さあ、行こう。彼の地へ。

「あ…!あ…!あるじーーー!?」

大広間で挨拶を終え、全ての刀剣男士と顔合わせを済ませ、私の自己紹介、現在置かれている状況、一期達と話した黒い仮説、それに基づくこれからの敵を話した。
皆狼狽えることなく快諾してくれて、私は胸をなで下ろした。
一同解散となり、皆が部屋から出たところで、加州が大きな声を張り上げて私を呼んだ。隣には乱が居る。
2人は詰め寄ると、目を真ん丸にして、私に話しかけてきた。

「あるじさん、その髪どうしちゃったのーー!?」
「そうだよ!あんなに綺麗な髪してたのに!なんで切っちゃったのさ!?」

2人の圧に私は少し圧されて後退る。

「いや……一気に顕現するのに依代に使ったから…」
「それにしてもバッサリいったね……勿体なーい」
「いやあ、もともと切ろうとは思ってたし…」
「ボク、あるじさんの髪、弄りたかったなぁー」
「俺もー」
「え、あーそう…なの…。……わかった、そんな目で私を見ないでよ。そんな二人にはこれあげるからさ。」

穴があきそうなほど残念そうに私を見つめる2人に、私は着物の袖から赤い縮緬の結い紐と桜色の縮緬の結い紐を差し出した。

「お下がりだけど、私の結紐コレクション。」
「えー!いいの!?じゃあ俺、赤がいい!」
「ボクはピンク!」

わーい!と2人で手を叩いた。
私はにっこりとそれを眺める。
そうしていると、後ろに人影がたった。

「…よお、主。」
「あ、日本号。どうした?日本号も縮緬の紐欲しいの?」
「あ?紐なんか要らねえよ。お前さんのさっきの話だよ、さっきの」
「……ああ、さっきの。」

さっきまで喜んでいた乱も加州も顔を引締めた。私も真顔に戻る。
さっきの、とは、顕現後の挨拶で皆に言った現状についてだ。
日本号は頭を掻いてから腕を組んだ。

「本丸に奇襲が来るかもなんだろ?その前に霊山に行ってみねえか?腕がおっこちてるかも知んねえだろ。落ちてたら儲けもんだ、薬研に縫い付けてもらえばいい。鱗剥がれんのも止まるかも知んねえだろ?」
「いい案だけど、ここを離れるのは不味い。行ってるその間に政府の手先が本丸に来たら私たちは終わる」
「俺たちを甘く見てもらっちゃ困るぜ?やるときゃやるんだよ、俺らは。敵がハッキリしてりゃ、俺達も動きやすい。仲間も勢揃いだしな」
「厚の言ってたのも、ボクも『そう言われればそうだよね』って納得しちゃった」
「うーん…いや、うん。うーん……」

日本号と乱の言葉に私は頭をガシガシと掻いた。「うーん」「うん」「いや」という言葉をしきりに繰り返しながら眉に皺を寄せて逡巡する。

「……腕が落ちてなかったら?」
「そんときゃ、考えればいい」
「主、元いた所をドタバタ出てきちゃったんだしさ。現場百回って言うじゃん。行くだけ行ってみようよ、主」

加州に後押しされ、私は首をようやく縦に振った。

「清光、乱、日本号、一緒に着いてきてくれる?」
「もちろんだよ、あるじさん!」
「当たり前じゃん」
「一応、言い出しっぺだしな」
「ありがとう。あと3人くらい連れていこうと思うけど、メンバーは考えとくよ」

三振りと一階へ降りて、曲がり角で各々解散となり、私は部屋へ向かった。
剣勢は先に戻っていたらしく、私の分まで布団を敷いていた。

「遅かった……ね。…何か、話してた?」
「うん、山に……行こうかって話になってね。日本号と清光と乱が着いてきてくれるって。ドタバタ出てきちゃったし…一旦、冷静になって現場を見た方がいいだろう…ってさ」
「…そう、なんだ。」

そう剣勢が頷くと、枕を抱きしめて視線を畳に落とした。

「……おれも。おれも、話してた。和泉守と安定と不動と。『主を守り通すという事の意味』とか『力の振り方』とか『覚悟』とか。……おれは、…その……弱い。……だから、心が決まってても、力が伴わない…って。……だから、強くなりたい。……らいを護り通す、力が欲しい。」

