「あいちゃんのバースデーパーティーをしましょう!」


 レンレンの誕生日が終わってすぐだというのにそんな話を切り出したなっつんにすかさずおとやんが同意して、翔たんがつっこんで、レンレンがそれを窘めつつ賛成して、ぼくは出遅れてしまった。

 機材トラブルで撮影が出来ないから待機してるように言われて、急遽用意された楽屋。今回の収録は体を動かす系のやつで、若い子に混じるのは少しあれだけど、それが笑いになるならまあよしとする。林檎先輩は別枠として、ST☆RISHの先輩アイドルで超人的肉体を持ってないの、ぼくだけだからね。人並み以上ではあるはずなんだけどね!?周りがすごすぎるだけ!


「ブッキー、何か悩み事かい?」

「…え?いやいや、えーと、計画するの早いんじゃない!?って思ってたんだ!」

「そうだよ那月、そりゃみんな忙しいし計画は早い方がいいけど、それにしたって早すぎねーか?てか急過ぎ」


 危ない危ない、レンレンは結構鋭い子だ。後輩たちは、もしかしたらなっつんと翔たんは少し話を聞いてるかもしれないけど、ぼくとなまえと愛音のことはともかく、ぼくとなまえとアイアイのことは知らない…はずだ。ぼくが出遅れたのは、そこが少なからず関係してる。



 なまえからアイアイのこと、愛音のことを聞いてから、1ヶ月が過ぎようとしていた。ぼくとアイアイの関係は変わるわけないし、なまえとは少しだけ前と同じように連絡を取るようになった。なまえは響にもあのことを話したと言っていた。

 少しずつ溝は埋まってきている。けれど…長い間タブーのように扱ってきたなまえと愛音に、反応が曖昧になるのは仕方のないことで。アイアイの誕生日だなんて、核心のような話題には、まだ慣れない。


「じゃあランちゃんとバロンはオレに任せてよ」

「俺たちは事務所の方だなー」

「れいちゃんは音波先輩よろしくね!」

「へ?」


 もーれいちゃん聞いてなかったの?とむくれたおとやんに言われて、慌てて謝る。どうやらぼくがメランコリーに浸ってた間に、話は随分と進んでいたようだ。れいちゃん失敗!


「とりあえず事務所に掛け合って、仕事を調整してもらおうってことになって」

「オレはランちゃんとバロンの説得と連絡をするからさ」

「僕は場所とか準備とかをします!」

「で、藍先輩の誕生日だったら、やっぱり音波先輩を呼ばないとって。れいちゃん仲良いでしょ?だかられいちゃんが先輩に連絡とってって」

「あー、なるほどね。そういうことなら任せてよ!場所はぼくのお家を提供しちゃうし」


 おとやんの口から出た“音波先輩”という言葉に、動揺しなかったとは言えない。ただそれは丁度そこら辺のことを考えてたからであって、日常よく耳にする“音波なまえ”の一つ一つに心を奪われていたら、とてもじゃないけど仕事にならない。

 天才は、愛音がパートナーでなくても充分に力を発揮できるようになって帰ってきた。これまでの空白を埋めるように次々と曲を提供して成功している。でも愛音とタッグを組んだ時のあの奇跡には、まだ到底及ばない。そのことに、心の何処かでほっとする自分がいた。





 後輩たちが年下の先輩にサプライズしたい、と言うので準備のほとんどを任せていたら、あれよあれよという間にアイアイのバースデー当日になってしまった。場所を提供したぼくはともかく、ランランとミューちゃんは殆どノータッチだと言っていた。ぼくも詳しいことはあまり知らないけれど、なまえは後輩たちと何かこそこそやってたからどうやらサプライズ側らしい。


「寿くん、お時間割いていただいでありがとうございます。折角のオフですのに」

「いーのいーの、大切な仲間のことなんだしさ」


 後輩たちとはまた別のサプライズを任されているというなまえに頼まれて、予定より早く、朝から家に招いた。パーソナルスペースでなまえと二人きりになるのはもう随分と久しぶりのことで、自分が緊張しているのが分かった。

 父親から受け継いだフェミニストな性分が幸いしたのか災いしたのか、女性の扱いには長けている。相手が女性であれば口をついて出てくる甘い言葉は後輩にも何度も咎められているけど、キャラのおかげか真面目に取り合われることはほとんどない。それはそれで悲しくもあるんだけどね。そして厄介なことにこの悪い癖は、本気で好きになった人に限って姿を見せなくなる。

 本気で好きになった人、つまりなまえに対して、ぼくは途端に恋愛下手になってしまう。今だって、押し倒して既成事実を作っちゃえばいいっていうぼくと、なまえの信頼を裏切ることなんてできないというぼくと、嫌われたくないっていうぼくとが鬩ぎ合っている。一歩踏み出したい気持ちはある。でも臆病なぼくは、少しずつ元の距離に縮まってきている今、早計で事をしくじりたくはなかった。


