居なくならないで

ふた振りの打刀に懇々と怒られた後、私は「あいたたた…」と言って正座を崩した。散々正座で怒られて、足が痺れたのだ。
歌仙は溜息を吐いて、腰に手を当てたまま私に尋ねた。

「……さて。懲りたかい?」
「はいー、懲りましたー。すみませんでしたー」
「…全然反省の色が見えないのは僕だけかい?」
「だから懲りましたってば…。そんなに怒んないでよ。ほら、眉間に皺寄ってるって」

私は正座を崩した足を胡座に変え、口を尖らせた。左手で自分の眉間をトントンと触って教える。
歌仙はもう一度大きな溜息を吐いて、眉間の皺を解した。

「…今後、突然居なくなる事はしないでくれ。心臓に悪いんだ」
「…分かった。どこか行く時は、何か一言、誰かに言うようにするよ」

遅くなったが、私は怒られた意図をやっと汲み取ると、ちょっとバツが悪くなり、眉を下げて、素直に頷いた。
……そうだ。ここの刀剣達は『主が突然居なくなる事』を恐れているんだ。

「ごめん。歌仙、皆」

私は歌仙の顔を見て、皆の顔を見回して謝った。

「…いや、いいんだ。分かってくれたならね」

そう言った歌仙は安心したようだった。
そんなやりとりをしていたら、何処かからグゥゥと腹の音が盛大に鳴った。
私と歌仙は「ん?」と首を捻って、私が怒られていたのを座って見ていた刀剣達を見て行ったら、音源は意外にも剣勢だった。
皆が剣勢に注目する。
剣勢は自分の腹に手を当て、鳴ったのを不思議そうにしていた。

「腹が減ったら自然と鳴るものだ、剣勢」

山姥切は教えるように言った。
…なんだ、山姥切もなかなかに面倒見がいいじゃないか。

「オレも腹減ったかも…」
「俺も減ったな…」
「ボクもお腹空いたかも」
「僕も…」

短刀達も自分の腹に手を当て、それぞれ声を上げた。
それを聞いた一期は立っていた歌仙を見上げた。

「歌仙殿。八つ時もなく本丸中を探し回りましたから、そろそろ皆腹を空かせたようです。一先ず食事にしませんか?」
「いち兄に賛成!歌仙さん、ボクも手伝うよ」

「はい!」と手を挙げた乱。
歌仙は頷いて「少量のゼンマイと鮎があるんだ」と言って、今晩の夕食について考え始めた。
朝、ゼンマイと鮎をそれなりに取って来たが、いきなりこんなに人数が増えるとは思わなかったのだろう。
思案を巡らせた歌仙は、額に手を当てて若干不服そうに、しかし仕方ないと言うように溜息を吐きながら「また粥か……」と言った。

「お粥?あー歌仙さん、“雅じゃない”って思ったんでしょー。でもボク、お粥好きだよ?」
「そうかい?」
「お米の優しい味がするしね!」
「じゃあ、雅ではないが、今晩も粥にしよう。明日こそは万屋に買い物に行かないとね。栄養が偏ってしまう」

歌仙はにっこりしてそう言うと、皆が笑顔になった。
江雪は庭の方に目を遣り、口を開く。

「…あの畑もどうにかしなければなりませんね…」
「そうだね、明日からは主の体調を見て、徐々に仲間を増やしつつ、少しずつこの本丸も立て直して行かなければね」

それを聞いて、私は胸の前で左手を握り、宣言した。

「此処の本丸は、私が完全に立て直す。頑張るからね!」
「無茶だけはしないでくれ。出来るところからやっていこう、主」

歌仙は私の肩に手を置くと優しく釘を刺した。
宗三にも言われていたが、確かに二人の言う通り、私がバタバタ倒れては元も子もない。いつまでも此処を復興できない。迷惑だけ掛けてどうする。