そこまで言って、枕をきつく握った。

「強くなるんだ……絶対に、らいを護り抜く力を、手に入れる。」
「ありがとう。私は、その心が嬉しい。強くなろう、私も頑張るから」



明くる日の朝。
ドタドタパタパタと二人分の足音で剣勢は目を覚ました。

「あるじさま!あさですよ、あさ!」
「起きろ!もうすぐ朝餉ができあがるぞ!今日の朝餉は蓮根だと言っていた!さあ起きろ!」

その爆音とも呼べる声量に流石の私もゆるゆると目を開けた。

「岩融に今剣………おはよ」

布団から上半身を起こしたが上瞼と下瞼が今にもくっつきそうだ。
ゆらゆらと体を揺らしながら寝たり起きたりを行ったり来たりしている私は、いきなり岩融に俵のように小脇に抱えられ、一気に覚醒した。

「……っうわ!ちょっ!なに!?」
「起きるまでにあまりに時間がかかりすぎる!よし、今剣、剣勢よ、居間へ行くぞ!」
「さあ!いきましょう!」
「らい……」

居間へ着いて上座に下ろされると、目の前のちゃぶ台に、茄子の浅漬けと蓮根の煮浸し、秋刀魚の塩焼きにワカメと豆もやしの味噌汁、冷奴、ご飯が並べられていた。

「おげ、茄子だ……」

私は小鉢に入った茄子を睨み、口をへの字に曲げた。そうしていると声をかけてきたのは、私の湯のみにお茶を入れに来た長谷部だった。

「主、失礼致します。茄子はお嫌いなのですか?」
「いやぁ……嫌いというか、苦手?」
「では、私の冷奴と交換でいかがでしょうか」
「え!交換してくれるの?嬉しい!」

私は諸手を挙げて喜んでいると、朝食を運んでいた乱が、茶々を入れる。

「あー、あるじさんたら、また好き嫌いしてるー」
「いーの!茄子は食べなくても死なないから!」
「主ってそんなに好き嫌いあんの?」

その茶々に入ってきたのは、やはり朝食を運んでいた愛染だった。

「だって、この前は残してたミツバを無理やり歌仙さんに食べさせられて、顔真っ青にしてたんだよ?歌仙さんと大声で言い合いになってて、すごく面白かった」
「はは、子供かよ…」

愛染は苦笑してご飯を並べていく。

「刀剣男士に比べれば子供みたいなものですう」

私は笑いながらそう言った。

「らいは……すこし、食べれるように…なってもいいかも……嫌なら、無理にとは、いわないけれど」
「剣勢までそういう……」
「あっはっは、味方居ねぇじゃん」

愛染は豪快に笑ったあとの言葉に、私はぶう、とむくれた。
続々と居間に集まる刀剣男士。
最後に三日月が入ってきて、私たちは朝の食事を始めた。
よく食べる刀剣男士たち。
私は蓮根を齧りながら、かつてない大所帯に目を細めた。

(私が、顕現させたんだ。…顕現、できたんだ)

わいわいと朝食を食べる刀剣男士はみんな笑っていて、幸せそうだった。
剣勢も方々から話をかけられ、対話する。
最近、剣勢の話し方が少し流暢になってきたのは、食事を共にしたり、とにかく刀剣男士達に関わることで言葉を学んでいるからに他ならない。
私は、いい傾向だと思った。

「どうした薄氷。食事が合わぬか?」

すぐ近くの右側に座っていた三日月が味噌汁を綺麗な所作で啜りながら問うてきた。

「違うの。みんな仲良くて、ワイワイしてて、そんで……そんで剣勢がね。みんなと仲良くしてて、あんなに楽しそうで、成長を感じるの。朝食の前も、私の好き嫌い直した方がいいよ、なんて言ってきて。前はそんなの言わなかったのに」

感動しちゃってさ。と私は三日月に打ち明けた。
三日月はうんうん、と頷くと、茄子の浅漬けを箸でつまむ。

「そうか。これがここの日常だ。毎日この賑やかな食事があり、皆と共に切磋琢磨するのがこの本丸だ。よかったな」
「そうだね…ほんとに、よかった」
「なんだ、泣きそうか?」
「いや、泣かない!」

私と三日月が話していると、小狐丸が声をかけてきた。

「主様。冷奴がひとつ多く見受けられます。茄子は何処へ?」
「やだなぁ、そういうの突っ込まないで。茄子食べれないんだから…長谷部に交換してもらったの」
「そうでしたか。揚げで食べれないものがございましたら、ぜひこの小狐丸へ。よろこんで頂きましょう」
「あはは、分かった」