「…なまえ、ぼくに何か手伝えることはある?」

「はい、もちろん。寿くんに手伝っていただきたくてお邪魔したんですから」


 そう言ってぼくに見せてくれた笑顔は、ぼくたちが一番親密だったころと何も変わらず綺麗で、ぼくはつい錯覚してしまいそうになる。忘れるな、と言い聞かせる。ぼくたちの間に、確かに存在した溝を。なまえはまだ、ぼくの名前を呼んではくれない。それでもこうして、ふたりきりになってくれる。二度となまえの信頼を失いたくない。そのために、ぼくは誠実であろうと決めたのだから。


「普段、お祝い事では聖川くんが台所に立つんですね」

「ああ、うん。ひじりんは料理上手だからねぇ」

「そうなんですか。それなら皆さん、舌が肥えているでしょう。一層頑張らないといけませんね」

「えっ、なまえが作るの!?」

「はい」


 言われてみれば玄関先で遠慮するなまえから無理矢理受け取った袋には、ニンジンやらキャベツやらタマネギやら大量の野菜が入っていた。なまえの手料理。

 学園時代を思い出す。あの頃は学食のある昼以外は自分で何とかしないといけなかったけど、ほぼ毎日4人でなまえの作ったご飯を食べていた。好き嫌いの激しい愛音と響を矯正したなまえの料理は、もちろん美味しかったんだけど、それだけじゃなく暖かくて優しくて、まるでなまえそのものを表してるようだった。


「嬉しいなあ、なまえの料理がまた食べられるなんて」

「…懐かしいですね。こうして二人で台所に立つのは、学生以来ですか」

「愛音も響も全然料理できなかったしね。ぼく、家が弁当屋で本当によかったって思ったよ」


 なんでですか、と言いながらクスクス笑うなまえの横顔は、あの頃よりもうんと綺麗になってて、ぼくの胸は恋を覚えたての子どものようにドキドキと煩かった。なまえを視界に入れるたびに、こうしてぼくは何度も何度もなまえに恋をする。ぼくはやっぱり、変わらず…なまえのことが好きだ…。


「…なまえ」

「なんですか?」


 いっそ、打ち明けてしまおうか。何度も何度も、なまえに恋するたびに思っては、臆病風に邪魔されて言えずにいる。告白ってこんなに難しいことだっただろうか。なまえと出会う前のぼくはどんな風に女の子と付き合っていたんだろう。

 今なんて、ぼくの家にふたりきり、絶好のチャンスだっていうのに。手を出してしまえば、なまえはぼくから容易に離れられなくなる。けれどそんな身勝手で邪な方法で、なまえから得た信頼を棒に振りたくはない。…そんな、義務感だけでなまえが隣にいることになっても、嬉しいと思ってしまうのが…厄介なところなんだけど。


「今回は、どうしてなまえが料理担当なのかなーと思ってさ」

「ああ、そうですね…」


 野菜を洗ったり調理器具を洗ったりと準備をしながら、なまえがゆっくりと話した内容はこうだ。最初はいつも通りひじりんが作ることになってたらしい。けれどこの前受けた雑誌のインタビューで、アイアイがおふくろの味を「先生の手料理」と答えたことを翔たんが覚えていて、なまえに白羽の矢が立った、と。


「藍が食事を必要としないことは知っていますよね」

「うん」

「でも、藍が施設にいた時…メディアデビューするまでは、きちんと食事を摂らせていたんです。食事に慣れさせるためにも、家族の団欒を体験させるためにも。藍の味覚は私の料理がベースになっているので、私の料理をとても美味しいと感じてくれるのでしょうね」


 はにかんで笑うなまえの顔にはアイアイを心底可愛く思ってるって書いてあって、嫉妬すると同時にほっとした。

 なまえの気持ちをぼくらは知らなかった。好かれたい、なまえにとってたった一人の男になりたいと思ったけど、なまえは皆を平等に好きで、ぼくらはその思いを壊せるほどの勇気も愚かさも持ち合わせていなかったから。

 焦れる。なまえは穏やかな心を持っているから、取り乱す姿なんてほとんど見たことがない。故に心が読み取りにくい。そのことがぼくに焦りを感じさせる。こんなに好きなのに、相手がぼくをどう思ってるか、明確に分からないなんて…


「私、今幸せなんです。学生時代も、愛音と仕事をしていた頃も、藍を育てている時も、いつだって幸せではあったんです。けれど今こうして寿くんと肩を並べて、仲間のためにご飯を作っている、この瞬間を、とても幸せだと感じます」