「分かってるよ。皆、協力宜しくね」
「助力は惜しみません……。皆も協力してくださいます。……宗三も、そうですよね?」

江雪に言われ、宗三は肩を一つ上下し、フゥと溜息を吐いた。

「……仕方ありません。兄様が言うなら」
「口が減らないねぇ、宗三」

私は即座に口を挟む。昼に言われた事を言い返してやりたかったのだ。私の口元はニヤニヤしているだろう。
宗三は訝しげに私を見て、付き合ってられない、と言うように正座から立ち上がった。
そして、私の脇を通り過ぎて部屋の戸口まで行くと、振り返った。

「…貴方、使い方を間違えてますよ」
「分かってますー。分かってて言いましたー」
「……言いたかっただけですか。…子供ですか、貴方」
「そりゃ、貴方達に比べたら子供みたいなものですよー」

にひひ、と私は笑って戸口の宗三のことを見上げた。
宗三は睨むように私を見下すが、今の私は楽しくて仕方がない。宗三の睨みも私にとっては暖簾に腕押しだ。
宗三はそのまま部屋から出て行ってしまった。
一頻り戸口に向かってニヤニヤした後、「そう言えば」と言って、私はまだ部屋に残っていたメンバーに顔を向けた。

「どれだけ刀を見つけたの?」
「無事な短刀、打刀、太刀、大太刀、合わせて十一本です」
「んで、折れている刀が四本だな」

一期と厚が口を開く。

「おお、結構あったね。どうする?今なら少し霊力あるし、短刀だけでも顕現する?大きな刀を顕現する程、霊力を使うんだって事が一応分かってるんだけど」
「いえ、お元気そうなのは見て分かりますが、主は病み上がりですし、明日にしましょう。歌仙殿も無茶はいけないと言っておりましたし」
「僕がさっき言ったばかりなのを忘れたのかい?」
「忘れてないよ、…出来る気がしてたんだ」

私はポリポリと右腕を掻きながら、歌仙や一期には言い訳に聞き取れるような事を言った。
本当は、さっき月を浴びて少し霊力を回復したから顕現する事が出来るのだ。それを知ってるのは小夜だけだが。

「あるじさんは、今日はもうじっとしててね!歌仙さん、ご飯作りに行こうよ!」

人差し指を指して私に釘をさすと、立ち上がった乱は、歌仙を呼ぶ。
歌仙は「そうだね」と返事を返して立ち上がり、乱と台所へ行ってしまった。
私はそれを見送り、続くように、左手で体を支えて「よいしょ」と立ち上がって、一番近くに座っていた小夜に声を掛けた。

「私、厠行ってくる」
「続間を出て左の突き当たり……お風呂の隣にあるよ」
「ありがとう」

小夜に道順を教えてもらってお礼を言い残し、続間を潜った。トトっと誰かが付いてくる音がして後ろを振り向くと、付いてきたのは剣勢だった。

「連れションする?」
「……なに、それ」
「一緒に厠行くこと」

そう言いながら私は左手で続間の襖を閉めて、刀剣達の前から消えた。
昨日とは打って変わって明るい廊下を歩いて行くと、迷わず厠まで行くことができた。

「…ここが厠ね。覚えた」

そう言って厠の扉を開けて、確認した後パタンと閉めた。

「…入らないの?」
「うん。……ちょっと、冒険。一緒に行く?」
「……行く」
「ありがとう、相棒」

二人で手を繋いで廊下を抜け、本丸中を歩いて見て回る。
8畳の部屋、10畳の部屋、納戸…。
いろんな扉を開けて確認していき、とある扉を開けると階段があった。

「…階段だ」

見上げてみたが、その先は暗闇だ。
入口の壁にスイッチを見つけ、パチリと明かりをつけると、先が見えるようになった。
随分急な階段だった。

「なんだかさ…すごい古い日本家屋だと思ったら、電気のスイッチがあったり、シャワー付いてたり…、なんていうか、古風なんだか現代風なんだか」
「…らいの家、電気無いからね」
「まあね。電気の存在は知ってたけど、ウチには通ってなかったし…」

