雨に伊達刀

目が覚めた。
日は昇っていない。それどころか、雨がシトシトと降っていた。木々や草花の青臭い匂いがムワッと香る。スンと鼻を鳴らして少し嗅いだ後、布団を左手で引き上げて、縁側に背を向けてもう一度目を瞑って寝はじめた。



「…い、……おい。起きろ」
「んー……」
「起きろ」
「んー……」

雨の匂いで目を覚ましてから、何分経っただろうか。30分、いや…もしかしたら1時間以上は経ったか。目を瞑りながら考える。
バサリ、と布団を剥ぎ取られる。
私は身を縮こまらせて抵抗をした。眉根に皺が寄っているだろう。
薄目を開けたら、私の枕元には山姥切が布団を持ち上げて立っていた。

「…もう、すこし」
「もう充分寝ただろう。起きたらどうだ」
「んー……」

山姥切の声には怒気が少し篭っていたが、私は気にせず寝入ろうとした。

「…朝飯は要らないんだな」

山姥切はそう言って掛け布団を持ったまま呆れた声を出した。
正直朝食は要らない。…だが、それはよくないだろう、主に歌仙。仕方なく起きることにした。

「いる……」
「じゃあ起きろ」
「……はい」

私は身体を起こして、左手で顔を覆ってうつらうつらとした。起きなければ、と分かっているが、なんだか力が入らない。とんでもなく眠い。上の瞼と下の瞼がくっ付こうとする。

「どれだけ寝る気なんだ、アンタは…。布団を片付けるから、布団から離れろ」

山姥切の言葉に、私は返事をしないで身体を少しずらして布団から降りた。
隣に布団はもうない。
山姥切がテキパキと布団を片付けるのをボーッと見ていたら、やっと覚醒してきた。

「…剣勢は?」
「歌仙の手伝いをしている」
「そう…」

そう言って鴨居を見上げたら、本丸に来た初日に着ていた海松茶色の着流が衣紋掛けに掛かっていた。黒のインナーと黒のパンツと帯も畳まれて畳に置いてあった。乾いたのか。
黒のパンツのポケットに、結い紐が残っているのも確認した。
私は立ち上がって寝巻きの浴衣を脱いでインナーを着て、ズボンを履く。着流を羽織って、振り向くと、山姥切が布団を仕舞い終わったのか、待っていた。

「その腕では帯が結べないだろう」
「…気が利くね。ありがとう」

お言葉に甘えて帯を渡した。山姥切は慣れた手つきで私を着付ける。
やっといつも通りの格好になった私は、もう一度山姥切にお礼を言い、床の間に置いていた厚に昨夜書いてもらった地図を胸元に差し込み、2人で居間へ向かった。
居間に山姥切と入ると、皆がもう卓袱台を囲んでいて、ホカホカの食事が並べられていた。
蓬のお浸し、鮎の焼き魚、ご飯、ミツバの味噌汁が今日の献立か。
私を見上げた全員から「おはよう」と挨拶をされる。
歌仙がお櫃の蓋を閉じながら私に話を掛けた。

「昨日は良く眠れたかい?」
「うん。よく寝たよ」
「それは良かった。さあ、席に着いてくれ。朝食にしよう」
「はーい」

私は昨日の上座に座ると、皆が手を合わせて「頂きます」をした。
私も「頂きます」と刺し匙を片手に小さく言って、魚を解し分けた。
備蓄の無い時の対応が相変わらず凄い。山菜と川魚でここまで朝食が豪華になるとは。そう思いながら、食べ進める。
ご飯の量は相変わらず多いし、朝から何品もの料理…ボリューミーだと思う。…いや、今まで大した自炊をしてこなかった私的比較だけど。
私はミツバを除けながら味噌汁を啜り、ご飯を流し込む。
今日は皆と変わらないスピードで食べ切ると、お腹を摩った。朝から満腹である。ご飯の量が多すぎる。
器を下げようとした歌仙が、私の残したミツバを見て、眉根に皺を寄せた。

「主、好き嫌いは良くないよ。食べ物に失礼だろう」
「食べれないものは仕方無いでしょ。苦手なんだ」
「そんなのは理由にならない。全部食べきるんだ」
「無理」
「食べるんだ」
「無理!」

そんな押し問答の末、歌仙は溜息を吐いた。
諦めてくれたか、と思っていたら、歌仙は箸で残したミツバを掴むと、私に鼻をグイッと摘み、口の中に放り込んできた。鼻を離して私が吐き出さない様に口を手で塞いでくる。
抵抗するが、相手は戦いに長けた刀剣男子。力の差が歴然で仕方なく飲み込む事になった。
喉の動きを見た歌仙が、満足そうに手を離すと、器を片付けに台所へ行ってしまった。

