泣き鬼と優しさ

私と剣勢、薬研、顕現させた燭台切と太鼓鐘、鶴丸の6人は一先ず一階に降りて来た。
そこに大太刀を抱えた山姥切と出会す。

「お、見つけたの?山姥切」

私は山姥切に声を掛けて近寄った。
山姥切は頷き、手にしていた刀を見せてきた。

「…石切丸だ。」
「見りゃ判るって」
「そうだったな」

私が山姥切の持った石切丸に触れようとしたら、パチっと少し電気が走った。
私はすぐに手を引っ込めて、山姥切を見上げて一言、「上に置いといてくれるかな。近いうちに顕現するから。今日はもう、霊力が空っぽなんだ」と言って山姥切の肩を軽く叩いた。
山姥切は「わかった」と頷いて二階に上がって行ってしまった。
それを見送り、私たちは廊下を歩き進めた。
居間に着くと、私は後ろをついて来ていたさっき顕現した刀剣男子達を振り返った。

「さて、伊達の刀諸君。現在の私や、此処の本丸について説明するよ。私は薄氷。元政府お抱えの刀鍛冶。見ての通り右手が無い。時間遡行軍に家を襲撃され、切り落とされたんだ。それで政府から審神者になるよう言われて、此処に来た。現在、赴任三日目。今いるのは歌仙、山姥切…あ、国広の方ね。それと小夜、薬研、乱、一期、厚、江雪、宗三…だね。前任の審神者のせいだかなんだか知らないけど、本丸のあちこちに散らばってしまった此処の刀剣男子達を集めて、顕現するのが今の所の目標…と言うか、やらなきゃいけない事かな。あとは本丸の再建。…畑がもうボウボウでね。とりあえず直近の物資の調達に歌仙と一期、乱と厚が今行ってるけれど。今日は雨だから畑は出来ないからさ。物資調達組以外は皆本丸内の刀剣男子捜索に行ってもらってる。そこで、皆には本丸内で刀剣男子達の捜索に加わって欲しい。人手が欲しいんだ。勿論私も参加する。頼めるかな」

一気にドバーッと喋ったところで、皆の顔を見た。
燭台切、太鼓鐘、鶴丸は快く頷いてくれた。

「任せろ、仲間探しだな。一丁やってやろうか」

鶴丸は意気揚々、と言った感じに居間から出て行った。

「鶴さん、待てよ。俺も行く!主、絶対仲間全部見つけて来るからな。伽羅にも伝えてくっから!」

そう言って、太鼓鐘が鶴丸の後を追って出て行った。
残ったのは、薬研と燭台切と剣勢と私。

「仲間探しは分かったよ、主。僕も行ってくる。……けれどその前に」

そう言って、燭台切は私の顔を両手で包み込んで上向かせると、私の顔を覗き込んできた。

「…顔色が少し良くないように見えるよ。主は少し休んでいたほうが良い」
「……大将、また我慢していたのか?」
「らい…」

薬研が溜息を吐く。剣勢が心配そうな声を上げる。
私は左手で燭台切の手を剥がすと、3人に「違う違う」と言った。

「全然、体調に問題無いんだ。本当だよ?……でも、まあ…無理すんな、って歌仙に口酸っぱく言われてるし、仕方ない。少し休んだら私も捜索に参加する事にするよ。心配掛けてごめんね」

私は眉を下げて謝る。
燭台切は「僕は主が少しでも休めるように、お茶を入れて来るよ。あの時のままであれば、確かハーブティーがあった筈だから」と言って台所へ踵を返した。
薬研は、「症状は有るか」と聞いて来た。私は「正直に言うと、少し身体が重だるいだけ」と答える。
私の顔を自分の方へ向けると、私の下瞼を返して血色を確認して、額に手をやり熱を測り、左手首を手に取り、脈を測った。