そう言いながら階段に手を掛けてゆっくり登って行く。
後ろを向くと、剣勢も付いてきていた。
登り切って、廊下に出る。
廊下はまっすぐ伸びていて、左には障子窓が続いていて、月明かりが廊下に優しく差し込んでいた。
廊下の右側には襖が続いており、大きな部屋なのだろうという見当がついた。

「へえ…」

私は声を上げた。
私は障子窓をスッと開けて夜空を見上げる。
月の光が粒となって私に降り注ぐ。

「…気持ちいい…」

夜の澄んだ空気、優しくそよぐ風、仄かに明るい月光。
私は少しの間、目を瞑って光を受け止めていた。
剣勢は隣でそんな私をみている。

私はハッと目を開け、パシッと障子窓を閉めた。
剣勢はその様子に首を傾げる。

「…もう、終わりでいいの?」
「いや、長く浴びてると、時間が経つのを忘れてしまうからね。厠に行くって言った手前、長居は出来ないから。…それに、誰かに見られたら大変」

ふふ、と私は少し微笑むと、包帯で巻かれた左手を見た。
もう痛みはない。
私は笑みを収めて、左手で右腕を抱くと静かに口を開いた。

「…剣勢。人だった事を私、…忘れそうだよ。…こんなに霊力を使う時が来るなんて思ってなかったから。霊力なんてあっても無くても同じって思ってたし。でもね、今はこの本丸の皆の力になりたいんだ。だけど、霊力を使えば、その分今みたいに充電しなきゃならない。刀剣男子の人数が増えれば、その分人の目が増えて、確実にバレる日が来る…。小夜は、皆受け入れてくれるって言ってたけど…、それでもきっと拒絶する刀剣男子も居ると思うんだ…。私は…嫌われたくない。人で、いたい。……でも、私は月から離れられない。ずっとこの葛藤をグルグルするしかないんだ」

目を瞑って左手を握り、額に当てる。
左手が震える。
剣勢は私の着物をキュッと握ると、小さく声を発した。

「…らいは、オレの、主。オレの、相棒。オレは、らいが何だっていい。でもらいが人でありたいっていうなら、人だよ。ちゃんと、人だ」

私を見つめ、言い聞かせるように告げた剣勢。
私は額に当てていた手を離し、彼を涙目で見下ろした。

「……そうだったね、相棒。……ありがとう。戻ろうか」

涙を拭い、そう言って階段を2人で降りていった。
階段の扉を開けて明るい廊下に出ると、歌仙と乱、厚、薬研が粥の乗った盆を持って、廊下を歩いているのに出くわした。

「…大将、厠に行ったんじゃなかったのか?」

階段の扉から出てきた私達を薬研は怪訝そうに見る。
私は包帯の巻かれた左手を後頭部に持っていき、あはは、と笑った。

「ごめん、厠と間違えて階段の扉開けてしまって、好奇心に駆られて二階に上がってた」
「大将の生理現象はどこいったんだ…」
「…あるじさんって、もしかして方向音痴?」

薬研が呆れ、乱が首を可愛く傾げてそう言う。

「…方向音痴は歌仙にも言われたよ、昨日…」

私は、もう聞き飽きた、と言わんばかりに眉をハの字にして困った顔をした。

「あはは、早く覚えないと、ここで暮らしていけないよ。あるじさん」
「それは困る。…頑張って覚えるよ」
「じゃあ、大将。後で地図描いてやるよ」

厚の提案に、私は後頭部から手をパッと離して、万歳をした。

「あ、助かる。夕飯終わったら描いてよ」
「いいぜ!」

厚はそう言うと、先に行った歌仙、乱、薬研を追って居間へ行ってしまった。
私と剣勢も後に続く。
続間を潜り抜けて居間に戻ると、大きな四角い卓袱台を何処からか出したらしく、皆それを囲んでいた。

