木刀握って雨は止み月を待つ

「主は月を浴びることで霊力を回復しているのだろう?」

歌仙が訊ねた。私はうんうんと首肯しながら青菜のお浸しを刺し匙で刺し口に運んだ。今日の昼食も絶品だ。

「なら、夜に顕現をすればいいんじゃないかい?」
「…そうだね。夜、雨が上がって晴れたら、やってみようか」
「そうすると、昼食を食べ終わった後はどうするんだい?」
「…剣勢に稽古かな」

私がゆかりのご飯を刺し匙で運びながらそう言うと、大倶利伽羅が食い付いてきた。

「稽古?…アンタ、刀振れるのか」
「まあ、刀鍛冶でしたから?一応正しい使い方くらい分からないとね。それなりに嗜んでたよ」
「俺とも一戦してくれ」
「え、ヤダ」

即答で拒否をすると、大倶利伽羅は渋い顔をした。

「…なんでだ」
「だって、流石に練度の高い刀剣男士相手に一本取れる気がしないもん。それに剣勢はまだ練度が足りなくて弱い。優先して鍛えないと」

ご馳走様でした、と挨拶をしながら私は空になった茶碗を重ねる。
剣勢は山盛りのご飯を口いっぱいに頬張り、私に追い付くようにご飯を食べ終わると、私のように茶碗を重ねている。

「ね、剣勢。やるでしょ?」
「オレ…強く、なりたい…」
「そう来なくちゃ」
「人員が増えてきたら、僕達も手が空いて教える事が出来るからね、主。ここの本丸には剣勢と同じ脇差も居るし」
「そうだね。そしたら任せようかな。ま、今日は私が稽古つけるよ」
「オレ達にもそれ、見学させてくれ」

鶴丸が興味津々に言ってきた。

「えええ…良いけど…面白くないよ?」
「面白いかそうでないかは見る奴が決めるもんだぜ」
「あそ…」

鶴丸の言葉に私は溜息を吐いた。

「でも見てどうすんの?」
「どんな太刀筋か見たい。どんな戦い方をするか、な」
「うーん。養父が言うには、私の師範に太刀筋が似てるって。…太刀筋だけね。師範に勝ったことなんて、ホントに全く一回だってないし…」
「養父とやらとは別に師範が居たのか」
「居たよ。暫くウチに滞在してた人。家賃代が払えないからって私に稽古つけてくれてた」
「ほお?」
「まあ、今は右腕が無いし…まんま師範に教わった戦い方は出来ない訳だけど…」
「いや、それでも片手で稽古をつけようってことは、それ程の腕は持っているわけだろう?」
「うーん、まあ、あしらったり流したりくらいは…。だから、一応は剣勢の相手くらいならって感じなんだけど…」

結局道場に行くまで鶴丸の質問攻めを皮切りに、刀剣男士達は私の戦い方の話で持ち切りだった。
ゾロゾロと皆で道場に着くと、それぞれ観戦しようと道場の端に腰を下ろした。道場の真ん中には私と剣勢が向かい合う。

「さて…はい、剣勢。木刀ね。本気でかかってきな」
「…本気、出して?本当に…?」

剣勢は『本気出して』の言葉に躊躇を示した。
私は肩に木刀を担いで笑った。

「本気でやらないでどうするの。まあ、先輩の胸を借りる気持ちで来なさいな」
「胸を、借り…る?」
「うーん。安心して掛かってきなさいって事かな。さあ、何処からでもどうぞ?」

私は腰を落として左手で木刀をギュッと握ると前に構えた。
剣勢は踏み込みを強くして素早く私の前までやってくると、木刀を大きなモーションで振り下ろした。
私は半歩左に避けて剣勢の手首目掛けて木刀を振った。
手首の衝撃に、剣勢は木刀を落とす。

「…え…」

剣勢を含め、皆が目を丸くした。
剣勢は落とした木刀を見た後、ポカンと私を見上げている。

「直線的すぎだね。一打必殺にするなら、もっと重い一撃にしないと。だから、脇差の剣勢には向いてない。打刀や太刀みたいな長物じゃない剣勢なら、真正面から来る場合、もっと最小限の動き…早い動きでフェイントとか掛けないと。短刀脇差は小回りが効くから、堂々と正面から突っ込む必要は無い。もっと言うならセコくていい。逆に、受け身の方…突っ込まれたら、流せる余裕と、その後の動きを素早く。それを踏まえてもう一度」