「うえー……歌仙の鬼め……!」

まだ口の中にミツバの苦い味が残っている。
「うえー」と言っていると、剣勢が心配そうに近寄ってきて、背中を摩った。
なんて甲斐甲斐しいのだろう。流石は私の相棒。

「らい…大丈夫…?」
「うえ…まだ口の中にミツバの味が残ってる……」
「あるじさん、嫌いなものあるんだ」

乱が笑いながら言ってきた。

「あるよ、嫌いなものくらい…」

うへえ、と言っていると、一期が湯飲みと急須を盆に乗せて私が座っている近くまでやってきた。

「大変でしたね。お茶でも飲んで下さい」
「ありがとう、一期…」

温かいお茶を飲み、ふう、と溜息を吐いた。
朝から布団は剥ぎ取られるし、朝食は多いし、嫌いなミツバは無理やり食べさせられるし、朝から災難だ。それに雨。
……雨。

(そうだよ、雨だから…。)

だから朝から何か調子悪いのか。
もう一度湯飲みに口をつけて、眉を鎮めた。
…これだけは、剣勢も知らない。
雨は、剣勢を作る前の、養父とのとある出来事を思い出すから、嫌いだ。
私が黙って難しい顔をしていると、剣勢が心配そうに顔を覗いてきた。

「らい……?」
「…大丈夫だよ。もうミツバの味は消えた」
「なら、いいけど…」

私は眉を下げて力無く笑いかけて「大丈夫」と言うと、剣勢はまだ心配そうだけれど、分かってくれた様だった。

「それで、今日は?顕現以外にやることは?」

私は湯飲みを卓袱台に置くと、居間に残っていた左文字兄弟、粟田口兄弟に声を掛けた。

「昨日に引き続き本丸内捜索。万屋に買い物。これくらいですね」

一期が答えた。

「なるほど…分かった。万屋は任せる。好きに買ってきて。私は顕現を終えたら捜索に合流する」
「万屋は歌仙殿と私、乱と厚が行きます。主の体調の為に薬研を残してますので、何かあれば直ぐに仰ってください。…この天気でなければ、畑仕事もしたのですが…。」
「まあ、畑は逃げないからね。天気が良くなってからにしよう」
「そうですね」

私と一期はそう話をつけて、一期は卓袱台に乗せていた私の湯飲みにお茶を注ぎ足して居間から出て行った。
私はもう一度湯飲みに口をつけて新しく入れてもらったお茶を啜って、湯飲みを卓袱台に戻した。
目を瞑って一つ深呼吸をする。自分の体に満ちている霊力の量を感じてみようと集中させてみる。初めてやってみたことだが、なんとなく、今の霊力の量が分かった気がする。
体の中に、水が溜まっている様な、そんな気がした。
…ただ、一回の顕現にどれだけの量を消費するかは未だ不明だが。
やれるだけやってみるしかないだろう。
ただし、今日は折れている刀は2本まで。本数は6本で倒れたのだから、5本程度に抑えておかなければ。
そう制約しなければ、また迷惑を掛けてしまう。
目を開き、剣勢を呼んだ。

「剣勢」
「……何、…らい」
「髪を結って。三つ編みでいい」
「分かった」

剣勢は私の後ろに来て、髪を結い始めた。
髪が長いのも考えものだな…頃合いを見て切ろうか…と考えていると、剣勢が私を呼んだ。

「らい。結い紐がない……」
「ああ、あるよ。渡すの忘れちゃった。ゴメンゴメン」

私は左手で結い紐をポケットから取り出して、それを剣勢に渡す。
剣勢は受け取って、私の髪を縛った。

「……できた」
「ありがとう。さて、お待たせしたね。薬研、顕現行くよ。剣勢もおいで」

そう呼ぶと、薬研と剣勢は立ち上がった。薬研は薬箱を手にしている。

「お、大将。俺の出番がなきゃいいんだけどな」
「皆から“無理すんな”って言われてるから大丈夫大丈夫」

はは、と私は笑って2人を連れて廊下に出る。
階段の扉を開けて、私を筆頭に階段を上がっていく。階段を上り切って大広間の一番右側の襖をを開けた。

「…さて、と。どの刀から顕現していこうか……」

私は広間を見渡して、顎に左手を当てる。
昨日の風呂で、乱が言っていた事を思い出した。
『料理が上手い刀剣男子がいて、大体歌仙と一緒に台所に立っていたから、早めに顕現してあげないと歌仙さんが大変になるね』

