月と桜と

夕食を終えた私は刀帳を片手に歌仙、剣勢を連れ、二階の広間へ来た。入口に立つ。
障子を全て開け放ち、深呼吸をする。
月明かりが粒になって降り注ぐ。私自身が少しヒンヤリとした気がする。多分今、私の肌には鱗が出ている。
何分そうしていただろうか。何時の間にか閉じていた目を開くと、左手で思い切り頬を一発打った。

「あ、主?」

いきなりの事に歌仙がたじろぐ。

「気合いだよ、気合い」
「そ、そうなのだね…いきなり何をしたかと思ったよ」
「らい……自分を打(ぶ)つのは……だめ…」
「これは自分を打ったんじゃなくて、気合いだから。気付けだよ」
「そう、なの?」
「そう」

剣勢は煮え切らないようだったが、彼の肩にポンと刀帳を持った手を当ててにっこりすると、そのまま広間に入っていった。
緊張の面持ちで三日月宗近の前で正座した。
相も変わらず綺麗な刀だ。さすがは天下五剣。
私はゆっくり握って力を込めた。

(応えて)

カタカタと刀が震え、桜が舞う。
青い狩衣の美丈夫が私の前に立つ。

「あなや。この霊力、あの時の童か」

ゆったりとした口調で言われた言葉に私は目を丸くした。

「三日月……あの時の、三日月?」

本当に、あの時私に稽古をつけた三日月だったのか。
私は正座した膝を握りしめて前のめりになった。

「そうだ。大きくなったな薄氷よ。何故ここにいる?太夫はどうした。なぜ審神者になった」
「養父さんは……死んだよ。私はその後山に籠って鍛治を続けたけど、山ごとを時間遡行軍に襲われて、右腕を失った。自分の脇差と逃げて、政府の斡旋で…今は審神者」
「あれもじじいだったからなあ。そうか、死んだか」

太夫。【鬼神太夫】。養父の事だ。
養父は歳もあったかもしれないが、単純に過労死だったと思う。政府が仕事を与えすぎたのだ。養父も、政府に殺された。
『鬼神』なんてついているけれど、ただの偏屈な人間だった。ただ、霊山の麓の住人からそう呼ばれていたのを面白がって、自分でもそう名乗っていた。
三日月は少し寂しそうに言った。

「あれほど、自分の刀を作るなと言われていたのに、お前は作ったのだな」

三日月はゆったりと剣勢を見上げ、目を細めた。

「作ったよ。養父さんとの約束破ったけど、一人だと寂しかったから」
「太夫も喜んでいるだろうな。立派な刀だ。彼奴も作りたがっていたのだ。お前が作って、太夫も悲願だっただろう」

そう言って私の頭をフワリと撫でた。私は撫でられるまま、目を細めて身を委ねた。まるで、子供のように。
…ひどく、懐かしかった。

「……みか、…三日月。…おれ、剣勢って…言うんだ」

剣勢は意を決したように自己紹介をした。

「剣勢、良い名だ。どれ、近う寄れ。お前も撫でてやろう」
「ん…」

三日月は私と剣勢の頭を両手で撫でる。
歌仙は私達の話を聞いていたが、ふと疑問を口にした。

「三日月、主と会ったのは単騎出陣の時かい?」
「ああ。」

三日月の頭を撫でる手が止まる。
私たちも顔を上げて歌仙を見た。

「でもあれは前の前の主の時……多く見積っても3、4年前程だろう?主が小さい頃というのは計算が合わない。主はどう見ても成人しているように見えるが」
「本丸とあの霊山は、時の流れが違うからなあ。薄氷よ、今、歳は幾つだ?」
「うーん……詳しく数えてないけれど、三日月と会ったのが14位の頃で、今は……少なく見ても150歳超えたかな」
「150歳!?主、そんなに歳がいっていたのかい!?」
「え、うん。驚くよね。私、霊山に居たから。あそこ、時間が狂ってるんだ」

私が普通に言ってのけたら、歌仙は目を丸くしたまま顎に手を当てて考えて見せた。

「時が狂っていたとはいえ……まあ、半分は鬼の血が入っていると言うし、長生きだと言うのも頷けるが」
「まあ、……体は人間より少し丈夫なはず。でも加齢は人と一緒だよ。超人みたいに強くて何百年も長生きな鬼は物語の中だけってお母さんが言ってた。普通はね。私は霊山に居たから特別。」
「母君はどっちだったんだい?」
「鬼だよ。だから、片子で有名な『鬼の子小綱』とは逆だね」
「成程。」

