「あなたが生まれてきてくれたことを、誇りに思います」



 自分の存在意義や理由を、深く説明されたことはなかった。気にならないわけではないけれど、知ってはいけないことは知らないよう、詮索はできなかった。いくら人間に近づくようつくられたとはいえ、所詮ボクはロボットだから。

 博士からボクの教育係を任されている、ボクが先生と呼ぶ存在は、アイドルとして本格的に活動するようになる前の世界そのものだった。今でも世界の中心には彼女がいる。ボクは先生に、大切に大切に育てられた。


「藍、あなたは完璧である必要はありません。しかし中途半端でいい、というわけではありません。出来るなら完璧を目指しなさい。けれど、無理をしてはいけません。自分の、そして相手の力量を見極めて、その上で目指せる高みまで登りなさい。出来るのに妥協したり諦めたりしてはいけません。けれど、無理をしてはいけません。また、無理をさせてもいけません」

「うん、分かった」


 先生は厳しいけれど、それ以上に優しい人。甘やかしてくれるけど、甘えは許さない。先生の言うことはロボットのボクには時々理解できないけれど、不要なことだとは思わなかった。




「先生、聞いた?ボク、メディアに露出することになったみたい」

「はい、聞きましたよ。おめでとうございます。今まで私が教えたこと、覚えていますね?カメラや人の前でもちゃんと出来ますね?」

「大丈夫。ボク頑張るから、見ていて」


 先生は色々なことを教えてくれたけど、その中でも一番力を入れて教えてくれたのは、音楽や芸能界の知識だった。歌は勿論、作詞作曲、楽器、ダンス、トーク、ポージング…他にもたくさん。

 生まれたてのボクにも分かるような専門知識を、先生はシャイニング早乙女が運営する早乙女学園で学んだという。ボクが生まれるまでは作曲家をしていたということも聞いたけど、なぜ今はしていないのかは聞けなかった。




「先生、ボク、グループを組むことになったみたい」


 ボクは代わりに、基本的には施設に篭りきりの先生に色々なことを報告した。ボクが外で見たこと、聞いたこと、感じたこと、離れている間にあった出来事ほぼ全てを話す。義務付けられていると言ったらそれまでだけれど、ボクから聞かせたいと思って話すのだから、これはちゃんとしたボクの意思だと思う。

 今日シャイニング早乙女から聞かされたこともきちんと報告すると、先生は少し驚いた顔をした。先生は表情が豊かな人、だと思う。そういえば一緒にグループを組むことになったメンバーの一人も、くるくると表情の変わる人だった。まあ先生とは変わる表情の、種類や質が違うけれど。


「まあ、そうなんですか」

「うん、来年マスターコースで後輩を指導することになって、そのために」

「この前の卒業生の中で、グループを組んでオーディションに望んだ子達がいましたね。その子達ですか?確か、ST☆RISH」


 後輩グループ・ST☆RISHの指導をするにあたって、指導役の先輩の方もグループを組んだらいいんじゃないかという、シャイニング早乙女の言わば思いつきで決まったらしい。と、事務所の先輩で説明に来ていたリュウヤが言っていた。

 ボクとしては一人で活動していた方が効率や都合はいいと思うけど、仕事の幅や世界が広がるのも事実。それに社長に言われたんじゃ断る理由がない。なにより先生が喜んでくれそうだと思って承諾した。まあ乗り気じゃない人が二人いるみたいだけど、断れるはずもない。社長が言った時点でそれはもう、決定事項だから。

 滅多に外に出ないのに相変わらず情報が早い先生に疑問を感じながら、けれど口にすることはせずに話を続ける。ロボットは主人に対して猜疑心を持たない。厳密に言えばボクの主人は博士なのかもしれないけど、ボクが主人だと認識しているのは先生だし、博士はそのことについては何も言ってこないからこれでいいんだと結論づける。プログラムの書き換えでもなんでも、博士なら簡単に出来るんだから。


「そう。ボクは四ノ宮那月と来栖翔を受け持つ予定」

「よかったですね。藍ももう立派なアイドルです」

「…うん」


 ボクはある意味機械の中では出来の悪い方、なのかもしれない。人間のように何も知らない、分からない状態で生まれて、でもロボットだから人間のように本能なんて持ち合わせてなくて。なんでも教えてもらわなくちゃ分からない。けれど知識を詰め込むだけではいけない。機械なのに機械的じゃいけなくて、人間的で抽象的なことを求められる。とても難しいと感じる。

 でもだからこそこうして先生に褒めてもらえるんだと思うと、なんだか胸部があたたかくなる。同時に懐かしいような感覚も芽生えて、不思議に感じる。悪くはない、多分これが、嬉しいって気持ち。


「藍は誰とグループを組むのですか?」

「寿嶺二と黒崎蘭丸とカミュだよ。ユニット名はまだ決まってないけど」


 メンバーを聞いて、正直合わないと思った。ボクがメディアに出るようになってからまだ1年くらいしか経ってないけど、この3人とは事務所絡みで何度か共演したことがある。面識もそれなりにある。キャラ被りもないし個々の人気も、まあ一応は申し分ない。それを加味した上で、合わない、とボクは思った。

