ゆらりと揺れる炎の幻を見た | ナノ


▼ 瘢痕

「こんにちは、宗像室長」
「ええ、こんにちは。竜田君。今日もお綺麗ですね」

綺麗な声は少し歪になり、それでも何処か澄んだ声の倭の挨拶に、ジグソーパズルから顔を上げた宗像は、青紫色の瞳をスッと細めた。
音もなくひょっこり執務室に入った倭に驚きもせず、彼は両肘をついて指を組む。

「綺麗?頭大丈夫ですか?メガネの度、あってないんじゃないですか?一度眼科に行かれる事をオススメしますよ」
「辛辣ですねえ……。その思考に行き着くあなたの事を心配しますよ」

宗像がそう言うと、「何を心配することがあるのか」とクスクス笑う。

一人のクランズマンを失って、王をも失って、解散をした吠舞羅。BAR HOMRAは事実上閉店し、草薙は淡島から依頼を受けてドイツへと旅立った。
倭には伏見伝手に伝えられたが、ナンバー2である草薙から解散を告げられ、各々がバラバラになったらしい。
身寄りの無くなったアンナは実家住まいの鎌本の元へ行った。
彼らは、彼らなりに仕事を始めたり、元々昔馴染みが多いせいか、時折顔を合わせているらしい。
一見すれば何も変わってない様にも見えるが、大きく変化してしまっているものは吠舞羅にもセプター4にも突き付けられており、その渦の中で過ごしているうちに、もう何が変わったかすら麻痺をしてしまって判らなくなってきていた。

一年という歳月は残酷だと思った。

赤の王のダモクレスダウンの阻止、即ち王である尊の死を知った倭は、「尊の死」が受け入れられず、自宅で自らの首を絞め、クランズマンの力により焼身自殺を犯した。駆け付けた宗像のお陰で未遂に終わったが、壊れてしまった倭の身柄は、暫くセプター4内でーーーというよりは元吠舞羅であり、彼とそれなりに仲の良かった伏見猿比古が預かる事になったのだ。
倭は一年間、セプター4以外の人間と顔を合わせていない。唯一、「伏見の元に居る」と言う情報だけが草薙にのみ伝わっているが、詳細や現状は伝えていない。ーーー伝えられない。

胸ほどまで伸びていた茶色の髪は自殺の際に燃え、耳が見え隠れするほどに短くなった。彼は手が隠れる程の緩いVネックセーターに綿パン、スニーカーというラフな格好。伏見の服なのだろうか、サイズが少し合っていない。
気にしてないのか、興味が無いのか、火傷による首全体の瘢痕は痛々しく、皮が変色して歪に引きつっているのが丸見えだった。ーーー否、隠そうとしていないらしい。痛々しく主張するそれは、自傷行為をした人間の典型的な心理で「どうぞ傷を見てください」と言っているようだ。

赤の王がいた頃の、芯のある凛とした面影は無く、線も細くなって何処と無く頼りが無い。存在が薄弱としていて、風が吹けば煙の様に消えてしまいそうだ。

「伏見君は外に出してくれませんし、今うろつけるのは彼の目の届くこの建物内だけなんですよ、残念ながら。とっても暇なんです」

伏見の「外に出るな」と言うのは、火傷の傷からの感染症を招くことや、また自殺に走ることを予想しているのか。容易に想像つく。しかし、それが分かっているのかいないのか、倭は不満そうに口を尖らす。

「その割りには盗聴という嫌らしい方法をとっているそうですが?」

宗像は眼鏡のブリッジを押し上げて、目の前の彼を見据える。
倭はヘラりと笑って、後ろに回した手を組んだ。

「嫌らしいなんて失礼な。“暇潰し”ですよ、宗像さん。簡単に情報流出しない癖に、煩いことこの上ないですねえ…セプター4は。伏見君の部屋ったら、パソコンはロックされてるし、テレビもラジオもオーディオもないんですよ?そんな部屋で日がな一日何をしていろと言うんですか。だから、暇潰しに聞き耳を立てて、たまに建物内の盗聴器を確認して回ってるんですよー。オモチャが壊れるのは嫌ですから」
「でも、上や周りはそう簡単に許してはくれないですよ」
「…その盗聴のお陰で、先日の不穏な芽は取り除けたじゃ無いですか」
「そんな事もありましたか」
「ありましたねえ…」
「そうですか」
「そうですよー感謝してください」
「その節は、助かりましたよ」