「…なんか、大家族って感じ。良いね」
「皆で食事を囲むときは、居間と続間を全て開け放って卓袱台を並べて食べていたのです」

一期に言われて純粋に吃驚した。
続間を全部開けて、更にこの卓袱台を繋げるのか。居間の他に続間が二つもあるから、端から端まで遠そうだ。

「主は上座へ」

歌仙に言われて、「えー」と不服を伝えた。

「やだよ、私を特別扱いしないでよ。皆の隣りがいい」
「君は本丸の主で僕達の主なのだから、上座なのは当たり前だろう。ほら、早く」

歌仙は両手を私の肩に置いて、グイグイ押して上座に座らせた。
ブー、と文句を言いながら左手で匙を握った。

「…それじゃ、いただきます」

私がそう言うと、皆が匙を握って食事をし始めた。その風景を眺めつつ、匙を口に運ぶ。

(刀剣男子の人数が増えれば…その分人の目が増えて、確実にバレる日が、来る…)

「……るじ…主」

はっとして、声をかけられた方を向くと、そこには匙を持った歌仙。

「……ん?どうしたの歌仙」
「さっきから食事が進んでないみたいだけど、どうしたんだい?まだ、具合が良くないのかい?」

歌仙が心配そうな顔で問うてきた。皆を見たらほとんど食事が終わっている。それに比べて私の粥は殆ど進んでいない。
考え事をしていたら、手が止まっていたようだ。

「いや、そんな事ないよ?こんな人数で食事するなんて初めてだからさ。皆のこと眺めてた」
「…そうかい?早く食べないと、冷めてしまって、粥が美味しくなくなってしまうよ」
「ごめんごめん」

私は匙を置いて器を持ち上げた。ズズッと啜る。
歌仙はハァ、と溜息を吐いて私の脳天に手刀を落としてきた。

「その食べ方は雅じゃない!」
「人の食事中にチョップするのも雅じゃないと思います!暴力反対!」
「主がそんな食べ方をするからだろう!」
「早く食べろって言ったのは歌仙でしょう!?」

ギャーギャーと私と歌仙が言い合っていると、今日顕現した男子たちが目を点にして見ていた。

「今度の主は、なんとも賑やかで…」
「なんか、今までの大将と全然違うっつーか…」
「五月蝿い人ですね…食事くらい、静かに出来ないんですか。」

一期が苦笑いをしながら粥を食べ切る。厚も空になった粥の器に匙を置きながら笑った。
宗三も匙を置いてジロリとコチラに視線を寄越して呆れた顔をした。
それを聞いて、私は歌仙に噛み付く様に文句をつける。

「ほら、歌仙のせいで私が五月蝿い人みたいになっちゃったじゃん!」
「君の行儀が悪いからだろう!」

一頻り言い合っていたら、ハァ、と歌仙に溜息を吐かれた。またか。

「…早く食べないと、本当に美味しくなくなってしまうよ」
「はいはい、分かってますー」

そう言って私は匙で粥を掬って口へ運んだ。相変わらず、利き手ではないので掬える量が少なく、チビチビとしか食べれないのがもどかしい。
やっと食べ終わると、歌仙はサッサと器を下げてしまった。
一期は「歌仙殿、手伝います」と言って、歌仙の片付けを手伝いに台所へ。
左文字兄弟は自室へ戻った様だ。