「…貧血気味だ。アレだけ血を流したからな。鉄錠を作って来るから待っていろ。剣勢は大将の側に居てやってくれや」

そう言って薬研は白衣を翻して出て行く。
私はその辺の卓袱台の前に胡座で座ると、卓袱台に肘を置き、頭をガリガリと掻いた。
剣勢は立ったまま私の側に寄り添う。

「…剣勢」
「…なに、らい」
「どうしよう。過保護な位に優しすぎる……調子狂うわ…」

私は卓袱台に肘を乗せたまま前髪を掻き上げた。

「優しいのは、良い事…だと、思うよ」

剣勢は優しく微笑み掛けて来た。吊り気味の瞳が、少し和らぐ。
開けたままの障子から、雨の匂いが仄かに香る。
パタパタと雨が庭の草木や本丸の屋根を叩く音をBGMに、私はボーッと天井の板目を眺めた。
何分か経っただろうか。
隣でドサリ、と言う音が聞こえて、私は反射的に振り返った、瞬間。
首元に回った刀に、身じろぎ一つ取ることが叶わなくなった。

「…おっと。動くなよ?首が落っこっちまう」

背後から聞こえたその声は、先程意気揚々と出て行った鶴丸だった。
倒れているのは剣勢。

「…剣勢に何をしたの、鶴丸」
「ちょっと伸びてもらっただけだ、今は自分の心配だけしたほうがいいぞ」

鶴丸は世間話をするかの様に平然と言う。

「ハッキリ言おうか。キミは、“何者”だ?」

私はゴクリと唾を飲み込んだ。
…鶴丸は気付いている。私が“何か人と違う”事に。
いつ気が付いた?私は何か失態を犯したか?
月は鶴丸を顕現してから浴びていない、よって『月光浴』を見られたわけでは無い。
…では何だ。
グルグルと思考を巡らせても、何も失態を犯しているものは思いつかなかった。

「答えられないか?簡単じゃないか。ヒトか、否か。それだけだぞ?」

…此処で、バレるわけにはいかない。でも喋らないと、首が落とされる。

「主、時間が掛かって悪かったね、ハーブティーだ…よ……って何してるんだい!鶴さん!!」

タイミング良く燭台切がガラスのポットとティーカップをお盆に乗せて居間に入って来て、この状況に驚いて声を上げた。
燭台切はガシャンとポットとティーカップを落として、剣勢を抱き上げた。

「剣勢くん!目を覚まして!……鶴さん!これは一体……」
「おー、光坊。予想より早かったな。光坊も聞きたいだろ?…コイツが“何”か」
「…え、待って、何を言ってるんだい?…さっき言っていたじゃないか。主は元刀鍛冶で…」
「そこじゃない、そこじゃない。コイツは、人間ではないって事、光坊も顕現された時、何となく思っただろう?」

そう言われて、燭台切はハッとする。
剣勢が燭台切の腕の中で「うっ」と呻いて、目を開けた。直ぐに周りを見回して、私が鶴丸に捕らえられているのを見ると、燭台切を押し退け、鶴丸に向かって刀を抜こうとした。

「駄目だ!絶対に抜くな!!」

私は剣勢に向かって声を荒げた。
剣勢はビクッとして、抜きかけた刀を恐る恐る鞘に戻した。だが、まだ鶴丸を睨んだままだ。

「ほう?何で抜かせない?」
「…家族の争いに、刀は要らない。私はそんなの望まない」

私の“家族”と言う言葉に鶴丸は鼻で笑った。

「家族?…っは、驚いたな。とんだ甘ちゃんだキミは。今、キミはピンチだろうに」
「…確かにピンチだね。何処でヘマしたか分からない位にピンチ。最高に恐れてた事態だよ。……今後の為に聞かせてくれないかな。何処で“人で無い”と気付いたの」
「認めるんだな、潔い奴は嫌いじゃない。まずは最初は顕現された時、霊力の味だ。蜜の様に濃かった。ヒトでは有り得ない味だった。違和感その一だ。そして、酷く澄んでいた。此処で違和感その二だな。極め付けになったのは石切丸を触った時。アレは御神刀だから、邪悪なものを寄せ付けない。人で無い、濃く澄んだ霊力のキミが石切丸に弾かれた。意味が不明だ。…そこで何者か、暴こうと思い立った訳だ」