「ねえ、薬研。料理の上手い刀剣男子って…どの刀かな?この中にいるかな」
「料理の上手い刀剣男子?燭台切の旦那の事か」
「燭台切?…燭台切光忠か。ならこの刀だね」

私は広間の右から右端から二つ目の刀を持ち上げた。
薬研は驚いた顔をした。

「…よく分かったな」
「まあ、元政府お抱えの刀鍛冶でしたから?それくらいはね…」

私は力を込めて刀を握った。カタカタと震える刀。
ぶわり、と桜が舞う。
姿を現した、隻眼で長身の刀剣男子。

「君が僕を顕現させたと言うことは、新しい主かい?」
「初めまして、光忠。私は薄氷。…まあ、此処の新しい審神者だね。宜しく。ちょっと説明しておくと、私の1日に使える霊力には限りがあるんだ。折れている刀剣含め、今日は5本までって決めてるんだけど、どの刀を顕現させようか。リクエストがあれば言って。」
「主。ちょっと質問があるんだけど、“折れている刀剣含め”っているのが気になっているんだ、どう言う事かな」

燭台切が難しい顔をして質問してきた。
私は、毎回の説明をすることにした。

「私は、折れた刀剣も直せるんだ。多分、元が刀鍛冶だったからだと思うんだけれど……私もよく分かってない。兎も角、直せる」
「なら、貞ちゃんと、折れている伽羅ちゃんと鶴さん……ああ、太鼓鐘貞宗と大倶利伽羅と鶴丸国永とを直してもらえないかい?」
「いいよ。そう言って指名してくれると、嬉しい。これだけ刀剣があるとどれから顕現していけばいいか悩むんだ。時間はかかるかもしれないけれど、絶対此処の本丸にある全部の刀剣を顕現すると約束するよ」
「嬉しいよ、そう言っていくれるなんて。此処の本丸の皆は仲間だから」
「任せてよ。私は約束は絶対守る男だから」
「……ん?男?女の子じゃないのかい?」

会話をしていて、燭台切が固まった。
……そんな事で固まらんでいい……。
私は溜息を吐いて、左手で顔を覆った。

「男なんです!これでも!……ああもう、ほらほら、顕現するよ!」

私は目の前に立っていた燭台切を退けると、太鼓鐘貞宗を掴んだ。
目を閉じて力を込めると、カタカタと鳴る短刀。
桜が舞って、薬研や剣勢とそう身長の変わらない刀剣男子が現れた。

「あれ?俺…」
「貞ちゃん!新しい主が来たんだ。霊力を分けてくれたんだ」
「初めまして。私は薄氷。此処の新しい審神者です」
「成る程なー!ありがとな、主!宜しく!」
「うん、宜しく」

眩しいくらい明るくて元気な刀剣男子だった。
挨拶をしたので、「さあ、次の顕現をするよ」と言って、2本の折れた刀の前に立った。
まずは大倶利伽羅の欠片を全部掴んで、力を込めた。
折れた刃が食い込んでポタポタと血が垂れる。敷かれた布に血溜まりを作る。
さらに力を込めると、ぶわりと桜吹雪が舞って、顕現された浅黒い肌の刀剣男子。

「俺は……」

大倶利伽羅は身体と両手を見て、不思議そうにしている。
私を見上げると、顔を顰めた。

「初めまして、大倶利伽羅。私は薄氷。此処の新しい審神者です。宜しく」
「…馴れ合うつもりは無い」
「あらら…」
「まあまあ、伽羅ちゃん。折れていたのを直してくれたんだから、その言い草は無いんじゃないかな?」
「…感謝はしている」

そう言ってそっぽを向いて部屋から出て行ってしまった。

「なんというか…宗三系?」
「大将、なんだその括り…」

薬研は私の独り言に溜息を吐いている。

「主!何だ今の!凄いな…折れた刀直せるんだな!そんなヤツ初めて見たぞ!」
「…ああ、貞には言ってなかったね。私、折れた刀も直せるんだ」
「吃驚したぜー…、でも、掌が血塗れじゃねーか」
「鶴丸直したら、薬研に治療してもらうよ。大丈夫、私、傷の治りは早いんだ」
「なんかよく分かんねえけど、凄いんだな…」
「まあ…ね。さて、次は鶴丸国永だね」