「……さて、厚。約束通り、本丸の地図を描いて欲しいな」
「お、そうだったな。今、紙と描くものを持ってくるから待ってろ」

厚は席を立った。
私はそれを見送るとお腹をさすった。

「はぁ、なんか食べた気がしなかったな…」
「…歌仙と…喧嘩、してるから……」

剣勢が小さく文句を言う。私は溜息を吐いて、右腕を掻いた。

「悪かったね、騒がしくて」
「別に…そんなふうに思って、ない。……でも、らい、こんなに大声出すんだって…思った」

そう言えば、家じゃそんな大声出す事もなかったから、こんな私を見るのは剣勢は初めてかもしれない。
私も、こんな言い合いをしたのは多分初めてだ。

「大将ー。紙とペン持ってきたぜー」
「有難う、厚」

厚は私の近くに座ると、サラサラと本丸の地図を描いてくれた。
そこに居間に残っていた薬研と乱が、横から解説を入れていく。

「…ま、待って、ごめん……こんなに広いの、本丸って…」

私は地図を見て、頭を掻いた。
紙には、部屋の間取りは勿論の事、庭と馬小屋、道場に畑の配置、初日に行った転送場がビッシリ記されていた。

「この他に、裏山とか川とかもあるけど…」
「ま、まじか…」

乱の一言に、私は口の端を引きつらせて、言葉を絞り出した。
これは見ただけでは覚えられる気がしなくなってきた。
暫くは地図を持ったまま移動する事になりそうだ。

「はー……頑張って覚えるよ…」
「慣れるまでは、誰かと一緒に行動した方が良いかもな」
「そうなるか…」

薬研の言葉に、私は卓袱台に左肘を乗せ、顔を覆った。
確かに、本丸内で迷子になるのは避けたい。歌仙の「急に居なくなるな」と言う言葉もある。誰かと行動を共にした方が良いのは分かるが。

「…頑張る」
「おう、分かんなかったら直ぐに言えよな」

厚がニッと笑って地図を差し出してきたので、それを左手で受け取った。
タイミング良く、歌仙の手伝いをしていた筈の一期が顔を出してきた。

「…主、終わりましたか?湯殿の準備が出来ましたので、入ってきたら如何でしょうか」
「有難う、一期。…剣勢、入ろうか」
「……うん」
「あ、ボクもあるじさんと入りたい!」

乱が挙手してきた。
昨日は小夜と入ったし、今日は乱か。裸の付き合い…良いじゃないか。
もう月は浴びたし、今日こそは風呂の中で寝落ちというのも無いだろう。

「良いよ、一緒に入ろうか」
「やった!」

乱は「着替え取ってくるから、お風呂に集合ね、あるじさん!」と言って居間を出て行った。

「薬研と厚も一緒に入る?」
「…いや、オレはイイや…」
「俺も遠慮する」
「あ、そう…」

2人がそそくさと立ち上がって、居間から出て行ってしまった。
剣勢と一緒に審神者部屋に朝脱いだ浴衣を取りに行き、地図を見ながら風呂場へ向かう。
風呂場に着いたら、着替えを抱えた乱が風呂場の前で待っていた。

「お待たせ」

乱にそう言うと、「待ってないよ」と返された。
脱衣所に入り、三人で衣服を脱ぐ。
帯を取って着物の合わせを開いたら、乱にジッと見られている事に気がつき、私は「な、何…?」と言うと、乱は笑って視線を外し、自分の着ていたブラウスを脱いだ。

「あるじさん、本当に男の人だったんだ…って思って」
「…またその話…?」

溜息を吐いて、着物から袖を抜いた。それを左手で拾い、脱衣籠に入れる。
そういう乱こそ、見た目に騙されてしまう程ちゃんと男の子じゃないか。

「小夜から聞いてたんだ。あるじさんは男の人だ、って」
「ああ、小夜が言ってたのね。因みに、昨日は歌仙には凄く驚愕されて、山姥切には“貧相”って言われたよ。男だから胸なんか無いっつーの」
「あはは、そうなんだ。まあ、今までのあるじさんは女の人だったから…。」
「へぇ。……剣勢、髪結んで」
「うん」

私達は話しながら脱いで、剣勢に髪を結い上げてもらうと、手拭い片手に風呂場へ向かった。
剣勢に手伝ってもらい、身体を洗い流して、湯船に浸かる。

「…話は変わるんだけど、見つけた刀ってどこに置いてあるの?」
「あれ、あるじさん二階に上がったんだよね?見なかったの?」
「ああ……もしかして、あの広間?」
「そうだよ。そこに一先ず並べてあるんだ。勿論、折れてる刀は、ちゃんと破片全部集めてあるよ」
「上出来。実は、廊下の窓辺から見える景色が良かったもので、広間まで見てなかったんだ」
「ああ、本丸の中で一番高いから、景色良いんだよねー。あそこ」
「うん。月夜に反射した池がキラキラしてて綺麗だし、風通りが良くて夜風は気持ち良いし、良いところだね」
「ふふ、気に入ってくれて良かった」

