※なんと如月愛音がナチュラルに動いて喋ります





「なまえ、準備できた?入ってもいい?」

「あ、まだだめですよ!」

「春ちゃん、あたしは入ってもいいわよね〜?」

「月宮先生もだめです!」

「ちぇ〜」

「残念だね、林檎さん」

「残念ねえ、愛音ちゃん」



***



 嶺二くんと交際をはじめました。先生にそう打ち明けられて、ボクは親離れを突きつけられたも同然だったわけだけど、先生も子離れをしなくちゃいけなくなったことには、ボクも先生もあまり気づいてなかった。結果、レイジの恋人になった先生は、それでもなんとなくボクのことを優先しているように感じた。そしてそれはボクよりも、レイジの方が切実に感じていた。


「でも、でもさ、ぼくもアイアイのこと、大切だからさ…!」


 レイジって大人なんだなって、初めて思った瞬間だった。例えそれが歯を食いしばるようにして絞り出された言葉だったとしても。

 先生とレイジの交際に関しては、ボクは異論もなく、むしろそうなることをずっと知ってたような、望んですらいたような気持ちだった。少し寂しいな、と思ったのはどっちに対してだったのか。今となってはよく分からないし、関係性としてはあまり変わってないから、もうどっちだっていいのだけれど。ボクは二人の交際を、心の底から祝福することができた。



 誕生日のあの日、ボクとアイネは意識がリンクした。初めてのことで、先生も博士もすごく戸惑ってた。と同時に、喜んでもいた。アイネが目覚めるんじゃないかって浮き足立つ二人を見て、不思議なことに寂しくはならなかった。早くそうなればいいなって思った。ボクがロボットでも代用品でも、“ボク”を必要としてくれる人がいる。そのことを知ったからなのかもしれない。覚悟はもうできたんだ。



 その日は、至極唐突に訪れた。


「藍、初めまして…だね。初めての気がしないけど…こうして君の姿を見るのは初めてだ」

「不思議なことを言うんだね、アイネって」

「うん、不思議だよね。ぼく、藍の視界から、少しだけ世界を見ていたんだよ」

「は?」


 ボクとアイネが似てるって、それ外見の話でしょ?中身は全く似てない。ボクはそう強く思う。

 アイネは眠ってる間、意識はボクと繋がってた。何かがアイネを目覚めさせるきっかけにならないかって、ボクはそういう目的で生まれたから、そこに異論なんてない。けれど覗かれてたなんて。恥ずかしさはない。意識を繋ぐ以上、そういうことも起こり得ることは十分考えられた。それでも実際にそうやって言われると、なんだか…


 アイネが目覚めて、博士はボクの心をアイネの意識と切り離した。代わりにこれまで僕が構築してきたプログラムを当てがったようで、要するにボクは完璧に人工知能の搭載されたロボットになったってこと。あれから2年経ったけど、特に変化した点は見受けられない。

 ボクが危惧したあれこれは、実際は全部杞憂に終わって拍子抜けした。そんなもんだよ、人生って。レイジが言った。そんなこと起こるわけないって思ってたことが起こったり、こうだったらいいのにって思ってたことがそうじゃなかったり。思い通りにいかないし、空回ってばっか。でもそれだから、努力ってできるんだよね。レイジの話は不覚にもボクの胸に響いたみたいだった。



***



「なまえさん、綺麗です!」

「ほんと素敵!あー、憧れちゃうな〜」

「ふふ、ありがとうございます」


 メイクが終わって、わたしとトモちゃんと向き合ったなまえさんは、いつものように穏やかに微笑んでいて、本当にとても綺麗で、わたしは少し泣きそうになりました。

 如月先輩が目覚めて、わたしと四ノ宮さんと翔くんは藍くんが作られた本当の意味を知りました。わたしがなまえさんと同じ立場だったら、なまえさんと同じようにはできません。なまえさんは強く、今できる最善のことを考えて、藍くんに希望を託しました。それは言葉では言い表せないくらい、大変なことだったと思うんです。


