出会いと恐怖


呆然としながら服を着直してふらふらとした足取りで玄関へと向かった。
玄関で出ていたぺたんこのパンプスに足を入れると、右足になんだか違和感を感じ、脱いで靴をひっくり返せば中から鍵が出てきた。
形状からしてこの家の鍵のようだ。

『…鍵だけって無くしそう…なんか紐とか鈴とかあればいいのに…あ。』

シューズボックスを開けておもむろに靴を手に取り、レースで結ばれていた靴紐をほどいた。
ほどいた靴紐で輪を作り、鍵を通して首から下げ服の中にでもいれればとりあえず無くすことは無い。

『これでよし…!』









見慣れない街。見慣れない人。見慣れない化け物。
仮装大会でも開催されているのかと錯覚しそうな場所。
道行く人はこの光景が当たり前かのように振る舞い、人も化け物も行き交う。


何なんだ…ここは…。怖い恐いコワイ…!!


自分が来た道は覚えてる。
だからなんとなく行きたい方へ足を向け、この光景を振り切るようにひたすら走った。
しばらく走り続けて息が上がり、疲れてトボトボ歩いていると自然公園のような場所についた。
広い敷地にベンチが等間隔に置かれていたので、少し腰掛けることに。
周りの音に耳を澄ませば色んな音が耳に入ってくる。

車の排気音、人の足音、誰かの話し声、風の音。全てに耳を傾ける。

「――――だから、あいつに…」「ざっけんなカス!!」「おーい、待たせたな!」「だよねー!」「つか、お前の―――」「死ねぇ!!」「ヒューマーが!!」

…全部何を話しているのか分かる。少なくとも言葉は通じるみたい…。
所々物騒な発言も聞き取れたけど、この際聞かなかったことにする。
それでもドカーンッという音と悲鳴と怒号。
飛び交う人と化け物と車。
コッテコテのSF映画やグロ系の映像を見せられているようで現実味が無い。
ぎりぎり騒ぎからは離れて巻き込まれてはいないので安心はしている。
ベンチに腰掛けたまま俯いていると、目の前で誰かが足を止めた。

「お嬢さん、具合でも悪いのだろうか?」
『え、あぁ、いえ、そういう訳では…。』

ないですと、続くはずだった言葉が止まった。
顔を上げた先にいたのは背も体格も私より何倍も大きな強面の男性だった。
牙のような歯が更に恐怖を煽っているけれど、口から出てくる言葉はひどく紳士的で優しかった。

「そうでしたか。てっきり俯いて座っていらしたので…私の早とちりで安心しました。」
『紛らわしいことをしていてすいません、大丈夫このとおり元気いっぱいです!』
「それならば良かった。」

安心したように微笑んでくれているであろう彼には悪いが、人相が強面なのも相まって口角を上げてこちらを見る目つきが怖すぎて泣きそうになる。
この人めちゃくちゃいい人なのに顔で損をしてしまいそうな人だなぁ…なんてぼんやり考えながらへらりと私も笑う。
この人いい人みたいだし、この際聞きたいことを聞いてしまおうと口を開く。

『あの、つかぬ事をお伺いしますが、ここは一体どこでしょう?』
「迷子かね?」
『お恥ずかしながら…』
「ここはグランドセントラル消失公園だ。以前はセントラルパーク・シープメドウと呼ばれていた広場だが…帰り方が分からないということであれば案内しながら途中まで送るが…」
『あぁ、いえ。大丈夫です。そこまでして頂くのは申し訳ないので…来た道は覚えているから大丈夫です。グランドセントラル消失公園、ですね。ありがとうございます。あと、もう一つだけいいですか?』
「構わない。」














『ここは一体どこなんですか?』







一度した質問を再度聞いたことの意味を賢い人なら分かってくれる。
そうでないならそれまでだ。

「…ヘルサレムズ・ロット、だ。」
『ヘルサレムズ・ロット…』
「崩壊前はニューヨーク。…失礼ながらお嬢さん、何も知らずにHL入りしたのかね?」
『…そうですね。色々あったので…今大切なものを探している途中なんです。』
「なるほど。色んな事情を持ったものたちがここは多い。…ここで会ったのも何かの縁だ。私はクラウス・V・ラインヘルツという。君の探し物も見つかるよう私も手を貸そう。何かあればこちらに連絡してくれたまえ。」

すっと慣れた手付きでラインヘルツさんは名刺を渡してきた。
差し出されたものを反射的に受け取ってしまったがラインヘルツさんは満足げに微笑んでいる。

『はぁ…ありがとうございます。あ。私、晴です。村木 晴。あ、こっちだと晴 村木、ですかね。』
「晴、君が大切なものを見つけられるよう協力したいのだが、どういったものか教えてもらえるだろうか?」
『えっ…と。その、自分で見つけたいものなのでお気持ちだけ頂きます。親切にして頂いたのにすいません…』
「いやいや、こちらも押しつけたいわけじゃない。貴女の大事なものが見つかるよう、祈っている。」
『心配りありがとうございます。では、私はこれで…』

ラインヘルツさんに頭を下げて来た道を戻ることにした。
振り返ればまだそこに立ってこっちをみていたので、手を振ってみたら思いのほかニコニコしてくれてこちらまでニコニコしてしまう。
ただ、周りの人がラインヘルツさんの顔を見てビビってるような気がするけど気のせいってことにしておこう。


冷静なフリをしていてもさらなる混乱が頭の中でぐるぐるしている。
紐育なんて来たことない。覚えもない。英語だって喋っているつもりはないし、聞こえてくる言葉も全て私には日本語だ。
全くもって意味が分からない。
それに、話の流れで大切なものなんて適当な言葉でぼかしたが、私をここに連れてきた元凶を探し出して元の身体に戻る方法を探し出したい。
未だに自分が死んだとか本当の身体じゃないとか完全に信じた訳ではないけれど…。
難しいことは情報もそろっていない今は考えるだけ無駄だろうと思い、違うことを考える事にする。


そして私は自分のことから目をそらす為に少し離れた場所で渡された名刺を見てみた。

『【LIBRA Executive Director】…って何?ライブラってところのお偉いさん的な…?どっか企業…??ま、いっか。』

ライブラ…ライブラ…天秤?あ、名刺に天秤の絵が描いてあった。
裏返せばラインヘルツさんの連絡先が綴られていたので大事に服のポケットにしまい込んだ。
ふーんと納得しながらメインストリートを歩いていると、ちょうど私の5歩ほど前を歩いていた青年が向かい側から歩いてきた人たちにわざとぶつかられ、尻餅をついていた。
そのまま相手にキャンキャン喚かれ襟首をつかまれそのまま横の路地裏へ連れて行かれて行った。
…あっという間だったし、相手は恐喝に手慣れていたんだろう。
気の弱そうな青年だったしカワイソーと思いつつ、自分では無かったことに安堵した。


そのまま帰れば良かったのについ、好奇心で覗いてしまったのが私の運の尽きだった。




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