私は剣勢の木刀を拾って剣勢に投げ渡す。

「……あるじさん、強くない?動きに無駄がなくて…」

道場の壁際で正座をして見ていた乱が呟いた。

「ていうか、今の動きが…どっかで見たことあるっつーか?」

太鼓鐘も首を傾げる。

「つか、今の動きの解説と意見、真っ当なんだけど…なんか…俺ら短刀の戦い方がセコいみたいじゃん…」

厚が口を尖らせた。

「…あ、いや、そんな意味で言ったんじゃなくて…」

木刀を構えて剣勢と向かい合っていた私は、その厚の言葉に、木刀を下げて厚の方を向き、失言を撤回した。
その隙を狙った剣勢は私に木刀を振り下ろす。
私はすぐに身を引いて逆手で刀を握り直し、それを受けると力で押し、クルリと木刀を持ち直して剣勢の左肩を打撃する。衝撃を受けきれなかった剣勢は木刀を落として尻餅を付いた。

「うん、セコくて隙をついた良い一撃。ただ、体が正面を向いてたから残念だね。必ず後ろ足は咄嗟の反撃に倒れないよう、動けるようにしておく事。片足を動けるようにしておけば、自然と身体は正面を向かないから」

『おー!』と拍手が上がる。
剣勢は手を握ったり開いたりして、感覚を確認している。
私は剣勢に声をかけた。

「どうしたの?」
「…本体より、手が滑る…かも、しれない、って」
「あー、なるほど。そこからか」
「…どういう、事?」
「剣勢、握力無いんだよ」
「あくりょ、く…」
「素振りすれば鍛えられるよ」
「素振り…」
「私もよくやった。大丈夫、剣術やる人は普通は皆そこからだよ。…ごめんごめん、刀剣男士がどうなのか分からなかったから、私も言わなかったんだけど。刀剣男士も変わらないんだね。とりあえずこれから毎朝、素振り500回からね。頑張ろう」

私が笑顔で剣勢に言っていると、太鼓鐘が剣勢に声をかけた。

「朝イチから素振り500回なら、俺も付き合う!一緒に強くなろうぜ!」
「…うん、頑張る…強く、なる」
「よーし、今度は俺とも一戦してくれ」

腕まくり、気合いを示した鶴丸に、私は慌てた。
先と言っていたことが違うではないか。

「待って待って、やらないってば!」
「何故だ?」
「何故って…言ったでしょ。練度の高い刀剣男士とやったところで、一本取れる自信無いって」
「いんや。動きを見てればわかる。俺たちいい所までやれるぞ。それともなんだ?負ける試合はしたくないってか?」
「おい鶴丸。やるなら俺とが先だ。俺が先に言い出した」

大倶利伽羅まで参加してきてしまい、私は木刀を持った手で額に手を当てた。

「もー…二人とも…。分かった、分かったよ。二人だけ、一戦ずつだよ!」

私は折れた。
それを聞いて、大倶利伽羅が観衆から出てくる。
木刀を壁掛けから取って、スっと構えた。
剣勢は観衆に混ざる様に下がって、太鼓鐘の隣りに腰掛ける。その顔は、大倶利伽羅や鶴丸と一戦する事が心配、と言った顔をしている。

「何処からでも掛かってこい」

大倶利伽羅は私に闘志むき出しに声を掛けた。
私は細く息を吐いて、ギュッと木刀を握る左手に力を込めた。
暫くの無言。衣擦れの音も無い。
「今だ」とギッと道場の床を思い切り踏み込み、私は大倶利伽羅の前に迫る。木刀を振り下ろし、それに反応した大倶利伽羅も木刀を横に構えてそれを受け、カンッとお互いの木刀が搗ち合う音が道場に響く。
私が打ち込んでも、大倶利伽羅の防御は続き、木刀の音と、床を踏み込む音だけが続く。