「でも意外だったな。寿先輩って、結婚式とか海外で派手にパーっとやるんだって思ってた!」

「あ、それはわたしも思ったよ。藍くんも少しびっくりしてました」


 結婚式を埼玉の小さめの教会で行うという招待状をいただいた時、わたしたちだけでなく一十木くんや皆さんも驚いていました。一ノ瀬さんは一瞬ドッキリを疑ったようです。


「そうですよね、私も、すごく賑やかなものになるんじゃないかって思ってたんです。でもここは嶺二くんが決めてくださったんですよ。この教会、嶺二くんのご両親が式を挙げられた教会なんです」


 お義母さんには縁起が悪いからやめときなさい、って止められてしまったんですけどね、と笑うなまえさんに、寿先輩のお母さんを思い浮かべます。豪快であたたかくて、とても人柄のいい方です。嫁姑問題を藍くんが気にしていましたが、なまえさんの耳に光るイヤリングを見ればその心配もなくなると思います。

 結婚式を挙げるにあたって、寿先輩はとてもこだわったようです。なまえさんが幸せになれるようにといろいろ工夫をしてきました。今日が6月の大安なのもその一つで、なんと寿先輩はなまえさんに告白したあの藍くんの誕生日から、着々と準備をしていたようなんです。愛音さんに聞いた話によると、どうしても6月の大安にこだわったらしく、去年は予約が取れなかったのでプロポーズもしなかったらしいです。愛音さんは馬鹿だよね、嶺二ってと笑っていましたが、わたしはとても寿先輩らしいなと思いました。

 なまえさんの身に付けているイヤリングは、サムシング・フォーにあやかったものです。4つのサムシングの内の1つに何か古いものを、というものがあります。お家に伝わるものやお母さんのものを身に付けるそうなのですが、なまえさんのご両親は早くに亡くなっており、親戚もいないそうです。そこで寿先輩のお母さんがなまえさんに譲ったのが、このイヤリングなんです!寿先輩から子役時代の母の日に贈られたものらしいと、なまえさんは嬉しそうに話してくれました。


「なまえさん、寿先輩とは早乙女学園の同期だったんですよね?その頃から寿先輩のこと、好きだったんですか?」

「と、トモちゃん!」

「いいじゃん、春歌も気になるでしょ?この際だから教えてくださいよ〜」


 トモちゃんが楽しそうに笑いながら言うのを、慌てて止める。そりゃわたしだって気になります。気になりますけど!


「好きでしたよ、ずっと、昔から」

「えっ」

「わお」

「もう何年前になるんでしょう。両親が亡くなって施設に入ってから、ずっと暗い気持ちで過ごしていました。周りに馴染めなくて、いつも両親の姿を探して。この世に楽しいことなんてないって、そんな気持ちでした」


 語り始めたなまえさんはとても穏やかで、いつもと変わりないように見えます。


「そんな荒んでいた時に、嶺二くんを見たんです。テレビの中で、明るく笑う嶺二くんを。始めは大嫌いでした。私がこんなに悲しいのに、どうしてこの子は笑ってるんだろうって。神様って不公平だって。あの頃の嶺二くんはとても売れっ子の子役で、いつだってテレビの中にいました。私は嶺二くんを見る度に、腹が立って仕方ありませんでした。……気づくと私は、その怒りを原動力に、前向きに生きれるようになっていました。私もこんな風に笑いたいと思うようになっていました。きっとその頃にはもう、嶺二くんの笑顔に恋をしていたんだと思います」


 いつも穏やかで優しくてあったかくて、そばにいるとほっとする。作曲の技能やこの業界のことについてまだまだ未熟なわたしを、正しく教え導いてくれる。休日は一緒にお出かけしたり、お部屋にお邪魔させてもらったり。お母さんみたいな、お姉ちゃんみたいな、友達みたいな、わたしにとって様々に大切な存在のなまえさん。寿先輩とのことを聞いてもいつもと同じように穏やかに話すから、そんななまえさんの恋する乙女の顔を見るのは、初めてです。


「 私…嶺二くんの近くに行きたかったんです。音楽が好きだからというのももちろんあったのですが、作曲家になろうと思ったのはそれがきっかけでした。でもそう思って恋心を自覚した時には、もう嶺二くんはテレビの中にいなくて…でも諦めきれなくて、早乙女学園に入学したんです。それからは奇跡のような毎日でした」


