな存在でしかないのかな」

「…僕は、」

「照美ちゃんも、私を捨てるの」


 僕が彼女に出会ったのは、事が済んだ後、病院でのことだった。彼女の存在というのは、僕は疎かエイリア学園の人たちや瞳子さんも知らなかった存在で、聞かされたときは目の前が真っ暗になる感覚に陥った。僕は自分が利用されたことに、少なからず怒りを感じていた。だが彼女はどうだ。サッカーと何の関わりもなく、自ら望んだわけでもなく、ただ他人の私利私欲の為に将来を壊された。そしてそれはもう修復不可能で手遅れだった。僕は彼女に会いたいと言った。集中治療室に入っている彼女への面会謝絶が解けるには、一週間という時間を要した。面会といっても眠る彼女をガラス越しに一方的に見るだけのものだったけれど。

 彼女は美しかった。僕がこれまでに見たどれよりも美しかった。真っ白な髪に真っ白な顔、真っ白な手足。血の通ってない人形よりも血の気がない彼女は、ビスクドールのように静かに横たわっていた。きっとあの目蓋が持ち上がることはないと思うほど彼女からは生気を感じず、また死を前提としたとしても果たして息をして生きていたのか疑問に思うほど人形然としていた。ただそこにあるだけで壊れてしまいそうな異常な脆さを持った彼女は、異常なほど僕を惹き付けてやまなかった。


「照美ちゃんも私を捨てるの」


 真っ赤な目が僕を見る。澄んだ美しい感情のない真っ赤な瞳が、真っ直ぐに僕を見る。彼女の大きな瞳に写る僕は困惑や悲壮、あらゆる負をない交ぜにした情けない表情を浮かべているけど、彼女の目に僕は映らない。彼女の目には一度だって僕は映らない。彼女は僕の姿を知らない。彼女は研究員の顔も知らないと言う。空も雲も月も太陽も地面も草も花も虫も、朝も昼も夜も春も夏も秋も冬も、自分の姿も名前も誕生日も全部、彼女は忘れてしまったと言う。彼女は彼女を彼女が彼女に、何も、知らないのだと言った。


「ねえ照美ちゃん。神様はどこにいるの?」

「…きっと、どこにもいないよ」

「私が死んで、天国に行けたとして、そこにも神様はいないのかな」

「きっといないよ。天国だってきっとない」

「照美ちゃんはそう思うの」


 またあの、感情のない目。彼女の目に感情が映っているところなんて見たことはないけど、それとはまた違う目。彼女には何も見えないのに、何もかも見透かされてるような気持ちになる。奥の奥の奥底の、一番深いところまで全てを知られたような。居心地が悪くて安心感のある、目。美しい。

 瞬間、彼女が笑った。ふわりと緩く薄い笑みだったけれど、とても綺麗で美しくて儚くて。彼女の表情を初めて見た。引き込まれる。連れ去られる。魔法のような笑みだ。一瞬で別の次元に行ってしまったような気分になって、慌てて周りを確かめる。白い壁に白い天井、車椅子に乗る彼女と椅子に座る僕。それ以外は何もない。何も変わってなどいない。無意識に胸を撫で下ろしたのを取り繕うようにしてみたけれど、彼女には何も見えてはいなかった。

 そうして、微かに歪んだ唇を僅かに開いて、言った。


「可哀想ね、照美ちゃん」


 彫刻のような絵画のような、美しい出来すぎた微笑みで彼女は囁いた。

 純粋で無垢で無知で穢れを知らない、すべて悟った穢れた存在。混じり気のない瞳でない混ぜになった感情をひた隠しにして、圧倒的な存在感を植え付けながらひっそりと存在する。真っ黒で真っ白で、でも決して灰色ではない。仕草一つ、表情一つとっても、僕と同じ人間であるとは到底思えなかった。

 例えるならそれは天使のような、悪魔のような、死神のような、妖精のような。


「僕の神様は君だよ」


 例えるならそれは神のような残酷な存在だった。





あなたの行方は探しても見つからない







中二程度に軽く病んだ照美ちゃんと不幸をすべて集めたようなヒロインの、よく分からない神様議論
そもそもの捨てられてしまった原因はアルビノだったから
どこかの国だと、こういった異端児や奇形児が生まれたらやっぱり捨ててしまったりするそうです。悲しいなと思って書いてみました。アルビノ綺麗で可愛いのにね(´・ω・`)
キーワードは神様と彼女

110813



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