彼の成長、黒い仮説と考察

ちゅんちゅんと雀が声を上げた。
……結局布団に入って横になったものの一睡も出来ず、朝を迎えてしまった。
腕は疼いたまま。
剣勢は私が寝ていると思い、私を揺すってきた。

「らい……起きて」
「……うーん……」

私は、さも今起きました、といった声を発して身動ぎをした。

「おはよ」

私は起き上がりながら剣勢の方を向き、声を掛けた。
寝起きの良さに少しびっくりした剣勢は、一拍置いて「おはよう」と返した。

「…昨日の……話す事…今なら、誰も、聞いてない…から」

元々声が小さな剣勢は、さらに鎮めた声で、私が昨日はぐらかした事を掘り返してきた。
私は少し逡巡して答えた。

「……うん。…もし、……まだ仮説なんだけど、さ。…もし、あの時の時間遡行軍……剣勢を奪う為の奇襲じゃなくて、私を殺す為の奇襲だったりしたら。私の腕を奪う為だったとしたら…また、ここに襲ってくるんじゃないかって、思って。……その…右腕が、崩れてきてるんだ。だから、あの時に切り取られた腕、どうなったのかなって思って」

剣勢は顔を顰めて黙って聞いている。

「……でも、ここの刀剣男士達を…正直巻き込んでいいものか、って。かと言ってどこにも行けないんだけどさ…」
「……かぞく」
「え?」

剣勢の小さな声はよく聞き取れず、私は聞き返した。

「本丸の、刀剣男士…たちは、“家族”だよ。…らいの、問題は、家族で解決すれば……負けない。皆、協力して、くれる」

剣勢は力強く言った。

「…そっか。そうだよね。…うん、ありがとう。今日もまた顕現頑張らないと。早く人員増やして、此処復興させて、皆に事情話して力貸してもらおう」
「うん。……オレも、頑張る」
「頑張ろ」

私が左手の拳を突き出すと、剣勢は首を傾げた。
私は笑って、「拳を出すの」と言ったら、素直に左の拳を突き出してきた。そこにコツンと拳を合わせて、私は、ふふ、と笑った。

「さー起きよ。朝風呂入らなきゃ」
「オレも、らいのお風呂、手伝う」
「助かるよ」

私は立ち上がって布団を片手で簡単に畳むと、剣勢が自分のと一緒に布団を端に寄せてくれた。

さっとシャワーを浴びて剣勢に着付けて貰い、着付ける時に剣勢が腕を見て吃驚していた。

「らい。薬研に、見てもらった方が…いい。包帯、巻いて、貰うとか…」
「そうだね。薬研のとこ行ってくる。歌仙にもマント返さなきゃだし」
「…オレ、朝の…稽古、行ってくる…けど、大丈夫?」
「はいよ、行ってらっしゃい」
「うん」

剣勢は道場に向かっていった。
それを見送ると、私は一度部屋に戻った。
マントを左手で綺麗に畳み、厨に向かう。
軽装の歌仙とジャージ姿の燭台切が厨で朝食の準備をしていた。

「おはよう、二人とも」

私が声を掛けると、二人は手を止めて振り向いた。

「やあ。おはよう、主」
「主、今朝は早い様だが…ちゃんと寝れたのかい?」

笑顔の燭台切。歌仙は昨日のことを心配しているのだろうと分かる言葉をかけてきた。

「まーね。歌仙、昨日のマント、ありがとう」
「ああ、後で取りに行こうと思っていたが、持ってきてくれたのだね」
「ん?歌仙くん、マントを貸したのかい?」
「ああ、少々あってね」

歌仙は燭台切の質問をはぐらかした。

「じゃ、返したからね。朝ごはん出来たら呼んで。薬研のところ行ってくるから」

私は手をヒラヒラと振りながら厨を去った。
とたとたと廊下を歩き、右腕を押さえながら、時間遡行軍が襲ってくるんじゃないかという話を、皆にいつ、どう話したらいいかを考えていたら、廊下の曲がり角で誰かとぶつかった。

「っいった…」
「ごめん。……なんだ、主か」

加州だった。隣りには大和守もいる。

「あ、ごめん。考え事しながら歩いてたから…」
「いや。俺も前見てなかったし」

昨日気が付かなかったが、加州や大和守とは背があまり変わらないんだなぁ、と、ふと頭をよぎった。

「主、腕押さえてるけど、そんなに思いっきりぶつかった?ごめん」

加州が心配そうに声を掛けた。

「ああいや、腕は元から押さえてたから」
「痛いの?」

大和守に心配され、眉を下げて少し笑った。

「いや……まあ、うん。…今から薬研に見てもらうつもりだった」

煮え切らない言い方で肯定した私に、加州と大和守は着いて行っていいか聞いてきた。

「いいよ、これについても話そうと思ってたし」

そんな話をして、粟田口の大部屋に辿り着いた私達は、入口で薬研を呼んだ。
一期と乱、厚は振り向いて朝の挨拶をしてきた。
何やら書物を読んでいた薬研は振り向いて、書物を畳に伏せて「呼んだか?」と言った。