燭台切も剣勢も口を開かないで鶴丸の言葉を聞いていた。
私は、溜息を吐いた。
…そんなところから、人で無いことがバレるなんて。

「…私は、人じゃない。それを聞けば満足?」
「…っらい…!」

私は溜息と共に言葉を吐き出した。
剣勢が「言ってはいけない」と言うように私を呼ぶ。
…剣勢だって、私が何者か知らない。ただ、人で無いと言うことは知っている。でも、それでも良いと相棒は言ってくれた。

「言っただろう?“お前は何だ?”って。それじゃあ答えになってないぜ」
「…そんなに聞きたいの?大して面白くもないのに」
「ああ。大いに興味があるな。気になって気になって、夜眠れなっちまう」
「そのまま眠れなくなってしまえば良いのに」
「ん?そんなこと言って良いのか?首が落ちちまうぜ?」
「……分かった、分かったよ。言うから、刃を退けて」

鶴丸はゆっくり刀を退けた。
私と剣勢、燭台切は一先ずと溜息を吐く。

「……まだ、皆には言っていない事なんだ。時期を見て、言おうとは思ってた。でも、怖くて言えなかった。」

鶴丸は私の斜め前に移動して胡座を組んだ。
私の前に剣勢、鶴丸、燭台切が雁首を揃えて、私がポツポツ喋り出した話に耳を傾ける。全員が真顔だ。勿論、私も。

「…私は、半鬼半人。鬼と人のハーフ。…伊達の刀だから、東北っぽく言ったほうが分かりやすいかな。……“片子”だよ」
「片子って、“鬼の子小綱”のか?」
「…そういう昔話もあるらしいね」

鶴丸は意外そうに言った。
私は、左手を握る。包帯が湿り気を帯びる程、手が汗ばんでいる。

「鬼の子小綱って、人食い鬼と人間の女性の間にできた子供の話だよね?」

燭台切が思い出すように言う。
私は首を縦にコクリと頷いた。額には脂汗が滲んでいるだろう。それでも、肺はキンと冷え切っていて、呼吸がし辛い。

「……もう、いいかな。話したよ」

怒られた子供の様に、鶴丸をおずおずと見遣った。
鶴丸は首を振った。
私は顔を畳に落とした。

「…何で」

ポツリと私は溢した。

「“片子”は分かった。石切丸に弾かれたのも、大体合点がいった。じゃあ何であんな澄んだ霊力だったのか、だ。それが解決してない」
「…霊山に居たから。だから霊力が綺麗だったんだと思う。私、小さい時から長く霊山に居たから、浄化されたんじゃないかな…。もう、食人衝動も長く出てないし」
「ほお…。面白い話じゃないか」
「………面白く、なんて…ないよ」

剣勢が下を向いてポツリと言った事で、私はバッと顔を上げた。

「…ここまで、言ったなら……言うべき、だよ。…らい」

剣勢は下を向いたまま、私に言えと促した。アレを。
私は、また畳に視線を落とした。怖い。燭台切と鶴丸の反応が見れない。

「…私は…食人衝動が無くなった代わりに、月を浴びなければ…具合が悪くなる様になった。月がなきゃ、私は生きていけない。逆に…月があれば、食事が要らない。霊力も、補充できる。だから、私の1日の霊力に限界があるんだ。……その代わり、半分は人だったのも、そうじゃなくなったようで。完全に鬼になったのか、それとも…別のものになってしまったのか…私には分からない」

……もう、丸裸だ。何もかもを話してしまった。
私は長い溜息を吐いた。
ギシ、と廊下から音が聞こえて、顔を上げて音のした方を見遣った。
刀探しをしていた筈の小夜や、買い物に行っていた筈の歌仙を筆頭に、全員が姿を見せた。

