ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ 女の子の服と怒りと 3

昨日は随分と飲みすぎた。そう思いながら草薙は昨日の片付けをしに何時もより早めにバーに来た。…とは言え、午前11時である。
各テーブルを拭いて回っていると、二階から物音がして、顔を上げた。

「んー、おはようございます」

伸びをしながら階段から降りてきたのは、昨日の営業時間終了ギリギリまで出掛けており、何故かここに戻ってきて泊まり込んだ倭だった。

「おはようさん。」
「!…お、おはよう。びっくりした……」
「昨日ーー今日か?お楽しみだったんか?」

独り言で挨拶をしたつもりが、返事が返ってきた、と倭が目を白黒させていると、やにわに草薙が尋ねてきた。
その顔はニヤニヤしている。
…朝からなんて不躾な質問だ。

「……男でもそれはセクハラだよ、出雲。別にそんな事なくて、ベッドを相席させて貰っただけ。隣の部屋にはアンナが居るんだし」

二階には尊の部屋とアンナの部屋にベッドがある。毛布くらいは数の余裕はあるが、ベッドの空きまではなかった。

「据え膳食わぬはナントカって言うんやけどなあ、尊のやつ…」
「いつもしてると思ったら大間違いです!ほんと、そう言うのセクハラ!」
「待て待て待て、俺が悪かった」

倭は鬼の形相で上段蹴りの構えを取る。草薙は顔を青くして一歩後ずさった。
それを見ると、プッと倭が噴き出した。

「…朝からなんて会話してるの私達。アンナが起きてくる前にやめとこう?教育に悪い」
「友人代表として心配してんねん。ーーー…まあ…せやな、もう起きてもたし」

そう言って倭から視線をずらす。

「え!?」
「ヤマト、イズモ、おはよう?」
「あ、アンナ…おはよう…」
「おはようさん」

冷や汗を流しながら、倭はあんなに視線を合わせた。

「パジャマかわいいね、アンナ。」
「タタラがくれたの。なんのお話してたの?」

小さな頭を傾げて聞いてくるが、この質問には答えられない。

「やだな、何して暇を潰そうかーっていつもの話」

我ながら誤魔化し方が下手だ。と、そう思った。寝起きで思った以上に頭が回転していない。
そう思っていると、アンナは倭の長袖シャツを掴んだ。

「かわいいお洋服買ったの、着てみて、倭」
「……え?…あ、アンナ?」

パタパタと二階に上がっていってしまった彼女を追いかける前に、背後の扉がバタンと開いて、振り返った。

「こんにちはー、なにやってんの?」
「お、ええとこ来たな、十束」
「なになに、どうしたの?」

「“なになに”じゃなくてね」目を細めた倭は十束に静かに尋ねた。

「…多々良、まさか本当に買ったの…?」
「何が?」
「何が?って、洋服!ゴスロリの!」
「買ったよ?え、着てくれるの!?」
「着ない!」
「えー着てほしいなー」
「着ないったら着ない!」
「着ないの?」
「着ないってば!って、アンナ…」
「…着ないの?」

同じ言葉を再度投げて小首を傾げる可愛らしいライオン姿の少女に倭は「う…」と声を漏らした。
アンナの持っていたピンクのショップバックがだんだん下に降りる。
十束であれば強く言えるのだが、相手がアンナであるから強く言うことができない。

「……一回、だけだよ……アンナ」

倭は折れた。
そう言って、アンナが持っていた淡いピンク色にゴールドのロゴの可愛いショップバックを受け取った。
二階に登る階段の足取りは重い。

脱衣所の扉の鍵を閉めると、ピンクの袋を下ろした。
殺風景な脱衣所には洗濯機と洗面台。脱衣カゴには服が入っていない。
はあ、と溜息を吐くと、屈んで袋を開いた。
ペチコートスカートにブラウス、コルセット付きのオーバースカート。雑誌で見ていたものだが、オーバースカートは真紅だった。アンナが選んだのだろう。

「これ、本当に着るの?」

答える人は誰もいない。



「機嫌取りはうまくいったんやけどなあ。なかなか言い出す機会逃しててな。まあ、アンナの好プレーや」

「ようやったで、アンナ」とアンナの頭を撫でる。アンナは少し嬉しそうにする。
第二作戦は思わぬ形で完遂されたのだ。

「…私も着替えてくる」

と言って二階に行ってしまった。

「アンナは嬉しそうやな。“お揃いの赤買った”言うて、昨日から喜んでたからなあ」
「そうだね〜。それにしても、アンナに言ってもらって良かったね。草薙さん、蹴られてたでしょ、きっと」
「せやなァ…」

草薙は渋い顔をして、タバコをくわえた。

「草薙さんって、倭さんの女装見るの初めて?付き合い長いんでしょ?」
「…せやな……。文化祭で着せられてたなあ、女子の制服」
「うわ、見てみたかったなあ…」

お気に入りのジッポーで火を付けると、タバコを燻らせる。慣れ親しんだタバコの味に肺が満たされる。
十束は出会った頃のショートカットの倭に草薙や尊の通っていた学校の女子の制服を想像した。

