ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ 真実

(…どう言うべきか。)
倭が受け止めきれるのか、アンナが『赤の王』になったなんて。

寮の自室に向かう廊下の途中で、伏見は壁に背を預け、顎に手を当てて考えていた。
目と鼻の先には、105号室と書かれた自室の扉。その扉の向こうには、周防尊を亡くして、『赤の王』を亡くして、心を病んだ倭がいる。
…耐えきれるのか。
宗像に伝えるべきか相談したところ、無責任にも「伏見君に任せます」と言われてしまったのだ。だが、伺ったその表情は見えなかった。

「はっきり言え」そう言っている自分がいる。
「言うな」そう言っている自分がいる。

「アンナに背負わせて…」そう言って心を更に病むかも知れない。最悪また自殺を図りかねない。
しかし、言った事で「アンナだけに背負わせられない」そう言って奮起する力を取り戻すかも知れない。

…ウンウン悩んでもキリがない。
前者になればすぐ自分が止めに入ればいい。
言ってしまおう。ハッキリと。
伏見は後者に掛けた。

ガチャリと自室の扉を開けた。
二段ベッドの下の段に腰掛け、開け放ったままの窓の外を眺めていた倭は視線をそのままに蚊の鳴くような小さな声で「お帰り」とだけ言った。
耳にはゴツい黒のヘッドフォン。足元には黒い箱のような機械。
どうせ色んな部屋を盗聴していたのだろう。
伏見はブーツを脱いで部屋に上がると、倭のヘッドフォンを取り上げた。
ブツリとコードが機械から抜ける。
ヘッドフォンを取り上げられ、ゆるりと倭は振り向く。

「…よく聞け」
伏見は自分が思った以上に静かな声を発したと思った。

「アンナが…」
「『アンナが赤の王になった』……そう、言いたいんでしょ」

倭は伏見の言葉を取ると、一つ一つ言葉を区切って、飲み込むように言った。

「盗聴で…聴いてたのかよ」
「いや…」

倭は1度目を瞑ると溜息をついて目を開いた。

「私が、そうしたんだよ」
「…そうした?どう言う事だ……。」

倭のモスグリーンの瞳が金色に輝いている。それを見て、伏見はハッとした。

「…っ!お前、まさか!」
「ふふ、」

ゆるりと微笑んだ倭は、芯を持った、以前の顔に戻っていた。

「私が…新しい、『黄金の王』…だよ」
「…クランズマンじゃなく、か?一体どう言う事だ…説明しろよ」
「…長い話になるよ」そう倭は言うと、手元を見つめた。

「死ぬ前にね、父に…國常路大覚に呼ばれたんだ。行った時、白銀の王と父が居た。そこで、言い渡された、『お前が、次の王となれ』とね。そのあと、自分の黄金の力がどんどん強くなっていくのを感じた。…ゾッとした。私の力が溢れそうになるという恐怖に。…赤のクランにくだって、自分の黄金の力を忘れてた。というか、尊が忘れさせてくれてた。赤のクランにいた間は予知夢も見なくなってたからね。尊が死んで、尊の加護が無くなってく気がして。それがどんどん薄れていく気がして、もう生きていけなくなった。だから自殺をした。まあ…失敗に終わったけどね。そこからはジワジワと力が開花していくのが分かった。全て見通せるようになった。本当かどうかを確認するために盗聴して、起こっている事象が私の思ったことと合っているか整合性を確かめた。結果は全て本当に起こった。良いことも悪いことも。そして、多分、父は既に他界したと思う。私に力を完全に譲渡して。」
「國常路大覚が…死んだ…。『黄金の王』がか」

伏見は腑に落ちた顔をした。それで、あの惨事になっても姿を現さなかったのか、と。

「うん。歳だったしね。」
「室長は、全部知ってんのか」
「薄々は、かな。あの人、察しいいから」
「伝えにいくのか?」
「うん。そろそろ、潮時かな…。アンナに、謝りに行かないと」

フッと笑った倭は、両手を叩くと、「さて」と言って立ち上がって、伏見の横を通り過ぎようとした。
擦れ違いざまに、細くなった手首をグッと掴まれて、倭は振り向いた。
ずっと付けたままにしてた、意味の成さなかった能力制御装置が抜け落ち、カランと床に当たった音がした。
ギュッと抱き寄せられ、倭は目を見張った。
顔のすぐ横には、伏見の顔。辛そうな顔だった。

「無理すんな。1人で抱え込むな。頼むから…、頼れよ…」

耳元で聞こえる苦しそうな声。
身体に回った腕が強く抱きしめる。

「王の、定めは…変えられないよ…」

小さい声だった。抑えつけるような、それでいて諦めたような。
伏見を優しく抱きしめ返し、倭の視界は歪んだ。

「………でも……たす、けて…」

潤んだ声。初めて人に言った言葉だった。
縋るのは『らしくない』と、そう思ってずっと言わずにいた言葉。強くある為に殺していた言葉。

「助ける。…行くぞ。室長んトコ行くんだろ」
「…うん…」

伏見は腕を解き、倭の手をしっかり握ると、ドアへ向かった。倭はそれに引かれるようについて行く。
出会った時は、中学生だったあの少年が、こんなに頼もしい存在になっていた。広い背中。
この背中になら、身を預けてもいいかもしれない。そう思った。



…………………………
二期直前。


prev / next

[ back to top ]



×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -