追想と闘争と逃走
あの後私が鬼だけど鬼では無い、という話しを詳しく聞きたがった竈門をまるっと無視して荷物を抱えて振り切るように2人で走り去った。
ある程度の距離まで休まずに進み誰もいない空き家を見つけた私達はそこで一晩明かすことに。
交代で仮眠を取るとスティーブンは言ったけれど、私に睡眠は特に必要ない。
眠ることをしようと思えば出来るけれど。
なので、見張りを引き受けた。
HLの騒がしさや明るさなど一切無い月明かりだけが照らす夜の中。
考えるのは思い出した記憶のカケラ。
私が思い出したのは今のところ2人の後ろ姿。
金髪でヘッドフォンをしたたぶん青目の女の子。
茶髪で私と同じ位の身長で長い槍を持った少年。
思い出した3つのあおの内の1つは金髪の子の瞳だと思う。
…たぶん、だけど。
また、思い出せるといいなぁ…。
姿だけじゃなくって名前とか声も思い出したいなぁ。
きっと忘れてしまいたいほどに悲しい事もあっただろうと思うけど、同じくらい楽しかった記憶もあったはずだから。
膝を抱えながら周りに気を配る。
『!…鬼の気配がする。でもスティーブンさんは…』
こちらに背を向けて寝ているスティーブンに視線を向けると、寝ていたはずの声が返ってきた。
「…好きにすればいい。」
『スティーブンさんもしかしなくても怒ってます?』
「怒ってない。」
『怒ってるじゃないですか。』
「僕らは帰る方法を優先して探すべきだ。何度も言うが、専門家に任せて鬼に積極的に関わるべきじゃ無い。晴だって分かっているはずだ。」
『そりゃそうですけど、私は目の前にいて手を伸ばせば届くところにいる人を見捨てられない!』
「キミはヒーローにでもなったつもりか?」
その一言が胸に突き刺さる。
『!私、そんなつもりは…』
「…キミやクラウス、レオがそうやって真っ直ぐあろうとすることは大いに結構。僕は君達のそういうところを非常に好ましく思っている。しかし、現状では誉められた行いではない。現状を打破出来ない奴が事件に飛び込んでなんになる?ここにいつまでもいるつもりかい?鬼狩りの者たちは我々牙狩りとは違って、きちんと殺す術を見つけている。だからこそ関わる意味は無いし、この世界の事はこの世界の者がケリをつけるべきだ。違うかい?」
『それは…そうですけど…』
顔を俯かせてスティーブンの言葉を必死に飲み込もうとするが、上手く飲み込むことが出来ない。
「────…と、まぁ、偉そうに言ってみた訳だが。」
『…へ?』
「どうせここで引き留めた所で、キミが事件に巻き込まれて自ら飛び込んでいくのはHLでも変わらなかった事だし、キミが自分の思った通りに動くのも今まで通り変わらない美点であり欠点だ。それをフォローするのも上司の役目だろう?そうは思わないか?…それに、クラウスなら晴と同じことをするだろうしな。」
そうだろう?と今の今まで背を向けていた体をこちらに向けて意地の悪い顔でニヤニヤと晴の顔をを見上げるスティーブン。
『っ〜〜!!この上司本っ当に信じらんない!!』
「HAHAHA!晴、そんな子供らしい素直な心をいつまでも持っていてくれよ。」
ケラケラ笑う上司にもーっ!と怒りながら引き戸に手をかけ出て行こうとする晴。
その背にスティーブンは声をかける。
「ここの人を守るならちゃんと守れ。怪我はするなよ。」
『はーい!でも怪我なんてすぐ治りますよ。』
「そうじゃない。治るからといって安易に肉盾になるな、と言っているんだ。」
『レオのことは肉盾になって守れって言ったくせに〜…まぁ、善処しまぁーす!』
叫ぶだけ叫んで外へ飛び出した。
「日本人の善処します」は遠回しの「NO」だ。
使えるものはなんでも使え、な精神はスティーブン譲りでもあり、きっと記憶を失くす前も安易に前に出てしまうような感じだったんだろうなぁなんて思うのであまり従うつもりは無い。
そんなことを考えながら鬼の気配がある方へ走る。
思い出せ。
あの血溜まりのような、ドロドロとした気配を。
新鮮な血の臭いは感じないから、まだ誰も犠牲になってない。
走れ!
走れ走れ!!!
走れ!!!!!!
─────視界の先に徘徊していた鬼を見つけた。
『…みぃーつけた!』
「!なんだてめぇ!ここらは俺の縄張りだ!お前に譲らねぇぞ!!」
『君の縄張りだとか人を食べるなんてそんなことに興味はありませーん。人に害を為すものは排除せよって上司からの御達しなんだよね!』
つまり人喰い鬼には死んでほしいんだとニコニコと言えばキレた鬼は一直線に突っ込んでくる。
この鬼自我はちゃんとあるし、受け答えも出来るけどたぶん能無しだ。
あの藤の家に出た鬼みたいな特殊能力を持ってないと思う。
そこまで人を食べて無いとか?よくゲームとかでもレベルが上がるごとに能力って増えるし、そんな感じ?
そこまで考えて手のひらを爪で傷つけて血を出し、その血を凝固させて薙刀を作る。
『ありゃ、案外やろうと思えば出来るもんだなぁ〜。でもこれザップさんとツェッドさんの模倣では?』
「1人で何ぶつぶつ言ってやがる!!」
『ん?あぁ、貴方には関係無い話しだよー。ごめんごめんその頸もらうね。』
鬼の背後に回り、薙刀を振り抜くとごろんと簡単に地面に落ちる鬼の頸。
体の方が暴れても困るので、胴体を薙刀で突き刺して固定するように変形させる。
「いてぇーな!この野郎!!」
『この場合私は男性ではなく女性なので野郎ではなく正しくは女郎でーす。』
「うるせぇ!!」
『というか、頸落としたのになんで死なないの?死ぬって聞いたのに。』
ねーねーなんでー?と鬼の頸両手ですくい上げるように持って問いかける。
ふと、背後に感じた気配。
『…そこにいるのは誰?!』
「ひゃっ!ごめんなさい!」
はわわっと音が聞こえそうな動作で路地の陰から出てきたのはド派手なピンクの髪を三つ編みにした女性だった。
…よく見れば毛先は緑色をしている。
珍しい色してるけど、この配色が似合う綺麗な人だなって言うのが第一印象。
「あの!貴女、鬼…よね?どうして鬼が鬼を襲っているの?」
素直で真っ直ぐな人だなっていうのが第二印象。
『初めまして。私は人が好きだから人を守る鬼だよって言ったらさ…お姉さんは、信じてくれる?』
「えぇっ!そうなの!?キャー!すごいわ!人を襲わないで守る鬼だなんて始めて会ったわ!ねぇ貴女お名前は?私は甘露寺密璃よ!お館様に報告しないと!あとしのぶちゃんにも言わないといけないわ!仲良くできそうな鬼がいるわって!きっと喜ぶわ〜!!」
『え゛。』
思っていた反応と違い、初めて遭遇したタイプの人すぎて頭がフリーズしかける。
「ギャーギャーうるせぇんだよ!!いい加減離せ!!」
『ちょ、うるさい。黙って。』
「ギャー!!!」
ギュッと手に力を込めてミシミシと潰しかければ悲鳴をあげる鬼。
正気を思い出させてくれた鬼サンキュー…そんな想いを込めてギュッとするが、やっていることはそれこそ鬼の所業である。
そんななか、恥ずかしそうに頬を染めながら話す甘露寺さん。
「あのね、鬼は日光で殺すか、この日輪刀で頸を斬るしか殺す術は無いの。いくら切り刻んでも鬼は死なないのよ。…貴女もそうでしょう?」
『へー、知らなかった。確かにただ斬られても凍らされて砕かれたり燃やされたり、心臓抜き取られても死なないけど、私日光でも死なないしなぁ。』
「えっ!?貴女!!日光を克服しているの!!?っていうか色々物騒よ!!??」
そして、その話しをギャーギャー言いながら聞いていた鬼が不意にぴたりと静かになり、声変わりをして、ギロリと私の顔を覗く。
「ほう…お前は日光を克服したのか。ならば私の元へ来い。そしてその…」
『うっわ!!顔に似合わない良い声すぎてキッッッツ!!!!ヒェッ!!!??!』
「きゃあ!?」
思わず鬼の頸を甘露寺さんの方へ放ってしまい、悲鳴をあげたものの、反射的に刀を抜いた甘露寺さんは鞭のような刀身をしならせ
斬った。
「『あ…』」
2人で顔を見合せて鬼の体と頸がサラサラと灰になり消えて行くのを黙ったまま見届ける。
鬼を斬ることは正しい行動のはずだが、喋っていたあの良い声の持ち主は元の鬼のものでは無かった。
それをちゃんと確かめることも出来ず、何を言っていたのかもうろ覚えで、曖昧なまま消え失せたそれを見て2人でやっちゃった…という空気が漂う。
「え、えっと、あっ!そうだわ!まだお名前聞けてないから、教えてもらえないかしら?」
『え、あーうん、村木晴デス…。』
「晴ちゃん!可愛いお名前ね!私と一緒にお館様の元へ行ってもらえないかしら?」
『あー…上司に聞かないとなんとも言えないので、1度話を持ち帰らせていただきます。』
「そう…その上司の人も鬼なの?」
『いや、上司は人間ですよー。』
「そう、人なの。おどろいたわぁ…貴女、本当に人を食べないのね…」
『そうですね…特に食指が動くことは無いですねぇ。とりあえず、明日またこの時間にここで会いましょう。私が来なかったら上司に殺されてるとでも思っていて下さい。』
「えっ!!?貴女の上司さんは鬼狩りなの?」
『いえ、牙狩りです。』
「????」
『アッ…ややこしくしてすいません。上司は外国人なんですけど、その外国の鬼狩りと思っていただければ大丈夫です。』
まだ頭の上にクエスチョンマークを大量発生させているであろう甘露寺さん。
はっと正気を取り戻し、待ってちょうだい!と声をかけられたが、甘露寺さんをその場に置き去りにして走って退散する。
というか、甘露寺さんおっぱいぽろりしそうだし、スカート短いし、絶対領域のふともも最高だし、声めちゃくちゃ可愛いし、刀はなぜか鞭のように長くてよくしなる不思議な刀身になってるし、本人素直に話を信じすぎて心配になるし、いや、嘘はついてないから信じてくれていいんだけど、なんか、こう、箱入りの可愛らしい女子〜〜〜〜って感じの女子感。
何言ってるか自分でも分からなくなってきたけど、戦いに身を進んで置くような人には見えなかったなぁっていうのが話してみて感じた印象だった。
さて、我が上司であらせられるスティーブンさんにはなんて報告しようかなぁ………。
[ 15/19 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]