心の薬、想うこと

私は粟田口の刀達と剣勢を連れ、首をコキコキ鳴らしながら階段を下った。
廊下で、「兄弟楽しく団欒してきなさいな」と言うと、皆が兄達の元へ急げと一期を引っ張り粟田口の大部屋へ駆けて行った。
それを見送り、私はポツリと零した。
「……小夜の時も思ってたけど、兄弟愛…いいねえ」
それを聞き取った剣勢は「らいには…兄弟、いるの?」と聞いてきた。そりゃそうだ、剣勢は知らない。
「居た。兄が1人…年の離れた兄でね。何処で何してるか分からないけど。私が物心ついた頃にはもう家を出てたからさ。兄弟っぽくしたことは無かったなぁ」
「会えないの?」
「あっても何を話していいか分からないよ。もう他人だもの」
「でも、兄弟…」
「剣勢。この話は終わり」
「……分かった」

私は剣勢の話を打ち切った。兄弟愛は羨ましくはあるが、私には到底遠い話だ。無いものは強請れない。それくらいの身の丈は分かっているつもりだ。
それにこんな姿、兄に見られたくはない。完璧な鬼である兄に、鬼でも人でも無くなったこんな私の姿なんか。

「ああ、主。こんな所にいたのかい。」

突然の歌仙の登場だった。

「ああ、何。どうしたの?」
「刀帳を見つけたんだ。前の前の主の書いたものでね。…主に渡そうと思ったんだ」

そう言って手渡してきたのはやけに分厚い冊子。
私は両手で受け取ると、ペラリと表紙をめくってみた。
そこには、『三日月宗近』という文字。

「…三日月宗近…いるんだ」
「三日月がどうかしたのかい?」
「うん。唯一、審神者になる前に顕現した姿のをちゃんと会ったことのある……というかね。」
「どういうことだい?」
「まだ養父がいた頃、ふらりと現れて暫くうちを宿として使ってたんだ。…刀の振り方も、その時教わったんだ、三日月に」
「なるほど。無駄のない動きと身のこなしは、その三日月譲りだったのだね」
「んまあ……手合わせ1回も勝てなかったけど。遠く及ばなかったよ」
「何処の本丸の三日月宗近も強いのだね。この本丸にいた三日月も初期から第一部隊に所属する、指折りの強さだったよ。……霊力のある時に顕現してあげてくれるかい?」
「勿論」
「ありがとう、主。そろそろ昼時だ。昼食の準備は整っているから、居間に来てくれ。お腹空いたろう?」
「空いたよ、ペコペコ。ね、剣勢」
「うん」

歌仙に連れられ、居間に来た私達は1番最後だったようで、着席した途端に「戴きます」を言わされた。

「……歌仙、そろそろこの“戴きます”の号令、当番制にしない?」
「ほかの刀剣男子は遠征に行ったり任務に行ったりで居ないこともあるだろう?だから、当番制だと都合が悪いんだよ。主は本丸にいるからね。……まさか、どこかに行ったりするつもりなのかい?」
「いや、そうじゃないけどもさ。……めんど……いや、何でもない。喜んで号令させていただきます」
「それならいいんだ」

ニッコリ、という笑顔と背後に黒いものを感じながら、私は言葉を訂正して苦笑いをした。
最近歌仙が怖い気がする。……優しいのは知っているが、たまに有無を言わさぬ圧を感じる時があるというか。
かき菜のお浸しを咀嚼しながら、そう思った。
もやしと菜の花の天ぷらを刺し匙で刺して取ったところで、私はふと思ったことを口にした。

「ところで、ここの三日月ってどんな感じなの?」

それに対して口を開いたのは堀川だった。

「三日月さん?うーん、僕が任務で一緒になった時は…別行動が多いというか、単独行動が多いというか。相談してくれないんだよね…。三日月さんのことだから考え無しに動くことは無いんだけど、相談してくれても、って長谷部さんと衝突してたね。ね、兼さん」
「そうだな。あの時はどうなるかと思ったけどな。あと…単騎出陣があったんだが、2年くらい文だけ届いて帰ってこない時あったよな」
「どこの三日月も自由人なのね…」

私は乾いた笑いが出た。

「どこの?主さん、何処かの本丸の三日月さんに会ったことあるんだ?うちの本丸の三日月さんはまだ顕現してないよね?」
「うん、うちに泊まって稽古つけてもらったことがある。私の剣の腕は三日月に教わったんだよ。習うより慣れろ精神で大変だったけど」
「案外この本丸の三日月だったりしてな」

うわ、あり得るー。と食事を共にしていた刀剣男士たちが笑った。それなら偶然すぎる、と私も天ぷらに塩をつけながら笑った。
今日も、食べ物が美味しい。
その後も「畑の野菜の種が芽を出した」や「また仲間を見つけた」など、会話は尽きなかった。賑やかな事である。人数がいればいるほど、話はその人数だけある。私は大家族に顔が綻んだ。
剣勢も山盛りのご飯を食べながら、私が微笑んでいるのを見たのをチラリと見て幸せそうにすると刀剣男士達の会話に少しずつ加わっている。

(…よかった。馴染めてる)

私が満足げにかき揚げを食べてる頃には皆の茶碗が空になっていた。
急いで食べて、私も茶碗を空にする。

「主、お腹はいっぱいかい?」

燭台切が尋ねてきたので、私は腹をさすりながらにっこりした。

「お腹いっぱいー」
「じゃあ茶碗を下げてしまうね」
「うん、お願い」

そんな会話をしていたら、薬研が薬と水を差し出してきた。

「昼の分だ、大将」
「げー、またこれか…」
「…?具合が良くないのかい、主」

立ち上がろうとしていた、燭台切は首を傾げて聞いた。
私は眉をハの字にすると、自分の右袖を掴んだ。

「傷が痛むんだ。だから、薬」
「無理はしないでね」
「ありがとう、光忠」

それを聞いて、燭台切は見事な芸術のような茶碗の積み上げを崩す事なく厨に行ってしまった。
私はそれを見送ると、左手で薬紙をカサリと開いた。
サラサラの小麦粉みたいな粉。朝見たやつ。
私はごくりと息を飲み、意を決して薬を口に入れて水をすぐ飲んだ。
……あれ?