「…聞い、てたの」

…私は目を丸くして身体が震えだし、頭を畳につけんばかりの勢いで全員に頭を下げた。

「…ゴメン、騙すつもりは…!でも、なかなか言えなくて!ゴメン…ごめんなさい!」
「……頭を上げてくれ、主」

歌仙の静かな声だった。
それでも「ごめんなさい」と繰り返し謝り続けた。壊れた玩具の様に。
頭を上げられなかった。
私はピタリと言葉を止め、静かになった。
ややあって、言葉を発する。

「…皆、刀に戻りたくなった…?…こんな主、気持ち悪くて嫌でしょ……。斬り殺したい…?」

私は顔を伏せたまま自嘲の笑みを浮かべた。目から涙を流していたが、そんなの拭おうとも思わなかった。
…顔が見れない。怖い。
歌仙が近付いて来て、私の両肩を強く握り締めて、普段言っている「雅」とは真逆の、少々乱暴さが見える動作で顔を上げさせた。

バチン

左の頬がジンジンと痛んだ。耳がキーンとする。
私は打たれて、目を見張った。
まだ、左頬に歌仙の手がある。
その手は、温かかった。

「馬鹿な事を言わないでくれ…居座るって言ったじゃないか。居座ってくれ。……これからも、ずっと」
「………え」

私はやっと歌仙と目を合わせた。

「…居て、良いの」
「……アンタの正体なんて、オレにはどうでも良い」

大倶利伽羅が腕を組んで柱に凭れて此方に目をやった。

「…貴方、馬鹿なんですか」

宗三が前にも言った言葉を繰り返した。

「…俺達を顕現してくれた主を“気持ち悪い”って理由だけで斬ると思ってたのがショックだぜ…」

厚がボヤいた。

「……皆…、優し過ぎるよ……」

私はボロボロと泣きながら左袖で目を擦った。そんな事では止まらない涙は、ボタボタと膝や畳に落ちてゆく。
歌仙の手が背に滑る。あやす様にトントンと優しく叩かれた。
本当に、優し過ぎて調子が狂ってしまう。

「…俺も流石に問い詰めすぎたなぁ。いや、ただの興味本位だったんだがな?悪かった悪かった」

ははは、と鶴丸が明るい声でそう言った。
その背中を太鼓鐘が思い切り殴った。

「〜〜痛いぞ、貞坊」
「…主に興味が湧いたからって、やり過ぎだぞ、鶴さん」
「分かってるさ。謝ったろう」

鶴さんは謝りが足らない!と太鼓鐘が言ったところで、燭台切が優しく仲裁に入った。

「まあまあ、貞ちゃん、鶴さん。僕も謝るよ、ごめんね主。……少し落ち着いたかい?」
「うん…」

泣き過ぎて鼻声の私が、鼻を啜りながら返事をした。

「あるじさん、自分の事すごくコンプレックスだったんだね。そんなに心配しなくてもよかったのに。…ボク達、家族でしょ?」

乱の言葉にまた涙が溢れて来た。
…家族。そうだ、ここの刀剣男子達を『家族』と言ったじゃないか。

「〜〜〜うーーー」
「…泣かしたな」
「あ、乱!大将を泣かすなよ」

薬研が目で乱を見て、厚が乱を小突いた。

「だ、だって!…ご、ごめんなさい!あるじさん!」
「大丈夫ぅぅ〜〜」
「主さま…」

私は泣きながら答えた。
そしてそんな私を薬研、厚、乱、小夜が頭を撫でてくる。
撫でくりまわされている私を、剣勢は後ろの方で目を細め、目尻を下げて見つめていた。

「…らい、みんな……優しいね」




…………………………
(20190117)
歌仙によるほっぺビンタ、手がほっぺに残ってるから痛いやーつ。


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