▼ なにもかも、取り返しなどつかないと知りながら。
赤のクランズマンが皆が集まったBAR HOMRA。
アンナはカウンターでブラッドオレンジジュースを飲んでいたが、ふと、ストローから口を離し、カウンターの椅子から飛び降りて入り口の方へ駆け寄って扉に手を掛けた。
彼女は気持ちが急いた様子で、勢いよく扉を開けた。
カランカランと小気味良く鳴るベル。
ドアの前に立っていた人物の薄茶色の髪が、ドアを開けた勢いで揺れた。耳が隠れるくらいの髪の長さに黒のハイネックセーターに黒のパンツを合わせた人物が立っていたのだ。
「…ヤマト」
アンナが小さく言う。
「…うん。久しぶりだね。アンナ」
一拍置いてアンナの言葉に頷いた倭。
その様子に、出雲は拭いていたグラスを置いて、目を見張って声を出した。
「お前、ホンマに倭なんか…?なんや、雰囲気が…全然変わっとるやないか」
「そう…かな?」
倭は眉尻を下げて短くなった髪の先を触った。
そして、アンナに向き直った倭は口を開いた。
「赤の王にして、ごめんね。アンナ。これじゃ、あの施設の人と一緒だね…」
「いいの。…これは、わたしの赤だから…」
そんな倭とアンナのやり取りを聞いていた出雲は顔を顰めた。
「…どう言う、事や」
倭は何も言わなかった。
そしてそのまま悲しそうに出雲に笑いかけると、彼は二階に上がっていった。
尊が寝起きしていた部屋に入ると、埃っぽいベッドへ腰掛ける。部屋は当時のまま、彼を迎え入れた。
…ここで何回も身体を重ねた。数え切れないほど色んなことを話した。
「尊…」
小さく呟いた言葉は空気の入れ替えのされていなかった部屋に響くことなく消えてなくなった。
さらりと手の甲でシーツを撫でる。埃が撫でた手を追う様に舞い上がる。
倭は溜息を吐いた。それが合図だったかの様に、部屋の扉がガチャリと開かれた。
現れたのは出雲。
倭はゆるりと顔を上げた。
「…さっきの言葉、あれはどう言うことやねん。」
怒気が篭った声だった。
「…私、赤のクランズマンじゃ、なくなったんだ」
視線を落とし、倭は出雲に告げた。
「全く答えになっとらん。1年伏見んトコいて、青に鞍替えでもしたんか」
尋問の様な口調の出雲。
倭はバッと顔を上げた。「違う」と言おうとしたが、長いコンパスで近付いてきた出雲はグイッと倭の手首を掴むと、そのままシーツに押し倒した。倭の息が詰まる。
倭は馬乗りになった出雲に胸倉を掴まれ、「なあ!」と凄まれた。
「あの時から!電話にも出ん!姿も見せん!世利ちゃんから『伏見んトコ居る』て伝えられるだけ!しかも大事な時に居らんで、今更幽霊みたいにノコノコ現れたと思ったら、普段着ぃひん首の詰まった服で徴隠して!挙句、人の話も聞かん!」
眉根にギュッと皺を寄せ、サングラスの奥は怒りが滲んでいた。
そのままハイネックセーターの首元に手をかけられた。
「…っや、やだ!やめて!いやだ!」
腕を突っ張り身を捩り、あらん限りの力で倭は抵抗するが、痩せてしまい力が弱くなったことに加え、出雲の力は強く、倭の両手首を易々と片手で一纏めにして、ハイネックセーターを思いっきり引っ張って首を露出させた。
目を強く瞑り、小さく震えるしか出来ない倭。
出雲は倭の首全体に広がる醜い瘢痕に絶句した。
「…っなん……なんやの…。コレ、…何やねん…」
出雲は倭の手を離し、起き上がって、後退りをしてゆっくりソファーに腰掛けた。
倭もゆっくり身体を起こした。視線は床にある。
「…見られたくなかった…。だから、隠してたのに…」
「青に下るからって…徴、燃やしたんか。…伏見みたいに」
「そんなんじゃない。青になんて、下ってない。………死のうとした。血も、骨も、灰すら残らない様に」
声を鎮めて言葉を交わす。
出雲は顔を覆って前傾姿勢で下を向く。
倭は襟元を正しながら、目を伏せる。
お互い、顔を見る事はなかった。
「尊の後、追おうとしたんか。…そんなん、尊は喜ばんの、分かるやろ…」
「…私、尊が死んだ後、黄金の王…父に呼ばれたんだ。…次の黄金の王はお前だ、と言われて。尊が居なくなって、私の黄金の力が強くなってる事には気が付いてた。ずっと尊が力で抑え込んでくれてたの。それが無くなった。…王になんて、なりたくなかった。だから、死のうとした。……宗像さんに助けられて、こうして生きてるけど。私は、今、黄金の王なんだ。赤の、クランズマンじゃ、無い」
倭の途切れ途切れに話した言葉に、出雲は難しい顔をして、膝に両肘をついて長い指を顔の前で組んだ。
出雲から長い長い溜息が聞こえた。
「それが、アンナの赤の王にどう関係するんや」
「…黄金は『運命』の象徴。私の能力は予知夢。ドレスデン石盤が見せる運命を見れる。そこから導き出して、アンナを…王に。1番、王に近かった。」
溜息を吐いて、倭は両手を見た。
「…勿論、苦しかった。アンナに背負わせるには、重すぎるって思った。でも、運命からは逃れられない。人は決まった運命の上でしか、生きられない」
「…ヤマト、イズモ」
突如、声が部屋の入り口から聞こえ、2人は振り向いた。
「アンナ…」
出雲は入り口に立っていた小さな王の名を呼んだ。
「ヤマト、運命、変えられるよ。わたし、変えるよ」
こんな意志の強いアンナを誰が知っているだろうか。
倭はアンナの言葉に力無く笑い、ベッドから立ち上がって、フワリと抱きしめた。
こんな小さな体なのに、こんな力強い意志で。メソメソとしていた、ずっと運命だと諦めていた自分なんかとは大違いだ。
「…強いね、アンナ…」
信じよう。
小さな王の信じた道を。行く末を。
こんな運命をひっくり返した、幸せな未来を。
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お題サイトからタイトルお借りしました。
配布元:immorality
URL:http://m-pe.tv/u/?fireflyglow
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