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「主!お帰りなさいませ。お客様が広間でお待ちです」



本丸へ戻ってきた俺たちを待ち受けていたのは玄関で姿勢を正して迎えてくれた長谷部だった。
案内されるまま客がいるという部屋の襖を開けると、政府の太った狸がそこにいた。



「ふんっ!ようやく戻りおったか。待たせおって…!」



広間の上座に腰掛けていたその男を確認した俺は静かに襖を閉じた。

『夢でも見てんのかな…俺…』

「さっさと入ってこんか!!これ以上俺を待たせるんじゃ無い!!」

『えー…』

「いい年した男が「えー」なんぞと言うんじゃない!!」

刀剣達には手で払う仕草をして広間から遠ざける。
一部不安そうなヤツや不服そうなヤツがいたが、問答無用で下がらせ、茶を用意するように伝えてもう一度閉めた襖に手をかけた。

「久しいな薊。刀共と仲良くやっとるようで安心したわい」

『あぁ。相変わらずの悪役面と態度だなおっさん』

「フン。お前のような半端物になめられては敵わんからな。こればっかりは許せ」

『おー。お宅の部下の一人に嫌がらせ受けたんだけど?そこはどーなってんの?』

「あやつには口頭での注意のみだ。お前への嫌がらせは余所への見せしめの為だと言っていた。まぁ、そのおかげで表立った反発は起きておらん」

『後々ぜってー闇討ちしてやるからな。覚悟しとけよ』

「その前に貴様を使い潰してやるわ!」

ハッとお互いがお互いを鼻で嗤い、にらみ合っていると襖の向こうから声がかかる。



「主、入ってもいいかい?」



『おう、蜂須賀。いいぞ入れ』

「お茶が入ったよ。鶯丸様が最近気に入っているほうじ茶で、香りも味も一級品だそうだよ。茶請けはそれに合わせた燭台切お手製のカステラだから味も相性もお墨付きさ」

静かな美しい所作で入室した蜂須賀は俺の前に置くと説明しながら狸の方へ移動した。

『そりゃ楽しみだな。もう1セット分は蜂須賀が持って帰っていいぞ〜』

「おい!俺は客だぞ!!お前の本丸の扱いをさらに下げるぞ!?」

『茶ァ出されなかっただけでキレんなよおっさん。そういう所だぞ』

苦笑いを浮かべながら蜂須賀は政府の男の前に茶器を並べ、それが済めば薊の後ろへ控える。

『で?そっちの上も下もどーなってんだよ?』

「その話しだがな、どうにも下の阿呆共に粉をかけとる馬鹿がおるようでな…その阿呆がここの結界に穴を開けたらしい。上はお前さんの所だからともみ消して仕舞いにしたいとのことだ」

『なるほどねェ。その馬鹿は?』

「生き餌として泳がせている。その馬鹿の上に更に外部の厄介なヤツがいるというところまではこちらも掴んでおる。お前さんの前に現れたらそのまま捕らえて俺の所に持ってこい。生きていることを後悔させんと気が済まん。それに、ヤツの確保はお前にとっても悪い話しでは無い」

『俺の本来の仕事は黒霧の確保でも何でも無くって、馬鹿を調子付かせてその“厄介者”を表に引っ張り出すための囮ってわけね』





「そうだ。他の世界の敵なんぞどうだっていい!“コイツ”をなんとしてでも引きずり出せ!」





パサリと紙をこちらに放って茶を啜る姿を横目に資料に目を通す。
個人情報を確認すれば、割と事細かに経歴が書かれていた。
更に紙の右上の余白には偽名多数有の文字。

『ふーん。なんかコイツ小物臭半端なくね?笑っていいか?』

「その小物にお前は出し抜かれたんだぞ。笑ったらお前も小物だ」

『チッ…政府で霊力を奪ったり、俺んとこで張られた結界は全部コイツの仕業って事でいいのか?』

「俺はそう睨んでいる。そそのかされた阿呆と馬鹿の霊力は残留しとったものと一致はしなかった」

『ふーん。…って、おいおい、まじかよ…!!』


目を見開いて固まった俺の手元の資料は遠くから撮った写真が何枚か載ったものだった。
政府の馬鹿と取引をしている時のものだったのだろう。
偉そうにふんぞり返っている上等なスーツを着たじじいと、髪をきっちりワックスでまとめてオールバックにした神経質そうな男。



