勝利の女神様

「渋川から出てきてもらったのに悪いな、藤原。新しいプロジェクトDのメンバーが遅れててな」

涼介は口を潤した後、コーヒーをソーサーに戻しながら拓海に謝った。
高崎のファミレスで顔を合わせたプロジェクトDのメンバー。涼介、啓介、史浩。見知った顔ばかりだが、更に今回1人加わると涼介から言われて、仕事を終えた拓海は渋川からハチロクを走らせて出てきたのだ。

「兄貴、アイツ何してんだ?大学、もう終わってるんだろ」
「野暮用だと言っていた。駅まで来たら連絡しろと言っているんだが」
「この距離を迎えに行くのかよ」
「……車じゃないんですか?」

兄弟の会話に拓海は口を挟んだ。

「アイツは普段は運転しない。変なポリシーなんだ」

涼介はなんて事のないふうに椅子に背を預けて言い放った。「プロジェクトに参加するくらいの人間だぞ、運転しないってなんだ?」と拓海の頭はハテナでいっぱいだった。

「はあ、車自体は持ってるんですよね?」
「ああ、持っているが…」
「…が?」
「もちろんプロジェクトに参加するくらいだから、能力は申し分ない。だが、アイツはナビシートが好きらしくてな。俺や啓介の隣りが多い」
「そんな訳で、あんまりバトルの場には出てこねぇんだよ。レッドサンズメンバーでもアイツを知ってる奴は少ねえわけ」

啓介も“アイツ”と呼ばれる人物の事に詳しいようで、頭を掻きながら「変な奴だろ」と同意を求めてきた。
真子の助手席に居た沙雪みたいなものだろうか、と拓海は1人で納得することにした。
しばらくして、涼介の携帯が震えた。

「…俺だ。…ああ、駅に着いたか?今から行く。いつものところで待っていろ」

手短な電話を切ると、腰を上げた。

「駅に着いたらしい。迎えに行ってくる」
「おう」
「行ってらっしゃい」

涼介は啓介と史浩の返事を聞くと、颯爽と行ってしまった。
それを目で追う。店を出て見えなくなってから、拓海は向かいに座っていた啓介に顔を向けた。
そして、疑問をぶつける。

「大学って……幾つの人なんですか?」
「藤原と同い年だよ」

啓介の返答。

「同い年…」

拓海がそう呟くと、史浩が「いやぁ、大きくなったな」とジジくさい事を言った。
拓海はまた一つハテナを浮かべた。

「昔から知ってるんですか?」
「昔から知ってるも何も、アイツが中学生の時から知ってるよ。初めて会った時は涼介のナビシートに乗ってたな」
「アイツ、兄貴にベッタリだったからな」

啓介はテーブルに肘をつくと、掌底に顎を乗せて面白くない顔をした。

「何妬いてるんだよ、啓介。あの時はお前が悪かったんだぞ」
「うるせー。アイツもアイツで難しい年頃だったろーが」
「まあ、他の中学生より難しかっただろうなぁ」
「はあ…」

啓介と史浩が“アイツ”という人物の身内話で盛り上がり始めて、拓海は会話に入れなくなった。
高崎駅は目と鼻の先だし、涼介が“アイツ”と呼ばれる人物を連れて来るには大して時間は掛からないだろう、と拓海はファミレスの窓から外を眺めた。
雨がポツポツと降り出している。
啓介と史浩の会話をBGMにボーッと眺めていると、程なくしてFCがファミレスの駐車場に入ってきた。
戻ってきた、と拓海は思った。

「…戻ってきましたよ、涼介さん」
「兄貴早かったな。…ま、あの距離じゃな」
「近すぎだよな、流石に。溺愛というか、大切にしてると言うか」
「…ストレートに言えばいいだろ、過保護がすぎるんだって」

史浩が濁した言葉を啓介が言い直すと、彼の背後に長身が立った。隣には拓海とそう歳の変わらない少女がいる。

「誰が誰に過保護すぎるんだ?」
「おわっ!兄貴…。いや、別にそんな会話してねえよ」
「可愛い妹に過保護になって何が悪いんだ」
「……度が過ぎるんだよ、兄貴」
「未成年の女の子をフラフラとこんな時間に一人にさせる訳無いだろう」
「つか、由貴は男だろ」
「由貴のそう言うところは難しいんだから、もっとデリケートに扱ってやれよ。由貴が女になりたいなら女でいいじゃないか」
「あのさ、啓兄はもう諦めてるけど、涼兄くらいは配慮してよね。初対面の人の前で話さないでよ、その話」