「あるじさんも大倶利伽羅さんも、1歩も譲らない…凄いね…」
「大倶利伽羅殿の隙が無いから、主も決定打が打てない様だね」
「主の攻撃が止まないから、大倶利伽羅も防戦一方でなかなか手出しが出来ない様にも見えるが…」

乱と一期と歌仙の声が聞こえるが、そんな事に耳を傾けてる余裕は無い。
私は木刀を水平に構えて突きを繰り出した。それを大倶利伽羅は器用に木刀の細い身で受ける。そして、押し返した後に反撃として突きを繰り出され、私はそれを身を捩って避けた。お互い一度離れ、息を整える。
久しぶりの本気の剣術で呼吸が苦しい。力む為に無意識に噛み締めていた奥歯が痛い。
片腕しか無いのがこれ程ハンデになるとは思っていなかった。握力が無かったら、すぐに木刀を弾き飛ばされていただろう。それでも、利き腕ではない左腕では戦いづらい。
左手が疲れて痺れている。…私は持久戦には向かない。次で決めなければ。
私は木刀を握り直して斜め下に構え、走り出した。
そして、踏み込んで思い切り切り上げる。
大倶利伽羅は身を仰け反って避け、踏み込み直すと横一線に薙いだ。
私はしゃがみこんで避け、そのまま大倶利伽羅の間合いに入り込むと、下から木刀を首に突き付けた。

「…っはい!とった!」
「ッチ…」

お互い、息が上がっていた。
私は木刀を投げ出してそのまま床に座り込んだ。
大倶利伽羅も舌打ち一つ吐くと座り込む。

「っはー…もう動けない…無理…。だから嫌だって言ったのに…」

私は息が上がったまま、大の字に倒れた。

「おいおい、俺とも一戦あるんだぞ?倒れてどうする」

鶴丸が声を上げるが、私は左手をパタパタと振った。

「大倶利伽羅強すぎるから、ほんっとに本気出した…もうクタクタだよ…」
「どうやら少し時間をあけた方が良いかもしれないね。僕が麦茶を入れてくるよ。皆も飲むだろうし」

そう言って私と大倶利伽羅にタオルを渡すと、燭台切が立ち上がった。
「僕も行こう」と歌仙も立ち上がり、二人で道場から出て行った。

「大将の…その師範とかいうのはどんな人だったんだ?」

二人を見送った薬研が私に向き直り、質問をぶつけた。
私は左手を使って起き上がると顎に手を当てて師範を思い浮かべる。
床に置いた手が板目で冷やされる。冷たくて気持ちいい。

「ああー。自分の事を爺だ爺だって言って、そよ風か葛切りみたいな掴みどころのない、押しては引いていくさざ波みたいな…言い様のないマイペース爺さんかと思いきや、刀握った途端に目の色変えてマジになって斬りかかってくる、訳わかんない人。変わり者って言うかさ。」
「へえ」
「強すぎて教え方ぐちゃぐちゃで何言ってるか分からなかった」
「でも教わったんだろ?」