「…苦くない」
「少し調整をしておいた。朝よりマシだろ」
「うん、苦くない!」
「厚に礼を言っておくことだな」
「え」
「実験台を買って出たんだよ。今なら多分剣勢と道場だから」
「わかった!薬研も、ありがとね!」
「あ、ああ」

私は立ち上がると、道場に向かった。
バタバタと廊下を走る私を宗三が迷惑そうに避ける。
ガタン!と道場の扉を開けた私に、道場にいたメンバーは驚いてこちらを見た。
剣勢と鯰尾が木刀を構えていたが、私に驚いて尻餅をついた。

「厚!薬!苦く無かった!ありがとう!」

私は荒い呼吸のまま声を張った。

「お、大将、薬飲めたんだな!よかったぜー!薬研の薬苦いんだよな。だから、俺が人肌脱いだんだぜ!」
「ホント、ありがとう!」

私は親指を立てて手でも礼の仕草をすると、厚も親指を立てて返してくれた。

「…あ、鯰尾と剣勢、稽古中だったんだよね?私も参加していい?」
「強いって聞いてます!勿論ですよ!」
「やった」
「ん?暫くは稽古禁止じゃ無かったか、大将?」

「薬研に言われたろ?」と厚が右腕を指差しながら私に言ってきた。

「え、そうなのですか?」

平野が正座のまま問うてきた。

「え、あー。んー。いや、参加はしない、居るだけ居るだけ」

あはは、と私は左手で後頭部を掻きながら言った。
本当はそんなこと忘れて参加する気満々だった、とは口が裂けても言えない。

何時間か、道場の壁にもたれて剣勢の稽古に口出しをした。
最初は粟田口と剣勢だけの稽古が、途中から、太鼓鐘が「みっちゃんに頼まれた!」と言って麦茶を持ってきてそのまま参加し、亀吉の散歩途中だった通りすがりの浦島が参加し、「主さま、どこに居るかと思って」と私を探しにきた小夜が参加した。気がつけば、今顕現してる短刀脇差、全員が参加していて大所帯で稽古をしていた。

日が暮れるなんてあっという間だった。

皆んなが汗を流すと言って風呂に向かったので、それを見送ると、私は本丸の中を流れる川に向かった。
月が水面に映っている。
私は川辺にしゃがみ込み、顎を逸らせて上を向いた。
月明かりが、降り注ぐ。

「はあ。……兄さん、か。」

私は朝の兄弟の話を思い出していた。
母は鬼だった。その母の連れ子の兄。この二人は純粋な鬼。
対して父は普通の人間。村外れの山の麓で木材や炭を売っていた。
片子の話とは鬼と人が逆だけど、それでも私が片子である事には変わりない。
母は人食い鬼ではあったが、土葬された死肉や動物の肉で生活できる人だった。村の人には鬼だというのを隠していて、絶対に生きた人を食べないという意志の強い、温厚な人で、人と変わらない生活を送れる人だった。
だからかもしれない。鬼としては弱っていて、結局薬師の刀に勝てなかった。力は圧倒的に刀を持っている人間の方が上だった。
兄はそんな母が嫌いで、人間が嫌いで、自分で生活できる年になると、すぐに出て行った。
兄弟としての時間は、ごく僅かだった。いつも私を汚いものを見る目で見て、手を繋ぐことすらしたことが無かった。


「…るじ…主。」
「ん?」

そこに居たのは長曽祢だった。

「どうした、ボーッとして」
「ううん。此処は兄弟多いからさ。いいなってさ」

私がそう言うと、隣に腰を下ろした長曽祢は微妙な顔をした。

「そうだな。兄弟は良いものだよな。…まあ、認められないこともあるがな」
「ん?そうなの?」
「…俺なんか贋作だからなぁ」
「……なんか、察した。そう言うこともあるのね。でも浦島は“にーちゃん達はね”って嬉しそうに話すんだ。虎徹兄弟羨ましいよ」
「故郷に兄弟や家族は居ないのか?」
「兄はいるよ。歳離れてるから何してるか知らないし、なんなら話した事も殆ど無いけど、ね」
「それでも、兄弟を想うことは、良いことだよな」
「向こうからは想われてないと思うけどね」
「弟を想わない兄は居ないさ」
「ま、無いものは強請らない事にしてるから………してるんだけどな…。最近、強請りそうになるんだ…。心が不安定なのかな…色々ありすぎたから」
「俺たちが居る。それじゃ、駄目か」
「駄目じゃないよ。此処の刀剣男士達は、“家族”だから」
「そうだな、“家族”だな。」

長曽祢は私の頭をワシワシと撫でると立ち上がった。

「…さて、と。晩飯ができたから探してこいと言われて来たんだが、腹は減ったか?」
「うん。」


いこうか、とまた頭をポンとされて私も立ち上がった。





…こんなお兄ちゃん、居たらよかったのに。




…………………………
(20210508)
薬の下りは、私のいつも飲んでる内服薬が慣れすぎて苦く無くなってきたなって思ったので思いついたネタ。実際はめっちゃ苦い。慣れって怖い。




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