涼介の後ろを着いてきていた手足のスラリとした少女が不貞腐れながらそう言った。

「…悪かった、由貴」

涼介はすぐに謝って椅子に座るように勧めたが、少女は立ったまま店員の呼び出しボタンを押した。
すぐにやってきた店員に「バニラアイス1つ」と立ったまま頼んでいる。
それから背負っていた高そうなリュックを椅子に置いて手洗いに行ってしまった。

「……話の流れがよく読み解けなかったんですけど、妹さん?なんですか?でも男って啓介さんは言ってて…えっと弟さん?妹さん?」
「本人が居ないから言うが、アイツは性同一性障害なんだ。男の体だが、心は女。そういうのがあるって言うのは知ってるだろう。アイツはまさにそれなんだ」
「…中学ん頃になると、男も女も身体が変化するだろ。それでアイツ、メンタルめちゃくちゃ荒れてたんだよ」

高橋兄弟に言われ、拓海は「ふうん」と言った。
まあ、どちらでもいいか。拓海はそんな思いで手洗いのある方に目を向けた。
……男子トイレか、女子トイレか。気にならんではないが。
バニラアイスが席に到着したすぐ後、由貴も手洗いから出てきて、リュックの置いてある涼介の隣りに腰を下ろした。
見た目はセミロングヘアの華奢な女の子に見える。花柄のブラウスに……胸の膨らみは無い。
バニラアイスを掬うスプーンを持った指にはネイルが施されていて、綺麗な桜色をしている。

「あの、はじめまして。……藤原拓海です」
「知ってる。涼兄に勝った奴でしょ」

由貴のぶっきらぼうな返事だった。
声は男にしては高く、女にしては低めだ。
由貴はバニラアイスを食べる手を一旦休め、肘をテーブルについた。
拓海は目線を下に下げてテーブルを見つめた。

「あれは勝ったというか……皆そう言ってるけど、俺は勝ったなんて思ってない、です」
「ふーん?まあどっちでもいいや。君のハチロク、面白い走りだよね。ボク嫌いじゃないよ。アレ、頭使ってたじゃん」
「…アレ?」
「タイヤを側溝に引っ掛けてたでしょ。…アレ」

バニラアイスのスプーンで拓海を指して空中で二拍子を刻んだ。
拓海はそのスプーンの先を目で少し追う。

「ああ、アレ…」
「ボクも自分の車でやってみたけど、面白かった。でも、よく考えたよね。ハチロクみたいな足元スカスカじゃないと出来ないよ。足回りキッツキツのFDやFCじゃ車体と足回り痛めるから無理。車高の落ちてるボクのやつでギリだもん」
「ハチロクに出来てRX-7に出来ない…じゃあ、なんの車でやったか……聞いていいですか?」
「ん?……カプチーノ」
「……それって…?」

食べかけのバニラアイスがガラスのカップの中で溶けかかっている。

「軽自動車」
「………あの、軽自動車って、ドリフトできるんですか?」
「できるよ?ボクもだけど、カプチーノはドリフト車で改造する人多いからね」
「へえ…詳しいんですね……」
「……もしかして君、車に疎いの?」

口元に当てていたスプーンが形のいい唇を滑って由貴は拓海と視線をかち合わせた。由貴の目は大きく見開いて意外そうな顔をしている。

「はあ、…勉強中というか、まあ…」

そう言って拓海は少し視線をズラす。

「…あっは!君、あんだけドラテク持ってるのに車のこと全然知らないなんて、天然記念物だよ!」

吹き出して笑った由貴はガタッと椅子を揺らした。

「涼兄、よくこんな人チームに入れたね!ははっ、お腹痛い!ボク気に入ったよ!」

涼介に満面の笑顔で言うとバニラアイスの溶けたカップにスプーンを置いて身を乗り出した。

「君のナビ、やったげる。どんな峠も任せて。絶対勝たせてあげるから」

由貴は肘をついて掌底に顎を乗せると、挑戦的な笑みを浮かべて、拓海を見つめた。
拓海はその笑みに一瞬ドキッとした。



プロジェクトD、始動。



…………………………
(20210623)
ロータリーに乗らないことにブーブー言いそうな兄達にそしらぬ妹(弟)という裏設定がある。

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