「おはよう。ちょっと右腕見て欲しくて」
「右?見せてみろ」

私は部屋の中に入って着物から袖を抜いた。アンダーシャツもそっと脱いで薬研に右腕を見せた。
ひっ、と乱が息を飲む音が聞こえる。
薬研も驚いているようだった。

「主、その右腕……それ、何?」

大和守が恐る恐る訊ねた。
私は首を振る。

「一昨日の夜、乱とお風呂入った時は赤黒く変色してて感覚がなかった。昨日の夜、痛み出して…見てみたらコレ。私は月を浴びると肌に鱗が浮き出るんだけど、これはそれが関係あるのか分からない。優しく扱わないと、腕から鱗が剥がれて腕が崩れる」
「少し触るぞ」

薬研は左手で右腕を支えながら、右手で優しく鱗肌を押してくる。

「あ、ちょっと痛い…ピリピリする」

私は素直に痛いと言った。

「神経が過敏になってるな。血は出てない様だが…。切られた後、何か飲んだり注射を打たれたり、処置はしたか?例えば痛み止めとか」
「痛み止め?ああ、打たれた、政府の人…なんて言うの?看護婦さんっていうんだっけ?白衣着た人に。それが何か……まさか、毒とか?」
「政府の医者か。…毒の可能性はあるな。遅効性の物とか…な」

薬研はゆっくり私の腕から手を離し、口元を手で覆って考え出した。

「でも、その後痛くなくなったのは本当なんだよね」
「なら麻薬の類いか…幻視や幻聴などはあるか?」
「……ない」
「そうか。ひとまず、痛み止めを朝晩飲んで、一応布と包帯で包んでおこう。あまり動かすなよ」
「はーい」

そこまで黙っていた加州と大和守は口を開いた。

「主さ、人……じゃないよね?」
「あ、それ気になってた。なんか、霊力?違った気がした」

二人の言葉に私は眉を下げて首肯した。

「そんなに分かるもんなの?ま…これ見られたし……そりゃそう思うよね。…ご想像の通り、人ではないかな。おいおい、その話もしなきゃ。…ちゃんと話すから」
「主のタイミングで良いですからね。我々はお待ちしてます」

一期はそう言って私の肩を叩いた。
薬研や乱、厚、加州と大和守も頷き、私は安堵の溜息を吐いた。

「一応、今日分の薬は渡しておく。朝分は今飲んでおいた方がいいだろう。乱、水を貰ってきてくれ」
「分かった」

『まっててね、あるじさん』の言葉と共に、乱が退室する。

「大将、処置するぞ」

そう言って、薬研は患部に布を当てて、包帯を器用に巻いていった。くるくると巻かれた包帯は肩まで届いて、留め具で止められる。

「これでよし。あまり激しく動かすなよ。剣勢の稽古に付き合う、とかな」

さらに釘を刺された。
私は服を着ながら項垂れた。

「う……わかった」

本当はこの後行こうと思っていたのだが。残念だ。

「主、なんで隻腕なの?ていうか、政府がどうのって…どういうこと?」

大和守の質問だった。

「ああ…うん。仮説にしかすぎない…んだけど。私さ、霊山に籠って、政府御用達の刀鍛冶をしてたんだ。依頼を受けて折れた刀剣を直す仕事をしてた。ある日突然、時間遡行軍がやってきて、腕を切り落とされて命からがら逃げてきた。そして、まるで見ていたかのようなタイミングで役人が刀剣男士を連れて助けてくれた。剣勢を置いて審神者をしろと言われて…そんなの出来るわけないって言って、私はゴリ押しで剣勢を連れていく条件で審神者を引き受けた。剣勢を置いていくと実験ネズミにされると思ったから。さすがに名のある刀を実験することは出来ないでしょ。私は剣勢だけは手放したくなかった。政府の一部と時間遡行軍は結託してる。…仮説だけど。襲うタイミングと助けるタイミングが良すぎなんだよ。だから、私は政府を敵視する。私の敵は政府の役人。時の政府は限りなく黒に近いグレーなの。今思い返せば、今までの役人の言葉の端々が『そういうことだ』って繋がるところは多々ある…し、この腕。切り落とされたあとはどうなったのか。どこに行ったのか。……まだまだ仮説のまた仮説に過ぎないんだけど」
「なるほどねえ。」

加州は腕を組んで私の下手な説明を聞いて頷いた。

「って事はさ、また襲ってくる確率はあるわけだよね?」
「…そういうことになるね。剣勢を今度こそ奪うのか、私を殺すのかは分からないけど。どちらか…もしくは両方だと思ってる。もし、そういうことになったら、……その…追い払うの手伝ってくれる?」

