ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ キングは誰だ

 ※若干のgo/kan要素あり。苦手な方は回れ右で自衛お願いします。








 最近、誰かにつけられてる。
 そう感じたのは、4日ほど前だった。昨日は部屋の家具が少し移動しているようだったし。
 尊や草薙に相談しようと思ったが、なんだか言い出せなかった。そこで捕まえたのが、伏見だった。
 彼なら、誰にも言わないし、大丈夫だと。

 倭は、こっそり伏見にメッセージを送信した。
『最近、誰かにつけられてる』
『…気の所為じゃないんですか』
『いや、家具の位置が微妙に変わってた。家の中にも入られてたみたい。出雲とかには言えなくて…』
『……今日、送ります』
『ありがとう、恩に着る』

「…出雲、私今日用事あるから早く帰るよ」

 倭は立ち上がり、身支度を整えはじめながら、草薙に声を掛けた。

「お、そうなん?気ぃつけて帰りや」
「…うん」

 吠舞羅の皆から「お疲れさまでーす」の声を聞きながら、扉から出ていく時、伏見と目があう。
 外に出た数分後、伏見が来た。

「伏見くん、ごめんね…。ありがとう」
「別に」
「八田ちゃんと用事とか…大丈夫?」
「別に無いですそういうの。……行きますよ」

 そう言って伏見は歩き出した。つられて倭も歩きはじめた。隣同士、並んで歩くが、倭の表情は暗い。
 伏見は隣に並ぶ彼を一瞥すると、前を向いて端末の内カメラで背後を確認しながら声を掛けた。

「んで、どんな奴とか心当たりないんすか?」
「無いよ…。吠舞羅関係かな…?それなら純粋にバーに襲撃来そうじゃない?私の家はどちらかと言えば椿門に近いし…避けるべき場所だと思うんだけど……」
「まあ、そうすけど。女に間違えられてるとか」
「……私の家、女の子の家に見える?普通の一人暮らしの男の部屋だけど。家具の位置が変わってたところを見ると、何か漁ってるとか思うじゃない」
「なんか取られたもんないんすか」
「通帳もハンコもへそくりも無事だよ?」
「…そうすか」
「気持ち悪いよね…」
「……家行ったら、盗撮カメラとか、あるか見ていいすか?」
「私そういうの詳しくないから助かる」

 その後は黙ったまま歩き、気が付けば倭のマンションの入口まで来ていた。
 伏見は左右を見渡して、目を光らせた。

「誰もいないっぽいすね」
「うん。…入ろ」

 そう言って自動ドアを潜った。
 伏見の助言により、1つ下の階でエレベーターを降り、非常階段で倭の部屋のフロアに来た。
 倭は部屋の鍵を取り出すと鍵穴に刺し、ゆっくり回す。カチャンと開いたドアを開け、伏見を招き入れた。
 靴を脱いで部屋に上がった倭は、部屋の様子によろりと壁にもたれた。

「……っ……。まただ。今日も家の中のものが微妙に動いてる」

 ゆっくり伏見は部屋の中に入り全体を見渡した。
 低い黒い棚、10冊程の文庫本の隣にフレームに入った写真が4つ程あるが1つだけ伏せで置かれている。
 床に置かれた観葉植物はなんだか下の水受けになってる皿が中心からズレているし、ソファーの前にあるガラス製のローテーブルにグラスが置きっぱなしになっている。
 黒いフレームのベッドのシーツは整えられているが、誰かが座ったシーツの極わずかなシワ。
 綺麗好きの倭から考えられる、不自然な点といえば、こんなものか。

「写真、グラス、ベッド、植物。……動いてるの、これっすか」
「……そう…。朝…私、ちゃんとグラス片付けてる…写真はちゃんと立ててたし、ベッドメイクだって、しっかりやった。1回目の違和感以来、しっかりやってたから…絶対綺麗にしてるはず」

 伏見はそれを聞きながら、棚にあった写真を立てた。吠舞羅の王様と倭とアンナが写った写真だった。
 倭は手を洗うと、「その…コーヒー飲む?」とコーヒーをセットし始めた。

