暗躍と情と戦いと
晴が出ていってから動き出したスティーブンは屋敷の奥の奥、屋敷の主である旦那の元へ向かっていた。
近づくとバタバタと何かが暴れている音と唸る声、それを押さえつけるために声を荒らげる旦那の声。
啜り泣くような声も聞こえた。
明らかに異常である。
「主人、夜分に申し訳ないがお話ししたいことが…」
スティーブンが声をかけると中の声はピタリと止んだ。
暴れている音と唸る声はなおも続いている。
「後にしてくれ!今は手が放せない!」
普段温厚な旦那のものとは思えないほどの切羽詰まった声。
「へぇ、人を殺すのに忙しいって?」
スッと襖を開けて言い放ったスティーブンの目に入ってきたものは、手拭いで猿轡を噛まされた女性を押さえ付け、首を絞めようとしている光景だった。
部屋の隅では奥さんがすすり泣いていた。
「出ていけ!お前に何が分かる!!」
「分かりたくもないな。人を殺すことに正当性があるとでもいうのかい?」
「治療して居候までさせてやっていたのに…!恩を仇で返しやがって!!」
「あぁ。だから目を閉じて耳を塞いできたじゃないか。…あなた達夫婦が毎夜子供とその親を殺してきたことを。」
「だったら何故今更止めるんだ…!やはりあの日うちに…来たその日に殺してしまえば良かったんだ!」
「僕らを殺そうなんて君たちには無理な話だよ。それに、今更止める理由はうちの可愛い部下が騒動に気づいてしまったからだしね。僕は割りとあの子を気に入っているんだ。自分の恩人達が人殺しだなんて知ったら傷ついて悲しんでしまうからね。騒がしいけれど彼女は案外繊細なんだよ?」
「俺たちだって好きで殺してる訳じゃ無い!仕方ないんだ!こうでもしないとあの子が!!」
「君たちの事情にケチをつけるつもりは無いが…あぁ、すまない。時間切れだ。」
旦那の後ろの襖が5cmほど開くと暗闇から蔦の様な腕が伸びて押さえ付けられていた女性の首へ向かう。
「エスメラルダ式血凍道 絶対零度の盾-エスクード デルセロ アブソルート-」
一瞬にして空気が冷え始めて息が白くなる。
畳から生えた氷の盾は女性を守る壁になり、旦那と蔦から引き離した。
「う、うわぁ〜!!」
旦那は悲鳴をあげると奥さんの側へ逃げ、怯えるように部屋の奥とスティーブンを見る。
スティーブンは蔦の腕に静かに問いかけた。
「君はこの夫婦の子供で良いのかな?」
「なんでただの人間が血鬼術を使えるんだよ!!」
「ケッキジュツ?知らないな。これは対吸血鬼用の武器だよ。」
「おじさん、僕の邪魔をしないでよ!とってもお腹が空いてるんだから!」
「お、おじ…?!」
腕を振り抜いて襖を吹き飛ばし、氷の盾も叩き壊す。
スティーブンは暴れ疲れてグッタリしている女性を抱えて追撃を避ける。
襖の奥から現れた少年は両腕を蔦に変化させ、襲いかかりその際壊した氷が吹き飛び夫婦へ当たってしまった。
気は失っているが、幸いにも血は出ていない。
夫婦が子供を庇いに出てこられるよりましだと考え、視線をそらした。
「おじさん呼びは心外だな。」
「うるさいな!死ね!!」
「エスメラルダ式血凍道 絶対零度の槍-ランサ デルセロ アブソルート-」
「そんなものすぐ治るもんね!」
鬼の子供は足を突き刺すような攻撃を避けきれなかったが、そのまま傷を気にせず足を引き抜いた時に異変に気づく。
「なんで…なんで傷がすぐに治らないんだよぉ!痛いじゃないか!!」
「僕の血はちょっと特殊でね。君へダメージを与えられてほっとしたよ。これなら君を安心して殺せる。」
「化け物じゃないか!」
「化け物ね…そもそもすぐ再生して治る方がズルいだろ。人の傷はすぐには治らないんだぞ?」
バタバタと走りくる音。
鬼の子供が後ろへ気を取られ、スティーブンも目を向けたそこには1人の少年が飛び込んできた。
「母さんを返せ!!」
「ご飯が増えた…!」
「チッ、間に合うか…!?エスメラルダ式血凍道 絶対零度の盾-エスクード デルセロ アブソルート-!!」
自身の腕に抱えている女性の子供が飛び出してきたことに気付いたスティーブンは子供を守るための盾を展開するが、子供の足は止まらなかった。
危うく氷で固めてしまう間一髪の時に氷の盾を粉砕するために飛び込んだのは市松模様の羽織を着た少年だった。
「水の呼吸壱ノ型 水面斬り!」
『スティーブンさんご無事です〜?晴ちゃんが戻りましたよ〜ん!』
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