「写真撮った端末、ことごとく潰されたけどな」
「え…」

十束の想像が止まった。

「俺のだけやないで。他の奴も消されたり破壊されたりしとった」

せやから、と草薙は続けた。

「端末で写真撮ることはせん方がいい。端末守りたかったらな」
「……倭さんって、意外と破壊魔なんだね。」
「ホンマに…なんでも破壊するで、あいつ」
「うん、気をつける…」

2人は「端末で写真を撮らない」と固く誓い合った。



「…本当に、これでいいの…かな」

なんとか雑誌のように着てみたものの、サイズのぴったりさに思わず渋い顔をした。
細いとは自覚していたが、レディースの服の肩幅までぴったりだとは、ほとほと自分が情けない。

「よくもこう…サイズがあったよね…。まさかブーツまでぴったりとは…」

コンコンと扉がノックされた。
倭はドアを数センチだけ開けて、ノックした相手を見る。
そこに立っていたのは十束だった。

「多々良?」
「着れた?倭さん」
「…着れたと言えば着れたけど」

そう言って扉を開けると、十束の目がキラキラとした。

「おお〜!綺麗だよ!やっぱり似合うね!」
「似合っても嬉しくないけどね…」
「まあまあ、そんなこと言わずにさ!髪セットするから後ろ向いて、倭さん」
「そこまでするの?」
「そこまでしないと!」
「あそ…」

もうどうにでもなれ、と十束に背を向けると、十束は慣れた手つきでコテを使い始めた。
くるりくるりと綺麗にカールしていく髪の毛。鏡を見ると、ゆるく髪の毛を巻いた女の子のような自分が居た。
女顔は自覚していたが、ここまでとは思わなかった。

「……まさか、化粧なんてしないよね?」
「え?するよ?」
「化粧はしません」
「えーしようよ」
「し、な、い」
「じゃあ少しだけ!」
「…いやだ」
「アンナが喜ぶよ?」
「……じゃあ…すこし、なら…」
「オッケー!」
「…すこしだよ!」
「分かってるってー」

十束はフンフーンと鼻歌を歌いながら髪をクルクルと巻いていく。
歌っているのは今人気のPOPのナンバーだ。

「これ、本当にアンナ喜ぶのかな…?」

支度が出来上がり、自分の姿を眺めながらそう言ってため息を吐くと、倭はスカートを摘んだ。
楽しんでいるのは草薙や十束な気がする。

「喜ぶよ、大丈夫!」

慣れないヒールを履いて覚束ない足取りに、十束の手を借りてバーに降りると、そこにはいつの間にか起きた尊と、バーに向かい合っている出雲とアンナがそこに居た。
アンナは雑誌に載っていたワインレッドのワンピースにインナーティペットを着ていた。

「じゃーん!どう?綺麗でしょー?」
「おお!ええやん。別嬪になったな、倭」
「ヤマト、可愛い…」
「……」

三者三様の反応に小さく溜息を吐いた。
アンナの反応は予想していたが、草薙の反応に落ち込んだ。…否、その様な予想はしていたのだが、実際言われると何とも悔しい。
そして、倭の姿を見た尊の表情筋がおかしい。タバコを燻らせた彼は形容のし難い顔をしていた。

「尊、なにか言って…お願い、居た堪れないから…」

そう言って化粧をした顔を両手で覆う。
そうしていると、ソファーから立ち上がった尊がツカツカと近寄ってきた。

「なに…?」

尊は倭の目の前に立つと、徐に頭のてっぺんから爪先まで眺め、スカートに目をつけた。
バッとペチコートスカートごとオーバースカートをめくり上げる。

「……下、何履いてんだ?」
「ちょっ…!キングそれは…っ」
「おま、それはアカ…」

ばっこーんっっ!
右足を振り上げ、そのまま垂直に下ろす。ヒールの重みもあり、ズドンと床にぶち当たった。
尊は間一髪で避けたが、タバコは倭のヒールの下にあった。
十束と草薙は顔を青ざめている。

「ンやろ、ってもう遅いわな…」

繰り出された蹴りを避けた尊は鼻で笑うと、「女物じゃねえのか」と呟いた。

「もう尊と話しない!」
「まあまあ、あいつの天然ボケは今に始まった事やないやろ?許したってや?」

「な?」と草薙が言うも、耳や首筋まで真っ赤にした倭は、「うう〜」と唸り声を上げた。

「もう3人とも口きかないからね!」

そう言い残してバタバタと二階に戻ってしまった。







「なんか…すごい倭さんが刺々しいんすけど、なんかあったんすか…?さっきから炎でてるんスけど…」
「今、絶賛ブチ切れ中や…。八田ちゃん、今倭に話しかけん方がええで。」

化粧を落とし、私服姿に戻った倭は、その日暫く、王ととばっちりを受けた2人を含めた3人と口を聞くことはなかったとか。

「お酒で人のご機嫌とったの!最低、あり得ない!」

ウォッカ片手にクドクドと文句を言っている倭の目の前では、鎌本、千歳、出羽、藤島、坂東、赤城が酒に潰されていた。

…………………………
はい、「女の子の服と怒りと」完結です。
ただ女装させるだけでどんだけ長いんだって話ですわ。
最後は主人公が、女装の話無しで怒りをクドクドと並べるので、話の意味の分からないまま潰されたABCDFたちでした。出番のなかったエリック残念。ごめん。


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