「……別にいいすよ、そんなの。さっさと確認したら帰るんで」
「え、うん…」

 倭は手を止めて、両で顔を手を覆って溜め息を吐いた。
 動揺は激しいようだ。

「……やっぱ、草薙さんに言った方がいいんじゃないですか?」
「これが個人的な問題なら、出雲達がしゃしゃり出ない方がいいから…」
「…じゃあ俺はなんなんすか」
「でも誰かに相談したかったし…伏見くんは口硬いから」
「俺よりケーサツ行った方がいいと思いますけど」
「女の子がストーカーに悩まされてます、なら話聞いてくれるだろうけど、男がストーカーに悩まされてますなんて、無理な話でしょ…」
「アンタ、鏡見た方がいいっすよ」
「女顔って言うのは知ってるって…」
「そうじゃなく……はぁ、なんでもないです。ちょっと、色々みますけど、いいっすか?倭さんは無くなったものないか確認してください」
「…分かった」

 倭は頷くと棚の上に置いてあった引き出しをみていて、伏見は植木の土部分の葉っぱをガサリと持ち上げた。

「ありましたよ。隠しカメラ…」
「…え」
「倭さん、画角に入らないでください」

 カメラを見つけた伏見の元に近づこうとする倭にそう言って、伏見は慎重に隠しカメラを取り出すと、炎で燃やした。
 そのまま立ち上がって部屋を見渡し、棚に目をつける。文庫本も1冊ずつ開いて確認すると、1冊怪しい物が出てきた。ページの真ん中が、大きくくり抜かれ、そこに埋め込まれた盗聴器だった。
 ガラステーブルのフレームの死角にも盗聴器があった。
 ベッドのフレームの裏にも隠しカメラ。
 カーテンのレールの上にも隠しカメラ。

 計、5つが仕掛けられていた。
 倭はその様子を見て絶句している。
 伏見は全て握ると何も言わずに燃やした。
 倭はへなへなとソファーに座り込む。両手を前で交差し、身体を掻き抱いている。顔面は蒼白していた。
 伏見は黒焦げになった盗撮盗聴グッズをゴミ箱に入れ、倭に声を掛けた。

「……護衛、した方がいいすか」
「え?」
「夜なら、用心棒になりますよ」
「いや、そんな、悪いよ…一応、伏見くん未成年だし…これだけの見つけてくれたから、もう私大丈夫」

 蒼白したままの顔で力なく笑った倭に伏見は溜め息1つ吐くと、自分の端末を翳した。

「わかりました。今日は帰りますけど…なんかあったらすぐ連絡よこしてください。すぐ来ます。……やっぱ明日になったら草薙さんにでも話すべきですよ。」
「……うん、考えとく」
「明日、言わなかったら、俺から喋りますから」
「えっ、あ……じっ、自分で言う!っ明日!」
「約束っすよ、じゃ、帰るんで」
「ロビーまで送…」
「らなくていいです。あんたストーカーにあってんのに、なんでそういう行動になるんすか。見送らなくていいです」
「あ、……うん。その……気をつけてね」
「あんたに言われたくないです」

 ……パタン。
 伏見が玄関から出ていったのを見て、倭は長い長い溜め息が零れた。
 
 ……カタッ
 びくりと倭の肩が揺れた。
(何…?なんの音……!?)
 倭は恐る恐るその音がした寝室に向かった。
 心臓がバクバクしている。怖い。
 怖々とウォークインクローゼットに手をかけた。
(気のせいで、あって……お願い!)
 バッ…と開けて、誰も目の前に居ないことに溜め息が出る。
 体の力がへなっと抜けた瞬間、誰かに手首を掴まれた。
 
「ひっ…!」
「やっと、やっと逢えたね……オレの姫…」
 
 その男はぎらりとした目をしてウォークインクローゼットの中にかけてあったコートとコートの間から、ぬっと出てきた。
 
「オレという人間がいながら、別の男を部屋に入れるなんて、酷いじゃあないか…」
 
 にやにやと笑う不気味な男。
 
「…っ何、誰…!?」
 
 倭はジリっと後ろに下がるが、両手を捕まれ、そのまま後ろのベッドまで詰め寄られる。そのままベッドにつまづいて後ろから倒れ込む形になり、男はいよいよ馬乗りになって迫ってきた。
 倭の頭はパニック状態で、喉の奥で悲鳴がつっかえてなかなか声を上げられない。
 なんとか倭はシーツを蹴り、男に抵抗を見せたが、男の力は強く、そのまま男の顔が迫ってきた。
 
