ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ 凍える日にウォッカを

曇天の昼下がり。
3月だというのに未だ北風が強く、顔を顰めてマフラーに顔を埋める。
鎮目町、BAR HOMRA。草薙は慣れた手つきで「close」と書かれた扉を開いた。
セピア色を基調とした店内でシェイカーを振る音がする。
彼はふとバーカウンターを見つめると、何度見ても女性と見間違える友人、倭がシェイカーを振っている手を止めてこちらを向いた。
「おかえり、出雲。」
「おう」
草薙は後ろ手で扉を閉めると、カウンターに近づき、買ってきた材料の入った袋をそこへ乗せた。
「留守中、なんかあったか?」
「何もないよ。カウンター勝手に借りてごめんね」
「ええよ、いつもの事やんか。それより、何作っとったんや」
「スティンガーをね」
飲みたくなって、と続けた彼はショートグラスに透き通ったドリンクを注ぐ。
髪は珍しく後頭部で結われており、肩口でゆらりと房が揺れる。チラリと吠舞羅の徴が見え隠れする。
「相変わらずアルコールの強いの、好きやな」
「そんなことないよ。」
「あるわ。ホンマ酒強いな、感心するで」
「唯一の特技だからね」
「酒飲みが?」
「うん。それにしても、外、寒かったんじゃない?」
「めっちゃ寒いわ。寒の戻りっつーか…、昨日まで暖かかったのに、また冬に逆戻りや」
寒さを思い出して、はあ、とため息がこぼれた。
「なにか飲む?良ければ作るよ」
倭は微笑むと、シェーカーを置いてバーカウンターに両手をついた。
今日の彼は随分と機嫌が良い。
「ウォッカにする?寒いんだし」
「ええな、たまには」
そう言って、草薙はカウンターのスツールに腰掛けた。
普段とは逆の立ち位置だ、と思った。なんだか変な気分である。

倭は鼻歌を歌いながらウォッカを手にした。
手際よくメジャーカップからシェイカーに材料を入れ、蓋をすれば、あとはシェイクする。
「何作るん?」
手元が見えないので、草薙は倭に尋ねた。
「ふふん、秘密。当ててみてよ」
そう言って、グラスに注がれたのは、倭が先程作ったモノと似ている。
スイ、とグラスを出されて、受け取る際に偶然触れた彼の手は、ひんやりと冷たかった。
草薙はグラスに口をつけた。辛口の中にライムの爽やかさとまろやかさが口の中に広がる。
「なんやろ、…ウォッカベースの…この味。」
「さて、なんでしょう?」
倭はスティンガーの入ったグラスを持ち上げて微笑んだ。
「……ギムレットやな。ジンやなくて、ウォッカの」
「当たり。たまにはこんなのもいいでしょ」
そう言って、先程作ったスティンガーにようやく口をつけた。
「うん、美味しい。」
「腕上げたんやないか?」
「『好きこそ物の上手なれ』ってね。まだまだ精進だよ」
「ストイックやな」
「褒めても何も出ないよ」
二人はグラスをチンと当て、フフと笑いあった。
誰もいないBAR HOMRA。たまにはこんなゆっくりした時間もいいかもしれない。





「煩いのはどこに行ったんや?」
「全員でこの寒い中草野球に行ったよ。」
「お前は行かんかったんか?」
「お店、任されたのに空けられないでしょ。それに球技が壊滅的なの、知ってるくせに」
「せやった。壊滅的やったわ」
「だから、丁重にお断りしました」
「つーことは、しばらくは帰ってこないんやな」
「そういうことになるね」

…………………………
寒い日にはウォッカに限る。


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