厚も口を挟む。

「見て学べって感じ。…鍛冶を教えてくれた養父も見て学べ系だったし。もっとこう…師範も養父も言葉で教えて欲しかったなあ…」

そんな会話をしていると燭台切と歌仙が麦茶と人数分のグラスを持って帰ってきた。

「主、皆、お待たせ」
「待ってましたー」

はい、と手渡された透明なグラスに麦茶が注がれる。
私は注がれた麦茶を一気に飲み干した。

「あー、生き返る…」
「もう一杯要るかい?」
「要る!」

トポトポと注がれる冷たい麦茶。
剣勢を見ると、皆が飲んでいるのを眺め、グラスに視線を戻し、注がれた茶色の液体を見て不思議そうにしていた。

「…錆?」
「剣勢、それ錆じゃないよ。お茶。飲めるよ」

私がそう言うと、剣勢はグラスに口をつけた。

「美味しい…」
「ね、美味しいよね」
「お茶…緑だけじゃ、ないんだ」
「そうだね、なんでか私も知らないけど…緑以外にもコレみたいに茶色とかあるね」

私が曖昧な言い方をしていると、歌仙が得意そうに口を出してきた。

「茶というのは、茶の葉や茎を加工して作った飲み物でね、加工の仕方で色が変わるんだ。作り方で色や味が変わるなんて雅だろう?」
「ふーん、そうなんだ…」

正直、色によってお茶の味が変わるまで分かっていなかったが、歌仙が言うならそうなのだろう。
余裕のある次回からはちゃんと味わってみようと思った。

「…もういいか?さあ、俺と試合しよう!」
「えーもう?」

鶴丸にせっつかれ、私は飲み干した麦茶のグラスを燭台切に渡した。
手の疲労は正直まだまだだが、木刀が握れない訳ではない。やるだけやってやる。
私は木刀を掴むと、「よっこいしょ」と声を掛けて立ち上がった。
鶴丸も大倶利伽羅とバトンタッチをして、木刀を手にすると、道場の真ん中に立って肩をぐるぐると回して気合を入れている。

「先の一戦で学んだからな。俺から行かせてもらう」
「ず、狡い!!」

私は思わず声を上げるが、鶴丸はどこ吹く風だ。

「伽羅坊には悪いが、それも作戦のひとつだ。戦いに狡いなんてことは無い」

そう言いのけた鶴丸は木刀を構えた。それ以降、鶴丸は口を開かなかった。『いつでもどうぞ』と言ったところか。
私はひとつ溜息を短く吐くと、木刀を構える。
勝てばいい。勝てばいいのだ。
再度、静寂が道場を包んだ。
ギッと私が床を踏み込み、体勢を低くして鶴丸の腹目掛け右から左へ一閃した。
鶴丸は木刀を縦にして受け流す。私はその流れのまま袈裟懸けに振り下ろした。それも受け流される。

「おいおい、それだけか?驚きも何もない」

鶴丸はそう言い放つと、大きく踏み込んで私の鼻先近くまで一瞬でやってくると思いっきり一閃してきた。
私は頭を低くして躱す。そのまま切り上げるが、それは空振りに終わった。目の前に鶴丸が居ない。

「ガラ空きだぜ!」

後ろに回っていた鶴丸が縦一閃に振り下ろす。私は腕を回して木刀を頭の後ろに横にして肘までしかない短い右腕を支えに使い、耐える。
重たい一撃に奥歯を噛み締める。何とか木刀を退けると、すぐ身体を反転させて鶴丸の連撃を防御する。
ふと私の脚が縺れた。転倒する。
鶴丸はその隙を見逃さなかった。
思い切り体重をかけた一撃を仕掛けるが、私は左手で握った木刀と右腕で耐える。
ギリギリとだんだん私の木刀が力負けして顔近くまで迫る。
…押し返せない。
私は木刀をそのままに、右足を鶴丸の脇腹目掛けて蹴りあげた。
鶴丸は「おっ」と言って避け、私と距離を取る。
私は何とか上半身を起こすが、もう一度来た鶴丸の攻撃に、今度こそ木刀を弾き飛ばされた。

「…勝負あり、だな」
「っはーー…負けたよ」

私が負けを認めると、鶴丸は私の左腕を掴むと立たせてくれた。
鶴丸はまるで息が上がってない。それに比べ、私は息切れで呼吸が犬のように荒かった。

「いい勝負だった。まさか蹴りが出てくるとはなあ。あれは油断した」
「…何言ってんのさ、綺麗に避けたくせに…」

私は口を尖らせながら目を眇めて鶴丸を見る。
左手がビリビリしている。私は右腕の脇の下で木刀を挟むと、左手を振った。もう握力がない。

「あー、もう。左手痛い」
「…大将、流石に包帯に血が滲んでるぞ」
「あ、ホントだ。というか木刀も血だらけだ」

よく見ると包帯は血が滲んで赤黒く変色し、木刀には血がべっとり付いている。

「すぐ薬箱を取ってくる」

そう言って薬研が立ち上がって道場から離れた。
入口を見ると外が見え、雨が上がってるのが見て取れた。

「…あ、雨止んだんだ」
「ああ、本当だね。今、夕方だが…夜は顕現出来そうかい?」
「月が出ればね」
「無理のない範囲でやっていこう、主」
「そうだね」

私の戦い方の話で持ち切りの道場の中で、薬研と薬箱を待つことにした。



…………………………
(20200522)
ほぼ試合回でした。




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