「…いやっ!!……嫌だァッッ!!!!」
 
 やっと悲鳴をあげた倭の眼前はふと暗くなり、意識は穴ぐらに落ちるように失った。
 
 
 ―――翌日。
 伏見はイライラしていた。
 昼をすぎても、夕方になっても、倭が顔を出さない。
 嫌な予感しかしない。だが、当たってたまるもんか。
 流石に伏見は隠しきれず、夕方になってやっと草薙に、倭がストーカーにあっていることと、それを昨日相談された旨を打ち明けた。
 もちろん、聞いていた八田には「言うのが遅いんだ!」と怒鳴られるし、草薙は長い長い溜め息を吐いていた。
 
「なんでそない大事なこと言わんのや、アイツは。しかも伏見が口硬いのつこうて……。自分だけの問題なのかうちのチームの問題なのかは、蓋開けんとわからんのやから、そういうことは言わんと…なあ、尊」
「…まあな。」
「まあでも……。気になるよね…」
 
 十束も心配そうに口を挟む。
 そう言って十束は立ち上がると、店の隅に移動して座り込んだ。
 
「…やっぱり…。」
「何がや」
「しーっ。これ」
 
 そう言って十束がコンセントから抜いて草薙に渡したのは、充電式盗聴器。
 受け取った草薙は燃やして握り潰して溜め息を吐いた。
 
「うちの…チームの問題なのは決定やな。アイツは特に目ェつけられたんや。家まで突き止められて」
 
 草薙は何度目かの溜め息を吐いていた。
 そんな話をしていると、お人形よろしく尊の隣りに座っていたアンナがカタリと立ち上がった。
 
「……ヤマト、来た…でも、なにか…へん」
「…ストレインがいるな」
 
 尊も煙草から口を離し紫煙を吐き出した。
 
「アンナは、バーの中にいてね、俺たちで確認してくるから」
 
 十束はそう言ってムービーカメラを置いて立ち上がる。
 アンナ以外の全員が立ち上がり、急いで外に出た。それを見て、王が煙草を灰皿に潰してゆったりと後を追う。
 
「倭さん…!」
 
 倭はバーの近くで立ち尽くしていた。
 十束は声を掛けるが、いつもの明るい声の返答はない。
 倭は風になびく髪を耳にかけ、吠舞羅のメンバーを見据えた。
 その紅茶色の瞳は濁っている。
 手には炎を纏った特殊警棒が握られていた。
 異様な雰囲気の中、倭の後ろからニヤニヤと男が出てくる。
 
「ああ、オレの姫。先に行ってはダメじゃないか……」
 
 そう言って倭の両肩を優しく撫で回し、見せつけるように後ろから抱きしめ、彼の左の耳を食みながら囁く。
 
「さあ、殺しておいで……」
「……はい」
 
 倭の炎はさらに燃え上がり、殺気が高まった。
 
「何がどうなってるんや…!何してんのや、倭!」
「草薙さん、あの男がストレインだよきっと!」

 倭は手始めに八田の前に踊り出ると、思い切り蹴り飛ばした。
 八田は食らってしまい後ろに弾き飛ぶ。何とか足から着地するが、食らってしまった腹を押えている。
 
「八田ちゃん…!平気か!」
「ッグゥ……大丈夫ッスけど、クッソ、あの野郎!倭さんになんか吹き込みやがって!ベタベタ触って気持ち悪ィ!」
 
 そう言って倭の後ろにいる男を睨む。
 
「おいてめぇ!吠舞羅に殴り込みしてえなら、自分の拳でやりに来いよ!」
「ああ、子犬がキャンキャンと騒がしいね…。姫、子犬は念入りに嬲り殺そう」
「誰が子犬だコラァ!!!」
 
 男は何処吹く風だ。八田は挑発に乗って男にバットを振るうが、直前に倭が男を守るように割り込み、特殊警棒を振り抜く。倭が割り込んで怯んだ八田は、特殊警棒を避けきれずまともに食らって、地面に叩きつけられた。
 
「八田ちゃんッ!」
「八田さんっ!」
 
 草薙と鎌本は八田を呼ぶ。
 伏見は八田の前に立つと試しにナイフを投げた。
 もちろん倭はそれを綺麗に避ける。

「……何してんすか。倭さん」
「……吠舞羅…殺す…」
「…寝言言ってんじゃねえよ、倭」
 
 尊は伏見の隣りに並ぶと、倭に声を掛ける。
 赤の王は酷くゆったり動き、少しずつ倭との距離を詰めていく。
 倭は立ち尽くしたまま動くことはない。と言うよりかは、一歩でも動くと、途端に獣に襲われそうな草食動物の反応と言った感じだった。
 
「姫!何をしているんだ。早く殺さなければ」
「…はい。キング」
 
 倭は命令を受け、尊が彼の胸ぐらを掴む前に回避し、距離をとる。
 
「なにあれ。今、あの人のことキングって呼んだ?倭さん」
「…操られとるんや……あのキショい男に」
 
 十束と草薙は状況を整理し、最善の策を考える。
 
「どうしたらいいんだろう…!あの男に直に攻撃しようとすると倭さん庇いに行くし…かと言って倭さん攻撃すると怪我しちゃうし」
「あのアホなコスプレ王子のストレインやったら、なんか手ェでも思いついたんやけどな…アイツは何で倭の意識奪っとるんか分からん」
 
「ッチ。めんどくせえな…」
 
 草薙と十束の話を聞いていた尊はボヤくと、伏見を見た。
 
「おい、伏見。アイツ動かねえようにしとけ」
「…は?いや、倭さん避けますよ、俺のナイフ」
「出来ねえのか」
「ッチ、やればいいんでしょ、やれば」
 
 伏見は倭に向かってナイフを投げる。ひらりひらりと躱され逃げられるが、気が付けば倭はバーの入り口を背にして伏見と向かい合っていた。バーの入り口は木製。ナイフが刺さる。
 男とも距離が離れている。好機だ、と伏見は持っていたナイフを全て投げきった。
 ナイフは大半は弾かれたが、弾き漏らしたものが倭の右脇腹と左の首筋横に刺さり、特殊警棒を叩き落とす。
 倭を操っていた男は、案外あっさりと八田と草薙に抑え込まれて、地面とお友達になっていた。
 ナイフで縫い止められ動けなくなっても顔色を変えない倭に、尊は「フン」と言って近づいていくと、頭を掴んで顔をあげさせ、思い切り口付けた。
 
「姫!」
「誰が誰の姫やねん、あれはウチの王様のや。適当なこと言うてると、その口ライターで炙ってくっ付けたろうか、コラ」
 
 男の言葉に草薙はライターを男の鼻先に近づけて脅した。
 
「倭さんストーカーして、操って、しかもバーにまで盗聴器だなんて、気ッ色悪ィんだよ!てめぇ!吠舞羅舐めやがって!ぶっ殺す!」
 
 八田も威勢よく男に吠え、バットで男の顔のすぐ横をズドンと殴りつけた。
 男は縮み上がり、すっかり小さくなっていた。
 
「八田、気が済んだら後でお話色々聞いて青服に突き出そうね。―――……んで、キングはいつまでチューしてんの?」
 
 十束に言われ、赤の王はやっと倭をキスから解放すると、倭はグラリと倒れ込み、尊はそれを抱き抱えた。
 
 
 ◇
 
 
 BAR HOMRAに戻ったメンバーはストレインと倭による襲撃が終わったあとも、暫くソワソワしていて、誰も帰るものは居なかった。
 倭があれから目を覚まさないのだ。
 BARも臨時休業の札が掛けられている。
 赤の王は殺気こそ立っていないが、イライラしているようで煙草の本数はいつもより多い。皆、不安そうな顔を隠しきれていないし、貧乏揺すりの止まらない者もいる。
 そんな中、十束が皆の様子に小さな溜め息を吐いて、倭の額に置かれた濡れタオルを替えた時だった。
 
「……ぅ」
「…目、覚めた?具合どう?倭さん」
 
 十束は優しく声を掛ける。
 倭は目を見開くと、横になっていたソファーからずり落ち、十束から壁際まで距離をとる。過呼吸を起こし、カタカタと震えていた。
 小さく「いや、いや…っ…」と声を上げている。
 
「倭さん落ち着いて!オレだよ!……落ち着いて。ここはバーだよ。皆いる。ほら、大丈夫、大丈夫だから…」

 十束はその場から声だけで倭を宥める。
 十束の優しい言葉に、だんだん呼吸が整ってきた倭は、やっとその場を理解して落ち着いてきた。
 
「……た、たら……」
「うん、そうだよ」
「なんで、私…、バーに……」
「やっぱり、記憶なかったんだね…」
 
 倭は脇腹をさすり、顔を上げる。
 
「脇腹と首のガーゼ、……私何かしたんだ…」
「すいません、俺のナイフです。暴れてんの押さえるのに」
 
 伏見は眼鏡を上げながら謝った。
 その後、ずっと黙り込んでいた草薙が、カウンターから出てきて倭に水の入ったグラスを差し出しながら口を開いた。
 
「…悪い、倭。あの男に全部吐かせたで。ゲスな能力も、あってないような動機もな」
「じゃあ……」
「ああ、知っとる」
 
 倭はグラスを受け取らず、脇腹が痛いのを気にせずにフラリと立ち上がると、二階に登る階段に向かった。
 
「少し、休む…。誰も入って来ないで」
 
 そう言って階段を登っていってしまった。
 皆がそれを目で追い、倭が見えなくなってから溜め息を吐いた。
 尊は吹かしていた煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、ソファーから立ち上がった。
 
「…あのな尊、倭は『来るな』て言うたんや。今は時間を置くのが一番ええ。……お前が行くんがアイツにとって、今、一番キツイのがわからんの。乱暴されかけたんやで」
「…知るか」
 
 そう言って尊はブーツを鳴らしながら階段を登っていった。
 
 
 ◇
 
 
 二階に上がると、シャワールームからシャワーの音がしていた。
 尊はお構い無しにシャワールームのノブに手を掛ける。
 
「入ってこないでって言ってるでしょ!」
 
 倭の恐怖と苛立ちに満ちた声がシャワールームに反響する。
 がちゃりとシャワールームを開けた尊は、濡れるのもお構い無しに入ると後ろから倭を抱き締めた。
 倭の身体は、肌が真っ赤になるまで擦った跡があった。
 
「もうやめろ。…跡が残るだろ」
「離して」
「離さねえよ」
「…っ」
 
 倭は頭からシャワーを被ったままペタリとタイルに座り込んだ。
 尊は何も言わずにシャワーのコックを捻って流れる水を止め、倭の頭にバスタオルを被せた。
 尊は濡れた前髪をかきあげて倭を見下ろす。

「……怖かった」
 
 ぽつりと倭が零した。
 
「…なんで相談しなかった」
「みんなに、迷惑かかると…思ったから……」
「…頼りねえか」
「違っ……!」
 
 倭は顔を上げて尊を見上げた。

「こんなことで尊の足を引っ張りたくなかった…」
「俺がいつ、お前を『足引っ張った』っつった」
「……言ってない」
「……さっさと拭いて出てこい。部屋に居る」
「………うん」
 
 尊はシャワールームから立ち去ると、階段の真ん中の暗がりの壁に寄りかかっていた十束に声を掛けられた。
 
「……キング。倭さんもう大丈夫かな。皆に『大丈夫そう』って伝えていい?」
「…勝手にしろ」
「うん、了解……。…キング。やっぱ、倭さんの王様は、キングだよ」
 
 最後に変な一言を残した十束は、尊の返事を聞かずに階段を降りていった。
 
「草薙さん。……キングがもう大丈夫だってさ」
「……はあ。キモ冷えるてホンマに…。尊は綱渡りしすぎや…。倭の気持ち考えてんのやろか…いや、考えとるんやろけど。それにしてもやろ…」
 
 バーカウンターに両手をつき、下を向いて深い溜め息を吐いた草薙は、十束の「それと、」という言葉に顔を上げた。
 
「この後仲良しするみたいだから、みんな帰った方がいいかも」
 
 ニッコリと十束は言うと、もう一つ草薙は溜め息を吐いた。
 
「ココ、俺のバーなんやけど……まあ、ええか…。ほら、みんな一安心したやろ、撤収や。帰るで」
 
 草薙の号令で、皆が席を立ち上がる。
 眠い目をこすりながら起きていたアンナも草薙に手を引かれ、店を出た。
 
 
 ◇
 
 
 その後、倭は今まで住んでいたマンションを引き払い、別のマンションへ引っ越した。
 
 
 
 
 …………………………
(20220525)
 NTRというか、go/kanですやん。
 わたし的に話の内容は嫌いじゃない。
 私の書く多々良はいい性格しとるなwww

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