乱が嬉しそうに湯の中で膝を抱えた。
私も膝を抱える。

「あるじさん。不便してない?困ったことがあれば言ってね。ボクはあるじさんの力になりたい」
「有難う、乱。……まぁ、利腕が無いから、ご飯食べるのも大変だし、髪結べないし、着物着れないし、不便な事は沢山有るけど…、此処の皆は優しいし、何とかやれてる。今日皆にも言われたけど、助けて欲しい時は遠慮無く頼らせてもらうよ。」

私は、ふふ、と乱に微笑み掛けた。
無意識に触っていた右腕に違和感があり、恐る恐るそこを見た。もう痛みのないそこが、少し赤黒くなっていることに気が付いた。
…斬られた後の腕を、ここに来てから初めてまじまじと見たが、斬られた傷というのはこうなるものだっただろうか?
剣勢が隣でじっと腕を見ている。
剣勢から隠そうと右腕を握って右肩を湯につけた。
乱は、この本丸の事を色々話してくれた。料理が上手い刀剣男子がいて、大体歌仙と一緒に台所に立っていたから、早めに顕現してあげないと歌仙が大変になるね、などなど。

「さて、そろそろ出ようかな…」
「…え、もう出ちゃうの?」
「逆上せて倒れたら、2日連続だからね。部屋に戻ってるから、何かあったら来て」
「う、うん」

一応、歌仙の約束通りこの後の居所を伝えた。乱は何か言いたそうだったが、返事をしてくれた。
右肩を隠す様に手拭を掛けてゆっくりと立ち上がって、湯から足を引き抜いた。
剣勢も付いてくる。
ガラガラ、と風呂の扉を開けて、乱れの前から私達は居なくなった。

ふー…と溜息が出た。

「らい…腕、痛いの」
「いや、逆。感覚が全く無い」

お互い小さな声で身体を拭きながら会話をやり取りした。
剣勢に浴衣の帯を締めてもらい、私達は風呂場を出た。私達は首には手拭いを掛けている。
地図を見て、審神者の部屋に向かって歩き出したが、くるりと方向転換をして、階段の扉の前に来た。
階段の電気をつけ、急な階段を上がっていった。
廊下に出て、板張りの床をゆっくり踏み出す。夕食前に来た時のまま、綺麗な月明かりが差し込んでいた。
少し障子窓を開け、窓に背を預けて座った。胡座を崩して、片膝を立てる。
月が粒になって降り注ぐ。それを月を仰いで受け取る。
剣勢は、お山座りで私の隣に寄り添う。
無言の時間が続く。
だいぶ満たされた気がして、私はいつのまにか閉じていた目を開いた。

「…戻ろう、剣勢」
「……うん」

左手を床に付いて、よいしょ、と立ち上がった。
そういえば、と思い、広間の襖を開けてみた。
何畳あるかもわからないほどの広い部屋。そこには、乱が言っていた通り、刀が並べてあった。布が敷かれ、その上に一振りずつ、綺麗に整頓されて。
夜目が利く方では無いが、月明かりを頼りに数えてみると、確かに15本並んでいた。
6振りの顕現で倒れたのだ。ここに置いてある刀を顕現するだけで何日掛かるだろう。

「気合、入れてかないとね。剣勢」
「……うん」
「待っててね…」

私はそう言って襖を閉めた。
階段を降り、地図を見ながら審神者の部屋に戻った。
縁側に出る障子を開けていたら、剣勢は押入れから布団を取り出していた。
そういえば、布団が出てたのは私のだけだった。私は布団の上に胡座を組むと、剣勢に布団の敷き方を教えた。
箸の持ち方の時の様に飲み込みの早い剣勢は、スラスラと布団を敷き終えると、私の様に布団の上に胡座を組んで座った。

「……寝ようか」

私がそう言うと、剣勢は頷いて、布団に潜った。
私は縁側から見える月を見上げた。少し、雲が出てきたか。…いい。もう寝よう。
私も布団に潜り、目を閉じた。


…………………………
(20191015)

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