私と歌仙が話をしていると、周りを見渡した三日月が「おや」と声を上げた。

「何?三日月」

私は訊ねる。

「まだ石切丸を顕現していなかったか」
「いや、うん。触ったら弾かれちゃった」
「月夜なら大丈夫だろう。気が澄んでいるからな」
「本当に?」
「じじいはボケているとて嘘は言わん。騙されたと思ってやってみたらよい。きっと事が進む」
「わ、分かった……」

私は三日月の前から立ち上がり、石切丸の前に座った。
左手で恐る恐る石切丸の白い鞘を触った。
前の様に弾かれることは無かったが、チリチリと少し強めの炭酸を触っている感じがする。
力を込めると、桜吹雪が舞って、緑の狩衣を纏った石切丸が正座をしていた。

「君が、新たな主だね。この気は……どうやら特殊な方のようだ」
「初めまして、私は薄氷。新しい審神者です。こっちは剣勢。私が打った刀」

私は石切丸に言われた言葉にドギマギしていた。次の言葉を選んでいると、三日月が言葉を発していた。

「久しいな、石切丸よ。やはりこの主を他と違うと見るか」
「そうですね。しかし、澄んだ気だ。心地良いくらいに。混じり気はあるようだが、まるでご神仏のそれだ。君もね、剣勢さん」

「……え?」

私は疑問を口にせずにはいられなかった。
だってそうだろう。私は鬼の血が入っている。それに蛇の呪いだってある。最早人でも鬼でもないのかもしれないのだ。どんな化け物だろうかとあれからずっと頭を悩ませていた。
歌仙も同じだったようで、「…どういうことだい?」と黙っていた口を開いた。

「主、自分が何との混じり物が分かるかい?」
「……人喰い鬼と人。…片子」
「では、その鱗について聞いてもいいかな?」
「これは小さい時に蛇に噛まれて呪われた、やつ。家にいっぱい蛇が出て、桑でいっぱい殺したんだ。その後、薬師に薬を請いに両親と霊山に行ったけれど、鬼には売らないと言われて両親は殺されて…で、養父がその場に偶然居たもんで、養父が薬師を殺して血栓を打ってもらった私は養父と暮らした。それ以降のモノ……だと思う。養父は鍛冶師だったんだけど、住んでたところには鏡が無いから気付いたのは最近だけれど」
「ふむ成程。この澄んだ気は霊山譲りか。それに、鱗は蛇。養父は鍛冶師…」

そう言ってから、石切丸は暫く黙った。
そして考え事をしてから口を開く。

「もしかして、毎晩に月を浴びなければならないかい?」
「……そ、う…だよ…」

私が言葉を詰まらせながら肯定すると、また考え事をした石切丸は、言葉を選びながら話そうとしてるのがみてとれた。

「…少し、長くなるが良いかな?」
「う、……うん」
「少し難しいことを話すかもしれないが、容赦してくれ」

私はごくりと唾を飲み込んだ。鶴丸に刃を突きつけられた時とはまた違った意味で。

「まず、鬼というのは『人智を超えたもの』の事を言う意味がある。それを踏まえ、害をなすものを悪鬼と、富や幸、勝利を示すものを鬼神とした。鬼を信仰する事だってあるんだよ。
出生した時、主が言う通り半分は人を食う『鬼』だったのかもしれない。霊山に居ることによって浄化され、言っていた食人衝動は無くなり、悪鬼では無くなった。そして、霊山に居ることで、自身の知らぬ間に霊力だけが強くなり、霊力の塊となった。器は片子のまま、ね。
さてもう半分だ。容姿こそ人だが、その鱗は蛇だと言ったね?蛇というのは剣や金属一一一鉄だね、それらに結び付けられるとも言う。主は幼い頃に蛇を殺したのだろう?『呪い』と言ったね。あれはきっと呪いではなく、蛇が主に神力を譲渡したんだ。そして蛇は半分の人の部分を食った。それを知った養父殿は半分が蛇…そして何年何十年経っても歳を取るのが遅い、姿が変わらない不老不死であった主を傍に置いた。信仰として、そして跡継ぎとして。
きっと主の中にいる蛇の部分というのは、きっと地元の民々の蛇信仰の心が作った表象の1つの姿だったのだと思うよ。だから余計に霊力や神力の伸びしろが大きかった。
そんな君が霊山で育った事によって、主自体が、総合して人智を超えた神そのものに進化していたのだよ。
月を毎度毎度浴びなければならなかったのは、器が片子だった故に、その器の霊力の容量が少なく、夜毎頻繁に摂取しなければ身体を維持することが出来なかったから、と言ったら説明つく気がしないかい?霊山は夜に霊力が強くなるからね。」