食事を終えて皆が立ち上がる前に、わたしは声を掛けた。

「…皆、聞いて。」

今までガヤガヤと賑やかだった男士達がピタリと口を閉じて、立ち上がりかけていた者はその場に正座した。

「悪いね、片付けに入ろうとしていたところ。……今日の巳の刻、焼け落ちた私の工房へ様子を見に行こうと思う。メンバーは日本号を隊長に、乱、清光、和泉守、鶴丸、剣勢。私もついて行く。集合は社。準備をよろしく」

もちろん、昨夜の会話に参加していなかった日本号と乱、清光以外のメンバーはザワついた。
そして、和泉守は声を上げた。

「待てよ主。いきなりなんだって戻ろうって話になってんだ」
「言ったでしょ。腕が切り落とされたと。だから、落ちてないか探しに行く。無いなら無いでいい。あるならあるで、持って帰ってくっつかないかな……とか考えてる。腕がもたなそうでね。このままじゃ肩まで崩れそうなんだ。日本号と乱、清光には了解を得てる。ほかのメンバーは悪いけど私から選ばせてもらった」
「…選ばれるのは光栄だな。だが、時の政府が時間遡行軍を片付けたと言うなら、現場の後片付けは済んでいるだろう?なぜ行く必要がある。主が本丸から居なくなるのはどうかと思うがな」

鶴丸の言葉は最もだ。

「正直、私も一晩考えた。でも、私はもう一人じゃない。ここは戻るまで任せようと思う。大丈夫、すぐに戻る、ここが私の家だから。…んで…さて、政府は私が月の光さえあれば生きていけるーー即ち、人でも鬼でもないことをわかっているあちらとしては、喉から手が出るほど…言葉通り『手』が欲しいだろうね。実験もしたいだろう。だが、それよりも目先に欲しいのは実験できる刀。名も無き存在の刀鍛冶が作った霊力のある刀だ。つまり私が作ったものだ。政府のやり方を考えて…私だったら、あの小屋は保存をする。私達を追い出した後、時間の狂いを使い、小屋…いや、山全体を元に戻す。そして、新たな鍛冶師を育て、刀を作らせる。そこに私の霊力があれば。……どうする?私の腕、誰かにくっつけて月の光さえあれば霊力は湧くんじゃないかな。キノコの作り方と一緒だよ。原木に種菌を埋める……私が蛇から貰った力のやり方とだいぶ似てるよね。新たな刀鍛冶はーーーそうだな、例にあげるなら、私みたいな妖、または…捨てられた元審神者。だから、あると思うんだよね、腕。……多分、私の力の実験も含めてるだろう」

暫くの沈黙。
口を開いたのは、石切丸だった。

「そうだね。腕の所在は確認するに越したことはない。霊力の元である主の居た方が、探しやすいだろうし。だが、政府も政府だ。しっかり対策はしてくるだろうから、身支度を終えたら、私の部屋へ。対策はきちんとしなくては」

私は頷いた。石切丸はそれを見ると太郎太刀と何か話している。なんだか難しい単語が流れてくるがよく分からないので、兎に角私は身支度を終えた後に石切丸の部屋に行くことだけを覚えた。

「分かった。……ごめん。私の用事で……私のせいでこんなことに巻き込んでしまって…」

私は下を向くと、にっかりは普段と違う優しい笑みを向けた。

「謝らないで欲しいな、主。僕達は主に助けられたんだよ?」
「そう言ってくれると…うれしいよ」

私は皆に眉を八の字にして微笑んだ。

「さあ、主。着替えておいで。巳の刻まであまり時間が無いよ」
「ああ、うん。わかった。剣勢、行こう」

歌仙に言われて私は立ち上がり、剣勢を呼ぶと、部屋を後にした。

本当に、この家族は有難い。とても、心が救われる。言われると嬉しい言葉をくれる。
廊下を歩きながら、剣勢を見ると、強く刀を握っていた。ーーー『護り抜く』『強くある』と言っていた言葉。初めての出陣で身構えているのだろう。
私は左手で剣勢の頭をグリグリと撫で回した。

「大丈夫。皆ついてる。」
「……うん」

剣勢に着替えを手伝ってもらい、私達は石切丸の部屋を訪れた。

「…入るよ、石切丸」
「ああ、主。主の仮説を聞いて、太郎太刀と話し合ってね。これを持っていくといい」

そう言って小さな巾着を渡してきた。中身は小さな紙の包みが三つ、何かの種が一つ入っていた。

「……これ何?」
「これは、包んであるのは塩さ。それとその種はトウジンというものだよ」
「トウジン?」
「桃の種だよ。普段は漢方とか生薬につかうものでね。桃は神聖な食べ物だから、種は邪気を吸ってくれたり邪悪なものが嫌がるんだ。だからお守りに持っているといい。政府対策ではないが、何かと役に立つかもしれない」
「分かった。ありがとう」

