守ることと優しい嘘

ゆるく声をかけつつ、エスクードに当たりそうだった少年を確認すると私がお世話になっている宿屋の女将さんの息子である治だった。


『治君大丈夫?無事で良かった〜!竈門君ありがと!』
「いえ、間に合って良かったです!」
「晴ねーちゃん!?ど、どうして?」
『うんうん聞きたいことが沢山あるだろうけど、答えてあげられそうなのは後で言うよ。』
「うん!絶対だよ?」
「お帰り晴。見ての通りちょっと立て込んでるよ。」
『やっだスティーブンさんってばそんな………!!緊縛プレイだなんてとんだ好き者ですね!いつ女将さんを口説き落として来たんですか?可愛い可愛い部下は走り回ってたのに!信じられない!陰険腹黒鬼畜上司!!』
「おい!誤解を与えるような言い方をするな!笑顔で嬉しそうに言うんじゃない!やめろ!」
「え、っと…」
「ほら見ろ!少年がキミの発言で戸惑ってるだろう!こんな非常時にふざけるのはやめなさい!」
『スティーブンさんが!困るなら!ずっと!続けたい!!けど竈門君が困るならやめます。』
「キミ本当に後で覚えておけよ…?」
『ナンノコトデスカネー?晴チャンチョットォワカンナーイ。』











「僕を無視するなぁあ!!!」









スティーブンと晴で言い合いをしていたが、堪えきれなくなったのは竈門ではなく鬼の方だった。
両腕を闇雲に振り回し、部屋を破壊していく。








『…やだなぁ怒らないでよ。折角君が逃げるだけの時間をあげたのに。』








ポツリと晴が呟くと倒れている夫妻の前に立ち、どこから持ってきたのか立派な木刀とも言えそうな長さと太さの木の棒で降ってくる木片や蔦の腕を弾く。

『うーん。薙刀が欲しいっすね。間合いって大事。』
「自分の血で作れないのかい?。」
『ああ!その手があった!!!っとぉお!?あっぶな!!痛い!痛いな!!危ないな!?』
「大丈夫ですか!?」
『へーきへーき。すぐ治る!』

晴が軽くいなしていたのが気に食わなかった鬼がスピードを上げ顔や脇腹を抉っていき、危うく気絶していた夫妻へ蔦が突き刺さりそうになった。
そんな中、晴の近くで同じように治を庇いながら攻撃を弾いていた竈門は余裕が少しはあるものの、焦るようにスティーブンの方へ声をかける。

「あの!貴方はどうして鬼の匂いがしないのに血鬼術を使えるんですか?!」
「色々訳ありなんだ。」
「そうですか!鬼の頸は落とせますか!?」
「どうだろう?厳しいんじゃないかな。」

肩をすくめながら説明する気は更々無いような言い草で竈門の追求を流すスティーブン。

「そう、ですか…なら俺があの鬼の頸を斬ります!お二方はそのまま安全な場所まで彼らと下がってください!お願いします!」
『いいよーん。』
「分かった。」

返事を聞くやいなや竈門が1人で駆け出し、力尽くで鬼を押しやって部屋から追い出す。
鬼を引き付けてくれている間に晴は治に声をかけて外へ促す。

『ほれほれ治君自分で動けるね?』
「う、うん!母さんは!?」
「安心していい。気を失ってるだけだよ。」
「よかった…!」
「晴あの夫婦1人で運べるかい?」
『あー…まぁ、頑張れないことはないです。』
「なら頑張ってくれ。」
『うぃっす。』

BBとして自覚してからというもの、通常の人より力があって体もすぐ再生するもんだから重要人物やレオの盾になることはしょっちゅうだったし、世界崩壊の危機を呼ぶような危ない物の運搬もこの鬼畜上司にさせられてきた。
それに比べたら大人2人を運び出すくらい何てことは無い。

『よいせっと。』
「もう少し可愛げのある声を出せないのか君は…」
『スティーブンさんは私に何をお求めで?…というか、スティーブンさんよくもまぁいけしゃあしゃあと首を落とせるか分からないだなんて言えますね。』
「ん?な ん の こ と だ い ?」
『イエ、ナンデモナイデス。』

貴方の対BBの血の力なら鬼の首も落とせるでしょうに…。
なんて思ったけどそれ以上口を開くことは許さないとばかりに睨まれたので辞めた。
厄介事に自分から近づく必要は無いもんなぁ…。
悶々と考えながらこの上司が考え無しに動くだなんてあり得ないな、と答えを出せば流れに身を任せようと考える事をやめた。


3人で安全な外へ避難し、治の母親である女将さんをスティーブンから預かり自宅まで送り届けることに。
私が抱えていた藤屋敷の奥さんと旦那さんはスティーブンに預けてまた分かれて行動することにした。


『パッと行って戻ってきたいから治君も女将さんと一緒に抱えさせてもらうよ。』
「う、うん!落とさないでね…?」
『私、失敗しないので!と、いうわけでいっくぞ〜!』
「うわぁあーー!!」


ひょいひょいとさながら忍者のように地面や屋根を飛んで跳ねて駆け回り、風を切って走り抜け自宅まで送り届ける。
手早くぱっぱと布団を敷いて女将さんを寝かせた。

『はい、終了!治君も早めに寝るんだよ。じゃ、私は戻るね〜。』

そう告げると、着物の袖を掴んだ治に動きを止められた。

「ね、ねぇ!晴ねーちゃん!」
『ん?なーに?』
「行っちゃうの…?」
『うん?心配しなくてもこのあたりにはもう怖い鬼はいないよ。それにおっかな〜い上司が待ってるからねぇ。私はこれで帰るよ。』
「そうじゃなくって、えっと、いや、それも大事なことだけど!まだなにも教えて貰えてないし…!!明日!明日会えるよね?!」



『……またね。』

治の頭を撫でて目を伏せたその瞬きの後、目の前からかき消えるようにして晴は姿を消した。






聞きたいことは沢山あった。
びっくりするような身体能力と強さの秘密とか、ケガを負ったはずなのにもう血が流れていないその理由とか。
そりゃもう沢山。
言いたいことも同じくらい沢山あった。
母さんを守ってくれてありがとうとか、忍者みたいで凄いとか。
もう自分の中でずっとぐるぐると回っていた。



それでもきっとあの人は明日にはいなくなっているだろうと漠然とした確信を持ってしまった治は寝ている母親の隣で「…嘘つき。」とぽつり呟いた。
暗闇のどこからか「ごめんね。」と聞こえた気がした。

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