 いつも寸でのところでぼくの邪な考えは霧散する。それはなまえを愛しているからだ。けれど邪な考えを持ってしまうのもまた、なまえを愛しているからだ。


「なまえ、ぼくはなまえのことが好きだよ。大好きなんだ、愛してるんだよ。ずっとずっと前から、ぼくたちがまだアイドルでも作曲家でもなかった、制服に身を包んでいたあの時から、ずっと…ぼくはなまえのことが好きなんだ…」


 なまえはやわらかく笑っていた。やわらかく笑って、皮をむき終えたニンジンをそっとまな板に置いた。手を洗ってぼくに向き合う。甘そうな唇が、もしかしたら拒絶の言葉を発するんじゃないかと怖くて、ゆっくりと開かれたその瞬間にはもう自分の唇で塞いでしまっていた。甘い。

 ああ、もう後戻りはできない。



***



「ハッピーバースデー、あいちゃん!」

「わっ!…ナツキ?ショウも…ていうかこの靴の数…もしかして全員いるわけ?なにこれ、どういうことなの?レイジの家で打ち合わせじゃなかったの?ランマル、カミュ」

「あー、察しろよ…つーかもう答えでてんだろ」

「頭の回転は悪くない方だと思っていたが?」

「あいちゃん、今日はあいちゃんのお誕生日ですよ!だから今からバースデーパーティーをするんです!」

「まあとりあえず中に入ってくれよ。お前、今日の主役なんだからさ」


 18時、ランマルとカミュに連れられてレイジの住むマンション前に到着。今日は次の曲の打ち合わせをする予定。珍しく1日オフのレイジが、待ち合わせても恐らく起きれないからと言うのでレイジの家で行うことになった。

 18時2分、オートロックを解除してもらいエレベーターに乗り、レイジの家に到着。インターホンを押すと間を置かずドアが開き、クラッカーの爆発音が1回。中身の散らないタイプ。それからハッピーバースデーの言葉。犯人はナツキ。

 18時4分、ナツキとショウに手を引かれ、ランマルとカミュに背を押されながらリビングへと連れて行かれる。華やかに飾り付けられた室内に豪華な食事。後輩たちの笑顔。ハッピーバースデーの声と複数のクラッカーの爆発音。今度は中身の散るタイプ、紙吹雪がボクに襲いかかる。後輩たちの奥に先生とレイジを発見。微笑ましそうな笑顔でボクたちを見ている。少しの喪失感を確認。

 18時10分、各自からのお祝いの言葉とプレゼント贈呈が終わり、一息つく。…暇もなく、バースデーパーティーが始まる。勧められるがままに食事を口に運ぶ。この味、先生の手料理だ。自然と箸が進む。先生の手料理を食べると、これがボクの糧になるんだと感じるから、不思議。



「っ、あ゛ーー、美味かった…」

「ランちゃん…ちょっと食べ過ぎだよ」

「うるせぇ、美味い飯は好きなだけ食う。じゃなきゃ飯に失礼だ」

「気に入っていただけたなら嬉しいです。お茶、どうぞ」


 くすくすと控えめに笑いながら先生が置いた湯呑みを、少し赤くなって手に取るランマル。面白いけど、面白くない。先生がこうしてみんなと一緒にいる光景は、やっぱりまだ少し新鮮で、少し戸惑う。

 レイジに打ち明けてすぐ、事務所のみんなにもボクと先生の関係を話した。もちろん、言えないところはぼかしてだけど。ボクの育ての親、みたいな存在。そう言うとなぜかみんな納得したようだった。ボクと先生が似てるって思われたなら、それは嬉しいな。


「美風先輩、改めてお誕生日おめでとうございます!」

「ハルカ。ありがとう」

「なまえさんって、とてもお料理が上手なんですね。美風先輩は毎日こんなに美味しいものを食べていたんですよね?羨ましいです」


 ハルカにはレイジに打ち明けた少し後に、ひょんなことからボクがロボットだって知られてしまった。ボクと先生の関係も、ナツキとショウと同様に真実を知ってる。まあ如月愛音のことを含めて真実を知ってるのは、レイジだけだけれど。ハルカは口外せずにサポートをしてくれるし、ちょっととろくて鈍くさいけどいい曲を作る、と思う。先生には及ばないけど、悪くはない…と思う。それに笑顔が可愛いと思う。人間の感情で言うところの恋、をボクはハルカにしてるんだと推測する。

 真実を知ってから、いつも、頭の隅っこで思っていることがある。ボクはどこまで如月愛音なんだろう、って。レイジから、愛音はなまえのことが恋愛的意味で好きだったと聞いた。ボクの先生への感情は、如月愛音とはそぐわない。ボクが先生に向ける愛は親愛だ。ボクと如月愛音は同じじゃない。でもいつか如月愛音が目覚めた時、ボクはどうなるんだろう、って。考えてしまうのは、仕方ないこと、だよね。