 寿嶺二はアイドルとして十分評価に値する性格をしている。少し古臭い言葉を使うし空回る部分もあるけど、それが求められているキャラなんだと思う。HAYATOが色々あって引退した今、バラエティに強いお茶の間アイドルとしての地位を徐々に確立させていってる。誰にでも愛されるキャラ。子役として活躍してたから、演技力も舞台度胸もある。本人の三枚目気質が災いするのか、必ずしも人気と比例するわけではないみたいだけど。

 黒崎蘭丸はロックバンドのボーカル出身で、歌が抜群に上手い。愛想がないしファンに媚びないけどすごくストイックで、そこがいいって言われてる。アイドルっぽさは皆無だけど、仕事に手は抜かない。アクションが得意でスタントなしでの演技は賞賛されている。でも女性が大の苦手。それってアイドルとしてはどうなの?スキャンダルは起こらなそうだから、ファンにとってはいいのかな。同性人気が高いところは普通に尊敬する。

 カミュはシルクパレスの伯爵なだけあって、オーラがすごい。カリスマ性っていうのかな。気品があるし、何でも出来る。普段はそこそこ傍若無人だけど、カメラの前では執事系アイドルを演じている。時折素を見せるのは計算なのかな。ギャップとか二面性って結構需要があるみたい。頭もいいし立ち回りもうまいけど、ランマルとは相性が悪いみたいでしょっちゅう喧嘩してる。この話を聞いた時乗り気じゃなかったのもこの二人。

 これが現時点でボクの分析した3人。先生から教えてもらったことを元に観察したんだけど、これを踏まえて、合わないと思う。まあみんなボクより年上だしプロだから、仕事はきちんと出来ると思うけど。それとは別に心配なことが、一つある。


「…そう、ですか、寿くんと……きっと、楽しいグループになるでしょうね」

「先生、レイジと面識があるの?」


 そう口に出してから、これは聞いちゃダメなことだったかも、と思った。先生の顔が僅かに強張ったのが分かる。先生は寿嶺二の話題は避ける傾向にある。

 ロボット三原則その1、ロボットは人間に危害を加えてはならない。肉体的には勿論のことだけど、精神的にも重要なことだと思う。先生や博士には、特に気を使ってたつもりだったのに。こんな時は完璧でない自分が歯がゆくなる。


「…学生時代の友人です。もう何年も会ってないのですけど」


 苦笑してそう答えた先生。友達。それが先生の話してもいいラインなんだろうと推測する。今後、その先まで話してくれることはあるのかな。ロボットらしくないと思ったけど、どうせそうは望まれていないんだから、別にいいや。

 先生は優しくボクの頭を撫でた。この時のボクはまだそこまで身長が高かったわけじゃなかったけど、それでも先生は背伸びをしてたっけ。




「初めまして。藍の保護者の音波なまえです」

「前に話したボクの先生だよ。先生、四ノ宮那月と来栖翔。ボクのマスターコースの後輩」

「初めまして、あいちゃんにはお世話になってます」

「初めまして!俺も藍には世話になってます!」


 後輩二人にボクの正体がバレたから、先生を紹介することにした。マスターコースのボクたちの部屋での対面。先生が施設以外のところにいるのは新鮮で、なんだか少し落ち着かない。白衣を着てない姿を見るのも久しぶりだ。

 こうしてナツキやショウと並んでる先生を見ると、夢でも見てるような気分になる。ボクは睡眠を取ることはないから夢なんて見たことはないけど、落ち着かなくてふわふわとして、胸部をきゅっと締め付けられたような感じ。これはなんていう感情だろう。愛や恋、そんなものと似た感情なのかもしれない。


「藍、どうしました?どこか具合でも悪いのですか?」

「先生…」


 楽しそうに話す3人を少しだけ離れたところから見ていたら、先生が気づいて声をかけてくれた。ショウとナツキも心配そうにボクを見てる。3人とも、ボクがロボットだって分かってるはずなのに。ああまた、胸部のここのところが痛い。人間で言う心臓に当たる場所。ここが止まっても他が動いていればボクは死なない。博士はボクのここに何を当てがったんだろう。いつの間にボクに痛覚が芽生えたんだろう。


「大丈夫だよ。なんて言うんだろう。嬉しいのかな。こんな風に先生を紹介したり、仕事仲間を紹介したりって、なかったから」


 胸部はあったかくてふわふわして痛くて苦しいけど、嫌ではない。とくとくといつも通りの音をたてるボクの心臓。でも今は少しだけ速いように感じる。

 いつも先生に向けるようにはにかむと、ナツキが飛びついてきた。ショウが青くなって慌ててるけど、今日は避けずにされるがままになってあげてもいいかもしれない。あらあら、仲良しなんですね。そう言って先生が笑ってるから、特別だよ。







ロボットの藍ちゃんが好き!というのを詰め込んでみたかったんですけど間に合いませんでした!伏線張っただけです。ゆるゆるのろのろ更新していきます。
夢主は藍ちゃんの教育係みたいな感じです。年齢は嶺ちゃんより下で、23くらいにしときましょうか。嶺ちゃんが龍也さんにマスターコースしてもらったってことで、林檎ちゃんにしときましょうか。まあもうね、音波圭くん成り代わりで藍ちゃんの教育係って、もうなんとなく展開読めるでしょうけども!ちなみに藍ちゃん落ちかは不明です。どっちかっていうと嶺ちゃんに落ちるかも。楽しみながら書きます。

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