私は、鶴丸国永を掴んだ。思いの外、細かく砕けている。
全ての破片を左手で掴んで、力を込めた。
血の流れが大倶利伽羅を顕現した時よりも酷い。砕けている刃が掌を切り刻む。傷口を抉る。
桜吹雪が勢いよく舞って、白い装束の刀剣男子が現れた。

「…ほお、コイツは驚いたな」

鶴丸は自身の両手を見つめる。
そこに私は声をかけた。

「初めまして、私は薄氷。宜しく」
「オレは折れた筈なんだが…どういう事だ?」
「鶴さん、主は折れた刀を直せるんだよ」
「なるほどなあ。そいつは驚きだな」
「すっげーよな!」

鶴丸は私を見定める様に全身を眺め、顎に手を当てた。

「どうしたんだい?鶴さん」
「どうかしたのか、鶴さん?」
「何か気になるのか?鶴丸」
「…いや?なんでもない」

燭台切と太鼓鐘、薬研が怪訝な顔をするが、鶴丸は顎から手を離し、私から目を逸らして剣勢を見た。

「その赤いのは誰だ?知らない顔だな」
「ああ、僕も気になっていた。見た事のない刀剣男子だけれど」
「俺も。誰だろう?」

燭台切と太鼓鐘も鶴丸に同意して聞いてきた。
私は剣勢を呼ぶと、顕現の光景を部屋の外から見ていた彼が恐る恐る彼らに近づいてきた。

「この子は剣勢。私が作った小脇差」

私は剣勢を紹介する。
鶴丸はジーっと剣勢を見つめる。

「大将は刀鍛冶だったようだぞ」

薬研が補足してくれた。
三振りに見つめられている剣勢は居心地が悪そうだ。

「ほお、成る程な…」

鶴丸が声を上げる。
剣勢は少し後ろに下がった。じろじろ見られるのに慣れるわけがない。この人見知りも直ってくれるといいんだけどなあ、と私は思うが、「引っ込み思案」な性格故だろう。歌仙に懐いたように、時期に懐いてくれると思うしかないだろう、と私は苦笑した。…私から離れるみたいで、少し寂しい気もするが。
そんなことを思っていたら、薬研が私に声を掛けて、左の手首を握ってきた。

「…大将、早く傷の手当てをしないと破傷風になるぞ」
「大袈裟だな…そんなすぐならないよ……」

そう言いつつ、その場に座って、私は左手を差し出した。
消毒液を掛けられたのを唇を噛んで耐え、ガーゼを掌にあてらて包帯でぐるぐる巻きにされる。
巻かれている間、目を瞑って意識を体の底に集中させた。
水の量がだいぶ減った。もう底が見えるような、そんな感じだ。無事な太刀、短刀一本ずつ、そして折れた打刀と太刀を一本ずつ顕現させただけでコレか。
折れた刀はとんでも無く霊力を消費するらしい。正直、5本の顕現は難しいかも知れない。これ以上の顕現はまた倒れる原因になりかねない。
このペースでは本当に何日掛かるやら、だ。

(…悔しい、…もどかしい。クソ……)

私は、眉を顰めて目を開いた。
手当ては終わっていた。

「…どうした、険しい顔をしてるぞ、キミ」

鶴丸が顔を覗き込んでいた。
私は手当てされた手を頭に持っていき、ガリガリと掻いた。

「…いや、今日もう顕現できないかも、って…。力不足を呪ってるところ」
「どう言う事だ?制限でもあるのか?」
「そうなんだよね。1日霊力に限界があるみたいで。昨日倒れたから、無理すんな、とは言われてて」
「ほう…。初めて聞くな、霊力に限界があるとは」
「そうなの?……よく分かんないんだよね、その辺。何せ、初心者審神者なもので」
「初心者だったか」
「それにしても、伽羅ちゃん、鶴さん、貞ちゃんと言っただけで、どの刀か分かるなんてね。とても初心者とは思えなかったよ」

燭台切が不思議そうにする。
疑問は無理もない事だが、私は手短に元政府お抱え刀鍛冶で、数多の刀剣を直してきたのでどの刀がどれだか判る旨を伝えた。

「へえ。成る程。」
「まあ、そんな訳なので。宜しく」
「こちらこそ、宜しく、主」

私はにっこりと笑うと、燭台切が右手を差し出してきた。

「あ、ゴメン。私右手無いんだ…左手で良ければ」
「じゃあ左手で」

ギュッと私達は握手した。




…………………………
(20191126)
やっと4振りですね。
伊達刀好きです。


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