 先生も博士もレイジもハルカもみんなもきっと、如月愛音が目覚めてもボクを無下にしたりはしないと思う。それは信頼だ。でも不安になる。確定要素はないから。ボクという個を必要としてくれる存在が、いるにしろいないにしろ。ボクは人間と同じ時間を生きれないから。


「教えてって言ってみたら?きっと喜ぶよ。先生はハルカのこと、可愛がってるから」

「本当ですか?嬉しいです!」


 目をキラキラと輝かせて、全身で感情を表現するハルカは、見てるととても参考になる。映画の主役の話が来て、演技指導にハルカを選んだのは、完全に気まぐれだった。作曲家も表現の幅を広げた方がいいんじゃない?って、今考えればこじつけみたいな理由で押しつけたのは、真実を知るよりも知られるよりも先生が復帰するよりも前のことで、その頃からきっとボクはハルカに惹かれてたんじゃないかって思う。

 如月愛音を目覚めさせること。それがボクの生まれた理由。でも先生たちはボクのことを考えて、ボクが傷つかないようにって大切に育ててくれた。それがボクはとても嬉しくて。ナツキもショウもボクがロボットだって知ってるのに、こうしてお祝いしてくれて。レイジも変わらずに接してくれて。ボクはたくさんの愛に生かされてる。


「(けれどボクは、それでもやっぱり、生命体ではないから)」


 幸せだと思う。ボクはいつだって幸せだと思う。先生がいて、博士がいて、研究員の人たちがいて、大切に慈しまれて育ったあの時も。レイジとランマルとカミュと出会って、QUARTET NIGHTとして活動できていることも。ナツキとショウをはじめとした素敵な後輩に慕われていることも。ハルカっていう、愛する存在にも巡り会えて。ボクはいつだって幸せで。さらに如月愛音が目覚めたなら、それがボクの存在意義だったのだから、とても幸せだと思う。

 きっと、幸せ、なんだろうけど。


「…美風先輩?」

「ああ、えっと。少し…疲れたかも」


 バレバレの嘘なのに心配そうな顔をしてくれるんだね。心配そう、じゃなくて、本当に心配してくれてるんだよね。キミが優しい子でよかった。今ボク、情けない顔してるでしょ?静かに大丈夫か聞いてくれてありがとう。周りが気づかないようにしてくれてありがとう。キミのそういうところも、すごく、大好きだよ。

 そっと、背中に体温を感じる。先生の体温。先生はいつだってボクを一番に考えてくれる。ボクはずっとそれを当たり前のように享受してたけど、とても尊いことだったんだね。


「藍、もうすぐ9時になります。そろそろ眠くなってきましたか?」

「…先生、ボクもうそんなに子どもじゃない。今日だって、16歳になったんだから」

「ふふ、そうですね。ひとつおにいさんになりましたね。…七海さん、嶺二くんに言ってお水を貰ってきてくれませんか?」

「あ、はい!」


 ハルカをさりげなく向こうにやった先生は、何か話があるみたいだった。ハイスペックな頭脳のボクにはもう察しがついてしまったけど、いつかそうなるんだろうなって、それもどこかで分かってたような気がするんだ。もうずっと前から、ボクには分かってたような気がするんだ。


「なまえ、おめでとう。もうぼくは大丈夫だから、今度はなまえが幸せになる番だよ」


 なまえのその驚いた顔。滅多に見られないから、ぼくがそれを引き出せたときは、すごく嬉しく思うんだよ。君は知らないだろうけどね。







藍ちゃんお誕生日おめでとう!誕生日にこのお話上げたいな〜と思ってたので、発売延期には感謝です。

思うがままに書いてたら、ちょっとよく分からないですね。そのうち多分修正します。
私の計画性の甘さにより、いきなり藍春要素が出てきてしまったことをお詫びします。藍春にもってこうとしてたの、途中まですっかり忘れてたなんて、そんなことは。

藍ちゃんの外見年齢の話を4でしたと思うんですが、あれ、あそこでしといて本当よかったなって思ってます。ASASの特典、あれだめでしょ…5歳っていってんじゃんね!?って思いました。ほんと先出ししといてよかったです。公式設定がくる前なら無敵なんです。まあ改竄捏造ばんばんしますけども。

“美風藍”の話としてはこれで完結です。私は満足です。あとは蛇足的な後日談で物語を締めようかな、と考えてます。
元々劇団シャイニングの企画ツイッターがきっちり2月で終わっちゃったことが寂しくて、藍ちゃんの誕生日パーティーやらねば!と考えたものです。つまりこの話がピークです!あとは本当に蛇足です、多分。

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