ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ 女の子の服と怒りと 2

十束はアンナの手を引き、荷物持ちという名目で各々お尻を押さえた八田と鎌本と赤城を連れて、ササッと出掛けてしまった。

十束の手に爪を立てて抵抗した挙句、結局カウンターから出た倭から、そこにいたアンナと尊と草薙以外の全員がモロに尻に蹴りも食らったのだ。
十束も流石に痛かったのだろう、涙目になりながら、「そんなに嫌ならしょうがないよね…。アンナ、行こ…」と端末と財布をポケットに入れた。
いつもの鉄板が入った靴で蹴らなかったのは優しさだ。八田と赤城は、それでも痛さのあまりに床に転がっていた。鎌本は脂肪のお陰なのかなんなのか、立ったまま固まっていたが、きっと痛さに悶えていたのだろう。
アンナから「リキオ、大丈夫?タタラもミサキも、ショウヘイも…泣いてない?大丈夫?」と雑誌を抱えて心配されていた。
尊は、それの光景を見てからそそくさと灰皿を持ってソファーに移動し、心なしか店の隅の方でスパスパと煙草を吸っている。

しかし、それで怒りは収まらなかったのか、十束らが出て行った後もスツールに腰掛けると、ブスッとした顔で腕を組んだまま草薙を睨め上げている。

「まあまあ、落ち着きなや…」
「…ものすっごく落ち着いてます。あのね、出雲も悪いって分かってる?ノリノリで私に女装させようとするから。…いいから、こっちに来て私にお尻向けて下さいな」

ーーー蹴(や)る気満々だ。
倭は自分の隣を指差して、出てくるように催促する。顔が般若のようで恐ろしい。

「嫌や!せやから、スマンて」
「心がこもってない」
「す、…スンマセンでした…」

草薙はカウンターに両手をついて、頭を深々と下げる。

「ホンマ、反省しとる…。ヘミングウェイ・カクテル作ったるさかい、許してえな…」
「ほ、本当?」

吊り上がったままだった倭の目が和らいだ。

「ホンマホンマ…せやから…」
「なら、仕方ないから蹴らないであげる。蹴るとバーに立てなくなってしまうし…それは困るかなー」

倭はあっさり好物のカクテルに釣られて買収された。
草薙の「好物でご機嫌取り大作戦」は成功したようで、倭は組んでいた腕を解いて、カウンターに無造作に置かれる。

ヘミングウェイ・カクテルは別名「午後の死」と呼ばれ、ペルノー又はアブサンを注ぎ2/5程注ぎ、マムズのシャンパンを残りの3/5程静かに注ぐという、度数が30度と非常に高いカクテルである。
倭はこのような高度数の酒類を好んで飲む。しかもとんでもないザルなので、火が出るような酒でも喜んでいる節があり、ロシアに仕入れに行かせた時には、飲んだウォッカやラム酒の瓶を並べて端末で写真を撮り、「最高記録!p(^_^)q」と言って吠舞羅のメンバーに送り付けてきた時はメンバー全員が辟易したものである。
お陰でレアな蒸留酒や聞いたことしかないリキュールを飲んだ感想や原材料などの解説付きという、オリジナルカクテルを作る上で有難い情報と共に手に入れたが、際限なく高いアルコールに手を出すのはいささか考え物である。

バーを開店した頃、尊と草薙が倭に潰されたのは、最早トラウマに近い思い出である。バーのマスターが酒で潰れるのは、流石に面目が立たない。

……話が逸れた。
とにかくヘミングウェイ・カクテルで蹴りは回避したが、疑問が一つ残った。
尊と倭と長く一緒にいた草薙は、倭が尊にも容赦無く蹴りを入れることを知っている。
シャンパンを片手にペルノーを探しながら疑問を問うてみた。

「そういえば、なんで尊は蹴らんかったん?」
「尊は勧めてこなかったでしょう。多々良の言葉にビックリしてたし。あの憐れむような顔は忘れない…やっぱり男がゴスロリ着るなんて気持ち悪いんだよ。尊は私のこと良く分かってる。」

流石は我らが王様だね、と頬杖をついて、うんうんと一人で頷いている。
店の隅にいる王は煙草を吸いながら口元を隠しているが、口角が上がっているのを隠しきれてない。
しかし、背を向けている倭には見えていないのが幸いしている。全く運がいい。

(……ちゃうで、それはちゃう。言葉にせんだけで、きっちり着てるとこ想像しとったで、きっと。…憐れんでる顔とちゃうで…)

草薙はそう思っている。
なんせ元々口数の少ない尊である。勧めなかったとはいえ、想像してないとはいえない。
あの綺麗な顔を恥ずかしそうに真っ赤にしながら、スカートを握りしめて羞恥で潤ませた目で睨め上げられても、ーーーこう、男女の性別関係無しにグッとくるモノくらいある。
初めて出会ってすぐに草薙は男だと気が付くことが出来たが、「流石は我らが王様」と倭に言わしめた尊の場合は、暫く倭の事を女だと本気で思っていたのだから。

(まあ、これを言ったらヘミングウェイ作ったってまた怒り出しそうやしな。今度こそ鉄板入った靴でケツキックやもん…。それは絶対嫌や…尊も完全にケツキックやろし…これは墓場行くまで黙っとかんと…死ぬ、主に尻が)

遠い目をしてそう思うと、行動が止まったのを不思議に思った倭がこちらを見ていた。本当に尊と同い年だと思えない程の童顔で女顔だ。首を傾げた際にサラサラと流れる長髪が更にそれを強調している。まあ、いつも首元の空いた服しか着ない倭の胸元は「男だ」言いたげに平たいのだが。

「ヘミングウェイ作ってくれないの?出雲。手、止まってるけれど…」
「へ、あぁ、いや…作ったるけど…相変わらず癖のある酒好きやなぁと思ってな」
「アルコールの味のしないお酒なんて、ジュースと変わらないからね。中途半端なの飲むくらいならジュース飲むよ。…そのうちエタノールとかスピリタスとか飲みそうで自分が怖いと思う」

流石に90度の酒は飲めないよー。と笑いながら言う倭。…なんとか回避した。サングラスしててよかった、とこれ程サングラスに感謝したことはない。

ホッと倭に気付かれないように溜息をつき、「アレで男なんやもんな…神様は意地悪や…」そう思いながら、小説家アーネスト・ヘミングウェイ氏の考案したレシピ通りに、グラスにペルノーを45ml、マムズ産のシャンパンを静かに注ぐ。
そうして出来た白濁した薄黄緑色の飲み物を倭の前に差し出すと、ありがとう、と笑顔で受け取った。

「うん、美味しい」

草薙は、倭に見えないようにカウンターの下で端末をいじると、「作戦成功」を送信した。

「……あ、でもこれ…ペルノーじゃなくてリカール?」
「っえ!」

勢い良く端末から顔を上げる。あかん…と思った。心の中で頭を抱える。
基本的にアニス、スターアニス、フェンネル等を使っているアニス酒の種類だが、ペルノーは綺麗な黄緑色でいわゆる「リキュール」、リカールはいわゆる「蒸留酒」で茶色く微かに濁りがある。そして、味もペルノーがクリアなのに対し、リカール少し雑味がある。
こんな初歩的なミスをしてしまうなんて。不純な考え事をしていた自分を恨んだ。
これは、尻が危ない。蹴られる。

「まあ、同じアニス酒なんだから“失敗した”なんて思わないで。お客さんに出さなきゃ良いんだから」

ホッとしながらも、心の中でツッコミを入れた。

(そないなもん、飲むのはお前だけや…!)

独特の香りが漂う中、尊と草薙は静かに目を合わせた。


第二作戦続行である。


…………………………
某笑ってはいけない年末番組の録画を見ながらやってたらこうなったよ。

「田中〜、タイキック〜」

あれ、見てる分には面白いが、いつかまっちゃんみたいに痔になると思う。でも大好き。


prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -