はじめまして

午の刻。予定通り転送装置によって転送された。
私が現地に到着して結界を設定するまでの間だけ、政府が仮に作ってくれたものが空を覆っていた。

「…さて、と……来たけど…。とりあえず、母屋の方に行こうか」

竹林に囲まれた転送場。
朽ち果てた社が午後の柔らかな光に照らされていた。
獣道と見間違う、申し訳程度に道になってる石畳の道。この道の先にきっと本丸の母屋がある。
剣勢の手を左手で引きながら、転送場を出て石段を降り、雑草の生えた石畳を踏んで行く。
私の肩程の背しかない剣勢は無言で手を引かれている。

竹林を3分と歩かない内に母屋が見えてきた。

「……オンボロ……」

思わず私が口に出してしまった言葉。
審神者の代替わりの、結界の弱い時を狙って時間遡行軍に襲われた本丸。代替わりの前に審神者は殺され、審神者の霊力が無くなった刀剣男子達は刀に戻り、時間遡行軍に応戦した数振りは、無残にも折られたらしい。その後も臨時の審神者が宛てがわれたらしいが…その辺からはよく聞いてなかったので覚えていない。
此れは転送前に政府の役人から聞かされた情報だ。
実際見てみて、庭の池は濁り、芝生は抉れていて、家屋は壁が崩れているところもあり、当時の壮絶さを物語っている。

「酷かった…みたいだね。…ウチよりボロかも」

『ウチ』と言ったが、山小屋として放置されていたものを改築し、自宅兼工房として住んでいたものだ。その家兼工房も時間遡行軍により焼け落ちたが。
…憎き時間遡行軍。
ぎり、と奥歯を噛み締め、肘から先が無くなった右腕を見つめる。しかし、無くした物は無くした物。もう戻ってこない。
ハァ、と溜息を吐いて剣勢の手をギュッと握ると、再度歩みを進めた。
暫く庭を歩いていたが、打ち捨てられた本丸の姿がずっと続くだけで、埒があかない。
そうこうしてる間に転送されてから一刻以上が過ぎていた。

「流石に、ここ広すぎ…本丸全て宛もなく回るのは骨が折れるな…。誰か顕現して案内してもらおう」
「……うん」

ボロボロの家屋の方へ近づく。
私は朽ちかけの辛うじて残っていた縁側に、刀が無造作に置かれているのを見つけ、剣勢の手を離してそれを左手で取った。

「片手で振るうために細身で小さめに作られた打刀…。歌仙兼定だ」

刀をジロジロ眺めながらそれを分析する。どうやら折れては無いようである。
彼は初期刀としても選ばれることがある刀だ、と聞いた事がある。きっとこの本丸にも詳しいだろう。
霊気を注ぐように目を瞑り、左手に力を込める。
カタカタと刀が鳴る。数回鳴ったそれは動きを止めた。
途端、ぶわりと桜吹雪が舞って、そこ現れたのは紫の髪の刀剣男子。

「歌仙兼定様、ですね」

私は伺うように声を掛けた。

「君が、僕に霊力を注いだのかい?」
「はい。ここに新しく派遣された審神者、薄氷と申します。後ろに控えるのは剣勢」
「…剣勢?知らない刀だ」
「知っている筈もありません。私自身が拵えたものですから」
「君が?」
「前職は刀鍛冶でしたもので」
「そうか。……腕を無くし、この本丸へ来た訳だ」

私の右腕に目をやり、歌仙はそう言った。

「ええまあ…。兎に角、よろしくお願いいたします」
「……中、見たいのだろう。付いておいで」

腰を折り、頭を下げた私に一瞥くれた歌仙は、静かにマントを翻して踵を返すと、縁側をスタスタと歩き始めた。着いて来いと言われたので案内をしてくれるのだろう。私と剣勢は歌仙の後を追う為に草履を脱いで母屋に上がる。

「……汚れているから、土足で良い」
「あ、はい」
「…はい」

草履を脱いで上がった私達に歌仙はそう言うと、先を歩いて行ってしまった。
返事をした私と剣勢は草履を履き直して、恐る恐る母屋に上がり込んで歌仙の後を追った。
中も、太刀傷や叩き割られた卓袱台。畳は踏み荒らされた形跡があり、酷い有様だった。
とある部屋で、無残にも刀身の真ん中からボキリと折られた刀が部屋の隅に転がっていたのが目に留まった。

「歌仙様、お待ち下さい。刀が」
「あれは、…」

歌仙は悲しみを押し殺す様に顔を歪めた。

「これは……山姥切………長義じゃ無いな、国広?」

私は膝をついて左手を畳に置き、畳に顔を付くほど近づけ、折れた刀をまじまじと覗き込んだ。背に垂らしていた私の三つ編みがたらりと畳に付いた。

「そうだ。山姥切国広。前の主がいた頃、ここの本丸の一番最初に顕現した初期刀だ」
「…出来るか分かりませんが、出来るだけ復元してみます」
「!…そんな事が出来るのかい?」
「ですから、言ったではありませんか。“出来るか分かりませんが”と。……やってみます」

私は折れた刀身を左手で鷲掴んだ。
折れても流石は名のある刀。切れ味は良い。掌が痛む。血が滲んで、ポタリと落ちた血を埃っぽい畳が吸い込んだ。
力を込めるとボタボタと滴る血。正直かなり痛い。
私は霊力を注ぐ様、一層力を込めた。
いつの間にか、畳が吸いきれなくなった血が結構な血溜まりを作っている。