私は顔を上げて粟田口部屋にいる全員を見渡した。

「当たり前だろ。大将はうちの本丸の主だぜ?それに、剣勢も、オレたちの仲間だ。実験鼠なんてさせるかってんだ」

威勢のいい厚の言葉に全員が頷いた。
……いい本丸だ、此処は。

「今まで、時間遡行軍が敵だったわけけど、政府すら敵となると、また色々ややこしくなるんじゃない?」

大和守の言葉に薬研が「…だな」と同意した。

「でも考えてもみてくれよ。時間遡行軍がどうやって介入する歴史を知る?…アイツらにそんな頭があると思うか?誰かが教えてると思わないか?それが政府ってなるとオレ、ストンと腑に落ちるんだよ」

厚が顎に手を当てる。

「でも、歴史介入させて、自分たちの雇った審神者の本丸にそれを阻止させるって変な話じゃない?」

大和守が意見する。

「んーまあ……確かにそうだな…」
「いや、それは口実なんじゃないかと私は思いますが」

一期が大和守の言葉を塗り替えた。

「審神者は通常、就任する時に真名を取られ、政府から審神者名を渡されると聞いた事があります。…その真名を取るのが目的ならば、その後の仕事は政府自身が作って、“それ”が仕事と思わせる事がカモフラージュであれば…」
「真名を取るのが目的?」

加州が言葉を繰り返し、話を整理した。

「真名を取る、即ち、審神者になった人を歴史から抹消する……なるほどね」

私は頷いた。

「私は元々時間の止まった霊山にいたし人じゃない訳で真名も歴史も無いから、意味の無いことだけど…。そう考えると、なんか政府の手の上で上手いこと転がされてるわけだ、一般の審神者さんってのは。霊力が尽きるまで良い様に使われて、その後は代替わりという名のポイ。それで時間の狭間にある本丸に時間遡行軍が来れる訳ね。だって、歴史介入の仕事じゃないし、本丸潰しって」

私は胡座の膝の上に左手を付いて溜息を吐いた。

「真っ黒けっけなわけねー、政府さんは……」



「あるじさーん、お水持ってきたよ〜。あと、朝ごはん出来たって」

乱がお盆に水の入ったコップを乗せてやってきた。

「はーい。じゃあお水も来たし薬飲んじゃおう」

私は乱から水を受け取り、粉薬を一気に口に入れて水で流し込んだ。

「………………あのー、薬研先生、もっと美味しい薬ってのは無かったの……?何これ、すごい苦い……」

げー、と私はうっすら涙目になりながら薬研を見るが、薬研は「さて、」と立ち上がり、朝食に行こうとする。

「…生憎、薬というのはあくまで薬なんでな。味見はしないんだ」
「飲む人の気持ち考えてくださーい」
「善処しよう」
「そうしてくださーい」

皆がそのやり取りに笑い、それぞれ立ち上がったのを見て、私もコップ片手に立ち上がり、皆で居間に向かうことにした。

また人数の増えた朝食を終え、私は一期を呼んだ。

「なんでしょうか」
「今日は粟田口を増やそうと思ってる。弟達と会いたいでしょ?」

私がそう言うと、一期は「ご一緒していいですか?」と聞いてきた。
私はそのつもりで呼んだ旨を伝えると、顔を綻ばせて、お礼を言ってきた。
剣勢、一期と共に二階の広間に行くと、私は短刀が多く並ぶコーナーへやってきた。
秋田、前田、平野、五虎退、博多、鯰尾、骨喰を顕現させ、私は一つ息を吐いた。
……折れていない短刀脇差だけならば、この数を一気に顕現出来ると言うのは、発見である。
そして、顕現後の脱力感にも少し慣れた。
剣勢は「…大丈夫?」と聞いてきたが、私は首一つ縦に振り、立ち上がった。

「私は薄氷。ここの新しい審神者だよ。こっちは私の刀、剣勢。小脇差だから仲良くしてあげて。よろしく、粟田口の皆」

私がそう言うと、新たに顕現した男子たちは笑顔で迎え入れてくれた。剣勢は私の斜め後ろから「よろしく…」と相変わらずの引っ込み思案気味で、思わず笑った。
『本丸の、刀剣男士…たちは、“家族”だよ。』と誰もいないところで言っていた彼はとても頼もしかったのに、結局みんなの前では引っ込み思案。内弁慶という言葉とは少し違うけど、皆の前でも自信を持ってくれれば、何か彼も変わるだろうな、と思った。




…………………………
(20201104)
はい。色んな考察と仮説、剣勢くんの成長ですね。台詞書いてないけど粟田口顕現…しました。



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