 奇跡のような毎日。わたしも、早乙女学園に入学して、かけがえのない出会いをしました。大好きな親友、大切な仲間、尊敬する先輩、愛する人…みんなと出会えて、日々を過ごしていることは、本当に奇跡のように素晴らしいことだと感じます。

 なまえさんは少し照れくさそうに笑って、あなたたちだけに、特別ですよ、と言いました。愛音以外は誰にも話したことないんですから、そう言って頬を赤くするなまえさんを見て、トモちゃんと目を合わせて、思わずくすくすと笑ってしまいました。



***



「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」


 あ、手が震えてるな。緊張してるな。心臓も、なんか痛い。

 神父様、もといシャイニーさんの言葉を聞きながら、ぼくはちょっと気が気じゃなかった。なまえは誓いの言葉に頷いてくれるだろうか。ぼくばかりがなまえを好きなような気がしてる。そんなことないって分かってるのに。


「はい。誓います」


 透き通ったなまえの一言で、ぼくの不安とか緊張とか色々が一気に沈静化する。なまえってすごいな。改めて、なまえの存在の大きさを認識する。


「では指輪の交換を」


 シャイニーさんの言葉に、なまえの左手を取る。やっぱり緊張してるみたいで、なんとなくなまえの目が見られなかった。ベールが顔を隠してる、っていうのもあるけど。

 ぼくのよりサイズの小さい指輪を取って、ゆっくりと薬指にはめる。二人で選んだシンプルな結婚の証が、なんだか特別光って見えた。なまえの華奢な指に納まるそれが、ぼくにはとても尊いものに思えたんだ。

 なまえがぼくの薬指にも指輪をはめて、上目遣いにぼくを見る。やっとなまえの顔も、目も見られた。緊張してたり照れてたりしないかなと思ったけど、やっぱりなまえはなまえで、いつものように穏やかに微笑んでいた。あーあ、なまえには敵わないな。


「嶺二くん」


 小さな声がぼくの名前を呼ぶ。ぼくはそっとなまえの顔を覆うベールを外した。頬に手を添えて、少し屈む。あれ、近づいて分かったけど、少し涙目かも。なんだ、ぼくだけじゃない、なまえもちゃんと…。


「なまえ、君に永遠を誓うよ」


 なまえが頷いたのを合図に、誓いの口づけを交わす。数秒間、触れて離れただけの口づけを、ぼくは一生忘れない。







ASAS発売おめでとうございます!もうクリアした方もいますか?私は明日取りに行きます!

公式で結婚するのでこっちも結婚してやりました!恋愛禁止ってなんですか?
どうせなら主要キャラ全員出してやる!と思ってたのですが、ちょっと無理でした。おまけとかで出せるかなー?社長の神父様は脳内であの調子でしゃべらせてください。字面ではちょっと…ふざけらんないかなって思って…。

蛇足の割には長くなって私びっくりです。間に合わせようと書いたのですごい稚拙な文章ですね。単語とか表現とかあまり選んでる時間の余裕なかったです。計画性もなかったです。
前話までが誌面連載だとしたら、これは打ち切り後の同人誌とか単行本での補完とかそんな感じです。そんな感じで、好き勝手書きました。

とにもかくにも、藍ちゃん夢の皮を被った嶺ちゃん夢、とりあえず終わりです。元々きちんと締めようとか考えてなくて、ほんと書きたいように書いたので、私は満足です。欲を言うならプロポーズとか、愛音さんが目覚めたときのこととか、結婚式前のヒロインと愛音さんとか、その後の藍春ちゃんとか、書きたいなと思ってます。
あと実は「これの前に入れようかなーと思ってたけど流れ的にアレだしこれに入れるとほんとマジ長くなるからやめとこうってなった話」があります。それ多分近いうちに7として出します。なのでふわっとした感じで終わったの許してください。嶺ちゃんのポエム入れようか悩んだんだけど!いまいち浮かばなかった!

おつきあいありがとうございました。よろしければもう少しおつきあいください。

150312