倭はのらりくらりと言葉のキャッチボールを返していくが、「キャッチボール」にしては何か噛み合っていない。

そのうち、扉がノックされる音が響き、宗像が入室の許可をする前に扉が開いた。

「おや、伏見君」

扉を開けたのは、艶もへったくれもないアシンメトリーの黒髪に、黒縁の眼鏡をかけた男だった。書類の入ったファイルを小脇に抱えている。
勝手に自分の服を着ていた倭を見ると、ダルそうだった顔がみるみるうちに険しくなり、眉間のシワが濃くなる。倭はと言うと、あちゃーと言いたげに額に手を当てた。

「わー、見つかっちゃった」
「“わー”じゃねえよ!勝手に部屋出てフラフラフラフラ、何してんだアンタは!…ったく、室長。今日の分の報告書です。一般人がこの部屋にいるんで詳細は読み上げませんけど、これ全部に目ェ通しておいてください。…じゃ、お先に失礼します。おら、サッサと帰るぞ」

一方的にファイルを宗像に突きつけると、ヘラヘラと今だに笑っている彼の細くなった手首をガシッと掴み、引き摺る様に扉の方へ向かう。

「じゃあ、宗像室長。お仕事がんばってくださーい」

倭はそう言うと、パタパタとセーターの袖を振る。
ズンズンと大股で先に行く伏見に引っ張られ、「待ってー伏見君、ちゃんと歩く!歩けるから離して!速いってば、ちょっと伏見君ー!」と言う騒がしい声が遠ざかって行った。

扉は虚しくもギィーッと音を立ててから、当然の様にバタンと閉まった。



「“吠舞羅”は変わらないだろう…だが、“彼”はーーー…。……俺には、守れなかった…周防」

窓に目をやり、立場上対立していた友人を思い浮かべる。
王殺しとは時として、その王を慕っていた臣下すら殺してしまうのかもしれない。

『赤の王・周防尊を殺した罪を背負う覚悟』はとうの昔に出来ていたのだから。
ーーー…それでも。

「アイツが壊れねえように、…守ってくれ」

最期の“周防尊”としての頼みは、もう手遅れだった。周防が息絶えた時には、彼の心も死んだのだ。
自殺は防げたが、結果的には守れなかったのだ。
周防に、友人に、頼まれた願いは、果たせなかった。


今の倭の心は、焼け爛れた“ケロイド”のそれだーーーそう言ったのは、確か伏見だったか。
あの頃の彼はまるで何処かに行ってしまったみたいーーーそう言ったのは、淡島だったか。

確かに彼らが揶揄する様に、その変化は著しかった。人格が変わったと言ってもいい。
一に、竜田倭は、常時ヘラヘラと笑いはじめたーーー否、尊の生前時にも笑うことはあったが、それとは違う見たこともない顔付きになった。
二に、どんな場面でも、空気を読まずにふざけるようになった。
三に、注意されれば反抗する子供のようになった。
四に、怪我や病気をしても何も感じなくなった。本人は気がついていないが、一種の不感症だ。故に、伏見や宗像から行動制限が掛けられているのだ。
五に、一番大きく変化したのは、彼が持つ独特の存在感は失われ、気配を殺して行動することが多くなった。幽霊の様に神出鬼没だ。



ーーー焼け爛れた肌は傷口が塞がると皮膚に汗腺などが無くなって、表面が盛り上がってつるりとなり、皮膚の機能が劣る為に引きつって変色する。
傷口が塞がっても跡が消えるわけではない。
心に残った「瘢痕」が、「元の機能」を衰えさせている。即ち、生きる意思が薄弱としているのだ。

だが、今からでもいい。周防の代わりでいい。これ以上壊れないように大事に守ってやりたい。

心からそう思った。



…………………………
バッドエンドは周防前提宗像夢。
ハッピーエンドは周防夢。

この男主は依存しますからね。依存相手がいなくなったら狂います。
周防は自分の全てを許せる相手、草薙さんは頼れる兄、多々良は手の掛かる弟、アンナは宝物、伏見は気の合う友人、八田は可愛い子犬、吠舞羅は居場所。
そうやって主人公の世界は出来てます。ちょっと世界が狭い(吠舞羅が全てな感じ)のは八田に似てるのかな。



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