言い聞かせるような石切丸の物言いに、私は目を見張った。
食事が要らなくなったのは、私が人でも鬼でも生き物でも無くなったから、という合点がいったのだ。

「どうだろうか」
「合点の行くところが……ありすぎて。すごいね、石切丸」
「やはり、まじないものや信仰は石切丸に限るな。良かったではないか、薄氷よ」
「……うん」

私は、知らぬ間に涙を一筋流していた。
三日月はそんな私の頭をひと撫でする。

「ふむ、顕現に時間がかかってるようだね」

石切丸は周りに置いてある刀剣達を見渡して一言言った。

「呪いの解除は霊力を消費するかい?」
「え?呪い?……まあ、霊力は凄く消費するけれど……」
「そうだろう。私達は刀剣に戻った時に呪いをかけられていてね。簡単に顕現できないようにと。一振顕現するのに酷く疲れるだろう?あれが呪いだよ」
「そうだったんだ……」
「主は神同等の霊気を持っているから、疲れる位で済んだんだ」

石切丸がそう言うと、歌仙が顎に手を当て、口を開いた。

「確かに、刀に戻った時、刀身に鎖が巻かれたように重い気がしたよ。あれが呪いだったのか」

石切丸はゆっくり頷き、歌仙の言葉を肯定した。

「そうなのです。普通の刀剣男子達は気が付かなかっただろうけれど。……まあ、呪い自体は簡単なものなのだけれど、あれがなかなか曲者でね。私達では解けないものだったから、新たな主に頼るしか無かったのさ。まさかこんなに澄んだ霊力を強く持つ主とは思わなかったが…。…そこでなのだけれども。主に頼みがある。……頼まれてくれないかい?」
「なんでも言って。力になるから」

私は左の拳に力を込めて、石切丸を見上げた。
石切丸は、右側から前に垂らされた私の三つ編み髪を優しく触ると、言いづらそうに口を開いた。

「この髪をこの本丸に供えてくれないかい?」
「……え?そんなんでいいの?」

私はポカンとした。

「神となった君の一部が欲しいんだ。それを供えて君の霊力を送れば、この本丸は完全に蘇る。此処の、まだ眠っている仲間たちも」
「わかった。やろう」

私は力強く頷いた。

「髪を切ることになるが……本当にいいのかい?長く美しく伸ばしてたのにはきっと理由があったのだろう?」

石切丸は訊ねてきたが、私は右腕を掴んで「ハハ…」と軽く笑ったあと、頬をポリポリと掻いた。
自分の髪を美しいと思ったことも無い。まるで女に言うような言葉選びに私は少し苦笑した。

「たしかに理由はあったけど、もう右腕も無くなったし、もう無いよ。鍛冶師やってた時に火に髪をくべて、割れた刀剣の霊力回復として使うために伸ばしてただけだから。もう引退したんだから、そろそろバッサリいこうと思ってた所だったし。こんなところで使うことになるとは思わなかったから、ズルズル伸ばしとくもんだね」
「太夫は刀剣の回復に血を使っていたが、薄氷は髪を使っていたのだな」

三日月の言葉に、私は苦い顔をした。

「……血って、養父さんが指切ってやってたの見てたけど、あれじゃ刀直す度に毎回痛いじゃん……」
「……そうだなぁ」

三日月はころころと一頻り笑って立ち上がった。

「さて、善は急げという。月が隠れないうちにやってしまった方が良いだろう、なあ、石切丸よ」
「そうですね。では、私と三日月さんと主は社に行きましょう。歌仙さんはここで待機して、一気に顕現した刀剣男士達に状況の説明をしていただけますか?」
「承った。しっかり説明しておくよ」
「お、おれは……?」
「主の傍がいいだろう?なに、お前にも仕事はある。共に来たら良い」
「…わ、かった」

