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巌戸台分寮作戦室 夜 満月

結局あの後、森山さんにクラスへ帰るように促して解散となった。
桐条先輩と森山さんが二人でなにか話していたが、寮に帰れば伝えられるだろうと思って気にせずに帰寮することにした。

「森山夏紀はこの寮で保護することにした。ここなら何かあった時すぐに対応できるだろう。」

帰寮後すぐ作戦室に集まるように言われた私たちは荷物を置いてすぐさま再集合した。
せめて軽く着替えたかったな…。皆がそろったことを確認した桐条先輩は森山さんの保護を口にした。
すると、うんうん唸っていた順平君が桐条先輩に問いかける。


「あの、イマイチ分かんないんすけど、山岸がまだ学園にいるっていうのは…?」
「午前0時になったら学園はどうなる?」
「それは…タルタロスに…」
「そのとおり。山岸は恐らく閉じ込められた体育館からタルタロスに迷い込んでしまったんだ。」




ハッと皆息を飲んだ。




いつも私たちは影時間のうちに学園に入り、影時間のうちに学園を出ている。
中で影時間の終わりを迎えたことは無い。
それに、風花ちゃんは影時間の適性があり、影時間の中で動ける。だから体育倉庫から迷い込んだ時に移動して消えたのだ。
そのままその場に留まっていても体育倉庫へと戻れていた保証も無いし、ね…。不気味な場所からマシな所まで移動したくなるよね。

「なるほどねー。タルタロスん中か〜。」

は〜、と私が関心していると、やっと話しに追いついた順平君が青ざめた顔をして叫んだ。

「そんな!でもそれじゃ山岸は10日前からタルタロスに!?」
「いや、悲観するのは早い。」
「タルタロスは影時間の間にしか現れない。なら、山岸風花は日中どこにいると思う?」
「どこにもいない。昼間は存在していないのと一緒…たぶん。」
「いっくら電話しても繋がらない訳だ…」
「うん。俺もそう考えている。恐らく山岸はあの時からずっと影時間にいるんだ。」
「つまり10日と言っても山岸にとっては影時間を足し合わせた分しか時が過ぎていない。生存の可能性はある。」

まだ風花ちゃんが生きている希望はある。
今もまだシャドウから逃げ続けているはずだ。それでも最悪の想定をしているゆかりちゃんは暗い顔をしている。

「でも、そうだとしてももう十分時は過ぎてるじゃないですか。あんなシャドウいっぱいの所に…ペルソナも使えない普通の人がいたら…」



ドンッと凄い音をたて、真田先輩が振り上げた拳が落とされた。



「っ!なら、このまま見殺しにするのかっ!」
「ゆかりちゃん、きっと……、ううん。絶対、風花ちゃんは大丈夫だよ。」
「どうして晴はそんなことが言えるの…?」





「絶対助けるって私が決めた。だから、絶対大丈夫。助け出すよ。」





根拠の無い自信に見えるだろうな。でも、もう物語通りなんて言わないから。
湊を助けるって決めた。
皆で幸せハッピーエンドを迎えるって決めた。
そのための第一歩。

大丈夫だから動かない、なんて事はもうしない。
最後の約束の日まで動くことは止めない。


「ふぅ、岳羽驚かせてすまなかった、……だが、方法はある。山岸と同じ方法でタルタロスに入るんだ。」
「体育館の中で午前0時を待つってことっすか?それ、大丈夫なんすか?」
「正直に言えば私はこの作戦に諸手を挙げて賛成はできない。最悪、二重遭難という可能性もある。しかし…」
「助かる可能性があるのに放っておくなんて、俺にはできない。後悔したくないんだ。お前らが行かないなら俺一人で行く。」
「先輩、私も絶対行きますよー!」
「いい返事だ。村木。」
「先輩、晴…」
「はぁ、危険は承知だが、明彦の言うことにも一理ある。安全を保証はできないがそれでも、頼む。」

ため息を吐きながら、他の安全な策を立てることができなかった桐条先輩はリーダーとして皆を率いらねばならない湊に仲間の命を、安全を預けることになる、と真剣な目で伝えた。

「分かりました。」

あっけらかんと頷いた湊。嫌な予感がした私は恐る恐るゆかりちゃんを盗み見た。
…絶対、ゆかりちゃんキレるパターンじゃあ〜ん…。空気重い…。







「……本当に分かってるの?」







「どうしたんだよ?ゆかりっち。」
「あー…ゆかりちゃん落ち着いて…」

「私は!」

ゆかりちゃんは拳を握りしめて湊を強く強く睨んだ。

「私は、真田先輩や晴みたいに立派な決意みたいなのないけど、それでも、自分の力で助けられる人がいるなら助けたいって思う。山岸さんのことも助けてあげたい。どうでもいいくせに…頼まれたから戦うだけなら来ないで。そういうの、すっごくイライラする。」
「……分かった。」
「お、おい、「分かった」って…あ、ちょっと待てよ湊。ゆかりっちだって本気で言ってねーって。なぁ、湊。」
「あちゃー…やっぱりか〜…」

来るなと言われた湊はもうこの作戦を聞く必要もないと判断したのか、これ以上ゆかりちゃんの怒りを高めないようにするためか、はたまた興味を無くしたのかは分からないが、自室へ帰っていってしまった。
これ、どっちのフォローに入った方がいいんだろう…。まぁ、湊割とメンタル面鬼強いから先にゆかりちゃんのフォロー…かな…?

出発前 外玄関

真田と桐条がバイクのメンテナンスをしながら先ほどの話題に口数少なくふれる。

「いいのか?」
「山岸を救出するだけならそこまで戦力は必要ない。彼なしでもやれるはずだ。だが…、念のため保険は用意しておくさ。」

長年の付き合いがあるからか、短い応答で会話を紡ぐ。
バイクに触れながら微笑んだ桐条は湊が来ることを信じている。

「フッ。」

そしてその様子を見た真田も同様に笑った。



同時刻 玄関ホール

順平君が夜食として食べるカップ麺の咀嚼音が静かな空間に響く。
会話の切り出しに困った私は、ちらりと順平君を見る。
その視線に気づいた順平君は視線で軽く頷くと、ゆかりちゃんに先ほどの話題を切り出してくれた。

「さっきのは言い過ぎなんじゃねぇの?」
「怖いの…」
「怖い?」
「このままじゃ有里君自分では何も考えないまま戦って、それでいつか遠くへ行っちゃいそうで…。」
「考えすぎだって、なぁ、晴?」
「怖い、かぁ…確かに湊どっかにふらふらっと行って帰って来ない感じあるよね〜。でもさ、私やゆかりちゃん、順平君に先輩たちもいるんだし、しっかり腕でも服でも掴んで離さないでおけばいいんだよ、ね?皆いるし、怖いものなんてどこにも無いよ。」

安心させるように笑って言う。
ゆかりちゃんのカンは本当に鋭い。
そして誰よりもずっと仲間想いだ。
会話のキリがいいところでドアががちゃりと音をたてて開く。

「岳羽、伊織、村木。準備は整った。行くぞ。」
「よしっ!…湊、本当にいいんですか?」
「あぁ。彼にはここに残って森山夏紀をガードしてもらおう。」
「ま、そーいうことなら。」
「湊〜!行ってくるねー!…んじゃ、行きましょーか!」

階段下から大きめの声で湊に声をかけ、気合いを入れて玄関を出て学園へ向かう。



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