私は石切丸に巾着を絞ってもらうと、受け取って懐に仕舞った。

「おー、いたいた。剣勢、お前に伝えなきゃならんことがあってな」

鶴丸が入ってきた。
そして、剣勢の前に来ると、言い聞かせるように口を開いた。

「いいか、剣勢。決して時代を動かすような言動行動は控えろ。できるだけ人と接触するなよ。これが時代を超える時の注意だ。鉄則だ。……まあ、今回は時が歪んだ霊山だからな。大丈夫だとは思うが、一応言っておくぞ」
「……分かった」

なるほど、そりゃそうか。と私は思った。今まで様々な時代を超え、時代を変えようとする時間遡行軍とやり合ってきた刀剣男士は、時代を正しいものにする。それを遂行する為のやり方は、審神者になって日が浅い私は知らなかった。

「そして主。君にも言っとくが、本当は主が時を超えるなんて以ての外なんだからな」
「はえ?あ、普通はそうなの?」
「当たり前だ。普通は審神者は常に結界の張ってある本丸に籠って霊力を行き渡らせて保つもんだ。初代の審神者だけは霊力を主が居なくても常に結界が保てるように結界の中に内結界を張って、たまの外出はしていたがな。あの一統でかい桜がそうだ。今回は咲いているが、普通は咲かせられない」
「……咲いてんだからいいんじゃ…」
「普通はありえないんだ。俺たちも久しぶりの開花に驚いてるところだ。だから、俺は今回は一言言うだけで留めた。今回の出陣は主が居なきゃならんものだからだ」
「……分かった、了解」

『普通はありえないんだ』の語尾が強く、まさか剣勢より私の方が口酸っぱく言われるとは思わなかったが、私は首を縦に振って返事をした。
さすがは年長の部類に入る鶴丸だ。よく知っている。普段は『驚き』だの軽い言動が多いのに。まあ、老齢すると驚きが減るからなのだろうが。

「んじゃ、社に行こうぜ」
「そうだね。……んじゃ、石切丸。行ってくるよ」
「武運を祈っているよ」

石切丸は手を振って廊下まで見送ってくれた。
社まで行くと、面子が揃っており、私が口を開こうとしたところでドロンと狐が現れた。

「お話は伺わせていただきました。私、こんのすけと申します」

私は一瞬で理解すると、こんのすけと呼ばれた狐を左手で押さえ込んだ。

「政府の手先が何の用?話はどこまで?……洗いざらい話さないと、握りつぶすよ」
「…うう、お離しください!お離しください!他の刀剣男士より釘を刺されておりまする!政府とのカメラ、回線は薄氷様がこちらにいらした時に既に遮断済みです!私はただ、今回の時間を渡る為のお手伝いをと…!」
「主、主、大丈夫だって。ちゃんと歌仙が釘さしてたから」

加州の言葉で、きゅう、と抵抗の無くなったこんのすけを離すと、私は立ち上がってこんのすけを見下し、目を眇めた。

「本当にカメラと回線は繋がってないんだね?」
「本当でございます!薄氷様の到着そうそうにご挨拶したかったのですが…話がだんだん怪しくなっていき、顔を出しづらくなってしまい、この様なタイミングになりまして……刀剣男士の皆様には早々に釘を刺されておりました」
「あ、そうだったの?」

私はポカンと加州を見た。

「そうそう。歌仙と一期と宗三なんかが特にね」

加州はちょっと苦笑いをした。それに釣られ、乱も笑う。

「いち兄、ちょっと怖かったんだよ?」
「それ笑える。…あぁ。なるほどね、部屋から出ていくように言われたりしたのはそういうこと」
「主には申し訳ないとは思ったけど。ここ専属のこんのすけだからさ。追い出せなくて」

加州に言われ、ふーん、と私は頷くと、こんのすけに話しかけた。

「んで?本当に山まで行けるの?」
「はい。こちらからの回線がバレないよう政府のネットワークにハッキングしたところ、霊山の現在の時間軸が分かりました。今回は薄氷様も行かれますので、このこんのすけがこちらから時間操作して皆様をお送り致します」
「…そう。じゃあ、いこうか」

私は素っ気なく言う。まだ信じたわけじゃない。でも、私は時間の渡り方を知らない。今はこんのすけを頼るしかない。
こんのすけは画面とキーボードを出して操作すると、「システムオールグリーン。転送、開始します」と事務的に言った。

私達は花吹雪の渦に囲まれ、霊山へ向かった。



…………………………
(20220427)
さて、後半戦開始の太鼓がなりました!

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