そうして、私達は各々立ち上がって、立っていた歌仙をそのまま大部屋に残し、社へと向かった。
月明かりに照らされた石畳の道を歩く。
転送初日以来行っていなかったが、前を歩く三日月や石切丸が居ないとやはり迷子になりそうだと思ったのは、私が迷子気質だからだろうか。
でも、心強い。仲間と一緒だから。
私は右の袖を握る剣勢の手を左手で上から握って、前を見据えた。
社はやはりそう遠くなかった。

社の前に行くと、石切丸に「髪を頂けるかい?」と聞かれた。私は剣勢を呼び、三つ編みの根元からバッサリ切るように言った。

「大太刀や太刀で髪を切るのは大変でしょ。鋏なんて持ってないし。剣勢は脇差だから。さ、バッサリ行っちゃって。どうせだから根元からさ。」
「わかった。……き、切るよ?」
「うん。」

流石、私の作った刀というところか。切れ味は抜群だった。スッパリと私の三つ編みを切り落とし、私の短くなった髪はサラサラと顔の方へ流れてきた。頭が軽くなった気がした。
私は切り落とした髪を剣勢から受け取ると、石切丸に差し出した。
受け取った石切丸はそれを両手で恭しく持つと、社の水晶の前にそっと置いた。

「主、あとはこの本丸に結界を貼ったみたいに力を送るんだ。大丈夫かい?」
「任せて」

私は左手を水晶の前に翳して目を閉じた。
供えた髪は溶けるように消え、水晶が強く発光し、そこを中心に一陣の強い風が吹き荒れる。
頭の中で錠の嵌る音がした瞬間、強風は桜吹雪に変わり、ぶわりと花弁が全体に巻き上がった。
それを確認して三日月や石切丸を見ると安心そうな顔をしている。それを見て安心した途端、重力がのしかかったかのように体が一気に重くなった。

「……ぅ、あ…」
「っ……らい…!」

私を支えようと駆け寄った剣勢を巻き添えに、私は膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。

「…らい、大丈夫……?」
「っへいき……ごめん……」

とは言ったものの、身体が動かない。
自分で起き上がろうにも、ろくに力が入らなくてまごまごとしていると、三日月が私の左腕を引き上げて膝裏と背中に腕を回して抱えあげた。

「あ、いや、三日月…、動ける、から」
「じっとしていろ。霊力の消費が激しかっただけだな。…なに、月を浴びればじきに動ける。今は俺に身を預けていろ」
「…う…分かった」

私は三日月に身を預けて、狩衣に左手をキュッと握った。

「主、大丈夫かい?すまない、月の欠け方が大きかったからかな。無理をさせてしまったようだね……」
「気にしないで。……でも、これで全部顕現出来たんでしょ?なら安いもんだよ」
「ははは。今頃、歌仙は仰天しているな」
「かもね」

私達は社に背を向け、石畳を歩き始めた。
三日月に抱えられている私は、ここまでの道のりが桜の並木道だったということにふと気が付いた。桜が満開だったのだ。

「ここの木、全部桜だったんだ…」
「そうだよ、完全に復活した事によって桜が咲いたのだから、本丸も喜んでいるのだろうね。ああ、そこにある一等大きな桜は“紅染桜”と言って、何代も前の主が挿木して霊力を込めたやつでね、いわゆるこの本丸の御神木さ。永く咲かなかったのだけれど、やっと咲いているところを見たよ。久しぶりだ」

月夜の空に桜と月の粒が雪のように舞っている。
ライトアップしている訳でもないのに、それがとても幻想的に浮かび上がっていて、思わずほー、と溜め息が出た。
私はこの素晴らしい景色を絶対忘れないだろう。



私は途中で三日月に降ろしてもらい、自力で歩いて屋敷の中に入った。
私達が大広間に着くと、刀剣男士達全員がずらりと座っており、やっと私はこの本丸の刀剣男士達の顕現に成功したのだと実感したのだった。
高まる気持ちを抑え、私は皆の前に立ち左手を胸の前に置くと、腰を折って一礼をした。
顔を上げ、口を開く。



「改めまして、ここの新しい審神者、薄氷です。宜しく、家族諸君」






…………………………
(20210603)
一区切りです。後半戦が始まります。


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