ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ おめでとうの距離

「ゴメン、待ったよね」

カフェの隅の席で本を読んでいた伏見に声を掛けたのは倭だった。
その声で顔を上げた彼は眼鏡を押し上げると、本に栞を挟んで閉じた。

「遅れる連絡、早めに貰ってたんで…あまり待ってないです」
「本当に予定狂っちゃって……あんなに寝坊するとは思わなくて」
椅子にジャケットを掛け、「あ、ブレンドのホットコーヒー一つ」メニューを取りに来たウェイターに注文をすると、椅子に座った。
伏見は「それより」と、そう言いながら倭を見た。
倭はきょとんとする。

「良かったんですか、オレと出掛けて」
「え?だって、私が休みの日にどこに行こうと、誰に会おうと…勝手じゃない?」

倭があっけらかんとそういえば、伏見は渋い顔をした。
…そう言われればそうなのだが。
仮にも倭は吠舞羅の参謀クラスの1人。ーーーセプター4に属する自分とは会わない方がいいのでは、と思ってしまう自分がいる。自分は吠舞羅を裏切ったのだのだから。

「…吠舞羅にはうるさい奴いるじゃないすか、例えば美咲とか」
「八田ちゃん?…確かに。八田ちゃんうるさいけどねえ、そう言うの。でも、バレないよ」

ふふ、と笑う。

「どうだか」

そこでキリ良くウェイターがコーヒーを運んできた。

「最近どう?向こうとは仲良くやってる?」

倭は肘をテーブルに置き、指を組んだ。

「向こうは馴れ合いじゃないんで、仲とか知らないですけど。」
「宗像さん元気?」
「あの人はどうしようもないです」
「伏見くんにそんなこと言われるなんて宗像さんらしい…。……いや、褒めてるよ…」

そう言って可笑しそうにクックッ…と喉を鳴らしながら肩を震わせている。
ひとしきり笑った後、ハァ…と溜め息をついて、コーヒーで喉を潤した。

「伏見くんが吠舞羅を辞めた理由は、あの日に八田ちゃんから少し聞いたよ。…抜けた事、責めないよ。束縛したい訳じゃないんだから」

かちゃりとソーサーにコーヒーを戻すと、「でも、」と真剣な眼差しで伏見を見据える。

「もう少し、一緒に居たかったかな」
「…あんた、そんなこと言うために今日ここに来たんですか」

眉根に皺を寄せた伏見は、一度も口を付けてなかったコーヒーに口を付けた。

「だって、似てるじゃない?私と伏見くん」
「似てませんよ」
「そうかなー。伏見くんも狭い世界を見てたじゃない」

倭は小首を傾げながら伏見を見る。

「オレには、あんたがなんで吠舞羅に居続けるのか分からない。オレと同じで群れたがらないくせに」
「それは、あまり大人数で居るのが得意じゃないってだけ。でも、私の世界はあのチームだから。伏見くんも吠舞羅を抜けたとしても、あの場で一緒に笑ってたんだから、私の世界の一部だよ」

倭は、そう言ってニコリと笑った。

「だから、伏見くんを祝うし、会いたいと思うよ」
「…よくそんな恥ずかしいこと言えますね」
「そう?」

伏見は、ポカンとする倭に溜め息を吐いて、もう一度コーヒーに口をつけた。
空を掴むような会話のキャッチボールに辟易しながら、それでもサッパリとしていて居心地は悪くない。
そう思うのは、きっとこの距離感。

「お誕生日、おめでとう」
「…そのために“会わない?”なんてワザワザ連絡寄越したんですか。暇な人ですね」
「そ?誕生日って大事でしょう?幾つになっても」

倭はコーヒーに口をつけた。

「そういうものだよ、誕生日って」


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