(…直れ、戻れ…元に戻れ…)
「らい……!」
「もう止せ!血が…」

歌仙も剣勢も制止の声を上げる。
その時、ぶわりと桜が舞った。

「俺、は……」

声をあげたのは、山姥切だった。
彼は頻りに両手を開いて閉じて確かめた後、驚愕の顔で私の事を見た。

「初めまして、山姥切国広様。私は薄氷、此方は剣勢。訳あって此方の本丸を任される事になりました。よろしくお願いします」
「アンタが新しい審神者…。俺は山姥切国広。写しの俺を直してくれて、感謝する」

山姥切は左手でフードで顔を隠しながらそう言うと、右手を差し出された。
苦笑いをした私は「すみません」と謝り、血塗れの左手で右の着物の袖を掴んだ。

「右手が、無いので……。左手は、ホラ、今はこんなですし…。握手は後程でも宜しいでしょうか」

そう言って左手を見せた。

「俺を直す時に怪我をしたのか…?!」
「あ、はい…まあ、折れた刀身を素手で掴みましたし。これ位で山姥切様が直るなら安いものです」

山姥切は驚愕に目を見開いて声を上げた。私はニコリと笑うと歌仙は溜息を吐いた。

「……早く手当てをしたほうがいい。破傷風になったらどうするんだい?」
「そんな大仰な…」
「怪我を馬鹿にしてはいけない。兎に角手当だよ。薬箱は…確かこっちだ」

そう言って歌仙は私の左手首を掴むと、隣の部屋の障子を開け放った。
少し乱暴に手を引かれるがまま、付いて行く。その後ろを、剣勢と山姥切が続く。
次の間の障子もスパンと開いて行く。その部屋に置かれた焦げ茶色の小さな棚の前まで私を連れて行くと、私の左手を離し、座る様に肩に手を置かれた。

「畳が少し汚れているが、座ってくれ。手当をする。」
「…は、はい」

言われるがまま、腰を下ろして左手を差し出す。傷はまだ開いたままで、血が流れ出ている。
剣勢は私の右隣にしゃがむと右の袖をキュッと握った。見知らぬ刀剣に囲まれ、作り手の私が怪我をし、不安なのだろう。態度もずっとオドオドしているし、顔も強張っている。

「……心配要らない。君の主は大丈夫だから」

歌仙は剣勢にそう言うと、私の前に膝をつき、テキパキと薬箱を取り出して消毒液とガーゼを取り出し、私の手の下にガーゼを置くと、がっしりと手を掴んで口を開いた。

「染みると思うが、我慢してくれ」

そう言いきった直後、容赦無く直に消毒液をぶっ掛けた。

「ぅいっ…!」

消毒液を掛けられる覚悟がまだ出来ていなかった私はいきなりの痛みに変な声を上げて飛び上がった。
反射的に左手を引っ込めそうになったが、手をしっかり掴まれていた為に逃げられなかった。
溢れて掌を伝っていった液をガーゼで辿りながら、傷口をしっかり拭うと、真新しい私の掌位のガーゼと取り替え、そのガーゼを覆う様にクルクルと包帯を巻いて行く。
気が付けば、指がすっぽり隠れる程殆ど全て覆われ、私の左手は鍋掴みの様になった。
包帯留めで端を留めると、歌仙は「…よし、」と言って私を真剣な眼差しで見据えた。

「…正直、ここまでやってくれるとは思わなかったよ。君を見くびっていた。謝らせてくれ」

歌仙から、いきなり出た謝罪の言葉。
私はポカンとして、意味を理解するまでに時間が掛かった。
最初出会い頭での、素っ気無い挨拶のことだろうか。
歌仙はきっと、私が揶揄う為にやって来たのだと思ったのだろう。

「謝るなど…しないで下さい、歌仙様。私には帰るところがないので、剣勢共々、ここでお世話になりたいと思っているだけです。…これは私のエゴなのです」
「あんな態度をとった僕を許すと言うのかい。しかも仲間まで助けて貰った。歌仙様、なんて呼ばないでくれ。僕達のことは気安く呼んでくれていい」
「……では…歌仙と。呼び捨てで構いませんか?」
「敬語も止してくれると助かる。君は、僕達の主なんだから」
「俺も……直して貰った恩がある。呼び捨てでいい。主と、呼ばせて欲しい」
「はい。……あ、うん。では遠慮無く…よろしく、歌仙、山姥切」

私は2人に向き直ると、深々と頭を下げた。

「頭を上げてくれ。言っている事とやっていることがアベコベだ」

歌仙は苦笑いで私の肩に手を置いた。
私は頭を上げて、ふふ、と微笑んだ。そして、依然私の着物を掴んだままの剣勢を、包帯ぐるぐる巻きの左手でつつく。

「…剣勢も、新しい家族にご挨拶して」

剣勢は私の着物の裾を握る力を強くして私を見ると、次に歌仙、山姥切を見上げた。

「…………よ、ろしく…お願い、します…」

辿々しいが、赤い頭を下げてしっかり挨拶をした。

「剣勢、よろしく頼むよ」
「ああ……よろしく」

2人は小さな新入りを快く迎え入れてくれた。
剣勢にとっては初めての刀剣仲間といったところか。
ずっと私と二人暮らしで、他の刀剣と会うことなど殆ど無かった為、ここに来てからは緊張していたのだろう。
しかし、快く迎え入れてくれたと分かった今は、少し眉尻が下がっている様に見えた。

かくして、私はこのボロボロの本丸の主となった。
出会った刀は二振り。

現在所持の刀は、
脇差・剣勢。
打刀・歌仙兼定。
打刀・山姥切国広。

まだ、あとどれだけの刀があるか分からない。
私の審神者生活が始まった。


…………………………
(20190701)
さて。二振り出てきましたね。
あまりギスギスしたくなかったので、とりあえず初期刀二振りです。
次は誰にしようかな。


[ 3/16 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -