ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ The candle flame will go out.

( 原作ネタバレ注意! )



草薙の背後でボトルに降りかかった埃を落としていた私は振り向いて首を傾げた。
BAR HOMRAは閉店後である。

「キャンドル?」
「そう、“キャンドル”ってアプリ。それを何か辛い人が飛行船へ向けるとそれをすくい上げてくれるって都市伝説…。凄く遠くまで見えるんだって。夜景の所々で赤くキラキラしてて綺麗なんだ」
「へえ…」

十束は新しいカメラを手に先日、我らが王と先に見に行ったらしい。
高く高く飛ぶ第一王権者のお城へ送る光のメッセージ。
十束は街全体が大きなケーキに灯る“キャンドル”と思ったようだ。

「大層なプレゼントじゃないけど、明日アンナに見せたくて」
「はー…なるほどな」

草薙は感心する。

「倭さんも来る?」
「誘ってくれて嬉しいけど、お店の事もあるし……」
「ええやん、行って来ぃ。こっちには八田ちゃんも鎌本もおるさかい、人数は足りとるんやから」

たまには行って来ぃ。そう言われて、十束と二人で店を出る事にした。

「じゃあ、また明日」





十束に連れられ、廃ビルの屋上の扉を開けば、そこには先客がいた。
高校生だろうか。制服のパンツの裾をロールアップした子で、微かに聞こえた鼻歌はベートーヴェンの交響曲第9番「アン・ディ・フロイデ」だった。
こんな時間に高校生はおかしい。
十束はビデオカメラの電源を入れ、少年にレンズを向けた。

「多々良、いきなり知らない人にカメラ向けたら失礼だってば」
「大丈夫大丈夫。12月7日、23時45分。やあ、いい夜だね。俺は夜景を撮りに来たんだけど、そっちはこんな所で何をしているの?」

私が言うも、十束は気にせずいつもの通り日付と時刻を言い、鼻歌を歌い続ける彼に問いかけた。
彼はフェンスに寄り掛かっていた体を起こすと、こちらをスイと向いた。

ぞくりと寒気が走る。気のせいではない。

「俺は十束多々良。こっちは倭さんーーー君は?」

そう言った直後の一瞬の出来事だった。
パンッパンッと2回、何かが弾ける音がした。
バタリ、バタリ、と何かが倒れる音。
ガシャンと何かが落ちる音。
体中に走る衝撃。
次に熱さが体を駆け巡る。
熱さは痛みに変わり、頭がジンジンと痺れている。

「…俺は第七王権者、無色の王。ここで人を待っていてな。良い夜かって?ああ、確かにいい夜だ!」

捕まえなくちゃ。脳は「奴を捕らえろ」「追いかけろ」と命令をだすのに、体はコンクリートの地面に転がったまま一向に動かない。
目を動かせば、もう少年は居らず、視線をずらせば、隣で倒れている十束がいた。
目は開いている。
息もしている。
私は声を掛けようにも、体が痛くて声が出なかった。呼吸の途中に出る「ぁ」や「ぅ」など、言葉にできないものばかり口から出る。役立たずな身体だ。

「…どっちにしろ、迷惑かけちゃうなあ…っ…」

十束何かを考えているのか、私にはわからなかった。
そこで、私の意識はブラックアウトした。





次に目が覚めたのは白い景色だった。

「……ここは、」
「気が付いたんか!」

草薙はパイプ椅子から立ち上がり、声を上げた。

「病院や…撃たれたの、覚えてるか?」
「撃たれ……っあ!」

私は飛び起きて左右に首を振った。個室の部屋のようで、草薙意外に人はいない。
起きた衝撃で体に張り付いた器具たちや点滴も外れるが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
身体中に感じる痛みすら煩わしい。

「た、多々良!…多々良は!?」

今度は私が声を上げた。そう言うと、草薙は苦しそうな顔をして、私から顔を背けた。そして、絞り出すように言葉を発した。

「十束は、…十束は、死んだ」
「なん……冗談、だよね……?だって…まだ、何か言ってた。……動いて…生きてた……!」
「……こんなん、冗談言わん」
「なんで!どうして!」

私は飛び掛かるようにして草薙の胸ぐらを掴みかかった。

あり得ない。
ありえない。
アリエナイ。

だんだん鼻の頭がツンとしてくる。
そんな馬鹿な。
信じられない。
涙が私の制止を振り切って勝手に流れ出す。

「なんで…っそんな!」

私は草薙の服から手を離した。

「俺かて、……信じたくもない。でも、駆けつけた時には……もう」
「そんな……。」

話を聞けば、十束が最後の力を振り絞って草薙に電話をかけたらしい。

「十束、“幸福だった”ゆうてたで。あと…尊と倭に怒られるかも、とも言うてた」
「……怒るよ。…許さない。いなくなるなんて、そんなの」

私は涙を拭うこともなく、草薙の前で泣き続けた。
その後、草薙から、尊がセプター4に捕らえられたーーー否、捕まりに行った事も知った。

「みんな、置いていくのかな……」






その夜。
草薙が私が店に忘れた端末を置いていってくれた。

私はアプリをダウンロードした。


“ーー凄く遠くまで見えるんだって”

「…多々良、見えてる?」

赤い光が一つ灯った。



…………………………
十束追悼。


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