薊はその神経質そうな男の顔に見覚えがあった。





「お前が所属してる吠舞羅と因縁がある“御槌高志”が相手だから回しておるのだ。感謝しろ」





何年か前に潰したはずの男が名を変え、身なりを変え、今もなおこちらにちょっかいを出していると分かれば、自分の取るべき行動は決まった。




『こいつは…御槌高志は吠舞羅に寄こせ。うちの獲物だ』

「ならん!!」

『“ケジメ”をつけさせるんだよ。今度は徹底的に、完膚なきまでにアイツを潰す』

「ならんと言っておろうが!!お前ら吠舞羅にこれ以上暴れられたら俺とて庇いきれん!」

『…なぁ、いつ俺たちが庇って欲しいと、守ってくれと言った?んなもん頼んだ覚えはねーよ』

「ここで刃向かえばお前の妹にまで火の粉は飛ぶんだぞ…!」

『あいつも自分の身くらい守れる。それに青の王がまず阻止すんだろーよ』

「青のクランは政府の決定には逆らえんぞ!それに、お前達赤のクランの王は幼すぎる!」








『ご心配どーも。悪いけど、俺達吠舞羅はそんな脅し文句で立ち止まらねーんだわ』






その言葉と共に蜂須賀は立ち上がり、おっさんの近くへ移動した。
俺ももう話すことは無いので蜂須賀に声をかける。

『蜂須賀、客人のお帰りだ。見送りを』

「分かったよ主。お客人、お帰りを」

蜂須賀は狸のおっさんの近くの襖を開け、退室を促す。
すると狸のおっさんは低く唸るようにこちらを睨み付けながら立ち上がった。
俺はもうそちらに目をやることは無く、用意された茶菓子を楽しみ行儀悪く方杖をつきながら堪能する。
玄関まで見送る気は無いという意思表示だ。

「自分の行動を後悔しても知らんぞ…!!」

『なんだか小バエが飛んでるみたいだな。殺虫剤でも撒くか。なぁ?蜂須賀』

「主…君という人は…はぁー…。」

「いいか!?忘れるな!!お前が審神者であるかぎりどこまでも政府に逆らうことは出来ん!命令に従わないなら上はどうあがいてもお前を処分しようとするだろう!出来ないなら周りへ被害がいく!俺を敵に回すということは今ある僅かな自由すらも無くすということだ!吠舞羅へ戻る事も出来ず、間に合わずに全て失う!そんな時に後悔して助けを求めてきても遅いんだぞ!!?!」

どすどすと足音を立てて立ち去る狸を目だけで見送り、苦笑いの蜂須賀へ手を振ってついて行かせる。

入れ替わるように歌仙が顔を出した。

「いいのかい主?」

『何が〜?』

「彼の人を怒らせたままにして大丈夫なのかを聞いているんだよ」

『おっさんが俺に肩入れすればするほどおっさんの立場が追い込まれて行っちまうんだよ。…そろそろ縁を切ったっていいだろ。昔ちょっと助けた時の事を引き摺りすぎなんだよ、あの人は』

「あぁ、審神者になる前の主が同僚に嵌められた彼から情報が流出しそうだったのを未然に防いだっていうあれか」

『そーそー、別に大した事してねぇのにな。』

「主にとってはそうでも彼の人は助けられた恩を感じているんだ。今の地位にいるのだって主を手助けするためだろう?」

『頼んでねーよ』

「…そうやって天邪鬼になるからどんどん敵が増えていくんだよ?分かっているだろう?」

『しらね』

「幼子のような事を言わないでくれ。雅じゃないよ。…一旦この話しは置いておこう。主が取り合う気が無いなら意味は無いからね。で、本題の敵はどんな人なんだい?」

その問い掛けに答えるより先に書類を差し出す。

『ヤツは昔吠舞羅に喧嘩を売ってんだよ。高価買い取り買い戻し不可ってやつだ』

「その喧嘩の内容を聞いても?」

『うちの今の王、櫛名アンナが王になる前に人工的に王に作り替えられそうになっていた時期がある。その時の実行犯』

「…主の王はまだ十代だったはずだろう?それよりも前に…?」

『おー。そーよ』

「…幼子が?実験台に…?…許せないな、必ず敵の首を落としてやろう主」

『おぅ。そのための下準備開始〜ってな』

歌仙は思っていたよりも重い内容をさらっと聞かされ、動きが止まっている。
ヤツは投獄されていたはずなんだがな、と言いながらタブレットを取り出しある人物へ連絡を入れた。

〈珍しい電話がかかってきたと思ったら君ですか、神楽君。大切な妹君は今日も元気ですよ〉

『よぉ、元気そうだなぁ〜そら良かったわ。…で、最近脱獄した人物に心当たりは?』

〈白あん煮込み豆腐なら今日日高君を振りきって何度目かの脱走を試みていましたが…いやはや、耳が早いことですね〉

『宗像』

〈はぁ…〉

『宗像、今回の青の被害は?奴に手を貸した人物に心当たりは?…御槌高志はどうやって外部と繋ぎを得た?』

〈…伏見君が早急に異変に気付きこちらの被害は最小限に抑えられた。が、手を貸した人物にも、外部との連絡手段についてもこちらも特定を急いでいるが現状では特定に至っていない。これについてはお前の得意分野だろう?〉

『へぇ、素直に吐くのか。もう少し粘るかと思った』

〈現状把握をある程度しているなら情報をくれてやる見返りをお前は忘れないだろう?時間の無駄だ〉

『よく分かってんな〜。…御槌は俺の方で追う。現状では青の領域外の話になっちまってる上に政府が追うんだと。そのお鉢が俺に回ってきてる』

〈ふぅ、今からその“上”との話し合いなんですがねぇ…上は随分貴方を消してしまいたいようだ〉

『あっはっは!上手く立ち回れよ青の王!ウチの連中には声をかけておく。…頼んだぞ』

〈お前もアイツも生き急ぎすぎだ。少しは冷静になれ!…まぁ、そう言ったところでお前達はとまらないんだろうな〉

『お前貧乏クジばっか引いてんな〜ドンマ〜イ!』

ケラケラと笑えば宗像は電話の向こうでこめかみでも押さえているのだろう、ため息と共に通話が切られた。








『仕込みは上々。あとは―――――――』












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