「ねぇ」
そいつは突然やって来て、唐突にこう言った。
「この土地を俺にちょうだい」
何を言ってるんだ、こいつ。
「俺はやるべきことがある」
「その為に場所が、この土地が欲しいんだ」
俺の思いなど露知らず、そいつは淡々と話した。
「出来れば争いたくない。だから、聞いてくれる?」
当然、答えは否だ。
俺の縄張りをどうして見ず知らずの餓鬼に譲らなければならねぇんだ。
「…分かった」
「こんな言い方したくないけど…」
餓鬼は短剣を抜き放つ。
「力ずくでもらうよ」
それを合図に野郎共は襲い掛かった。
たかが雛一羽。一瞬で片が付く。
そう思うのが普通だろ?
だが俺の目に飛び込んできたのは、
地面に倒れた男達と、無傷で立っている餓鬼の姿だった。
そいつは俺の手下300人を一人で倒した。
ほんの二刻の間に、だ。
気が付けば、辺りには俺と餓鬼の二人しかいなかった。
「殺せ」
「俺を殺せ」
無意識のうちに叫んでいた。
「俺は負けたんだ」
負けは死を意味する。
それはこの地での掟であり、昔からそう教えられてきた。
だから死ぬのが当然だと思った。
餓鬼は暫く俺を眺めた後、はっきりとこう言った。
「殺さない」
ゆっくり首を振る。
「殺さないよ」
その一言がとても残酷に聞こえた。
死ぬことも許されない。
漠然とそう思った。
俺の存在を否定されたような感覚が頭の中に駆け巡る。
不意に何かがひび割れた。
「…っ…」
震えが止まらない。
「…殺せ」
「殺せ」
狂ったように喚く。
「俺を殺せ!」
今までずっと力で従えてきた。
強い者が弱い者の上に立つ。
そうやって守ってきた。
だが俺は負けた。
負けは弱者だ。
弱い『俺』に従う奴なんかいない。
俺は
「生きる価値なんかねぇ」
気付けば泣き叫んでいた。
そんな俺を小さい侵略者は冷静に見つめている。
「…分かった」
餓鬼は柄を握り締めた。
「そんなに死にたいんなら、殺してあげる」
鋭い一閃が空を切る。
それとほぼ同時に、額から血が吹き出た。
これで俺も
何も見えなくなった。
頭が熱い。
目を開けた。
生きている
思わず飛び起きた。
額に手を当てると、浅い切れ込みが入っていた。
側にはあの餓鬼が立っている。
「…あんたは死んだ」
「何を言ってる。俺は生きて」
「俺は『あんた』という存在を殺した」
幼い声は続けた。
「部下も、地位も無い。この地を治めていた『あんた』が死んだことで、つまらない掟も無くなった」
「今のあんたを縛るものは、何も無い」
餓鬼は短剣を納める。
「…好きに生きればいい」
そう言い残し、立ち去った。
俺は暫くその背中を呆然と眺めていた。
「待ってくれ」
いつの間にか声が出ていた。
振り向く緑青の鮮やかさが、
今も目に焼き付いて離れない。
その風は
俺の全てをかっ攫った 突風(とっぷう) ***
山賊時代の話。
倩黎が8、9歳、瑪絳が18歳くらいです。
当時の西国は山賊の巣窟と言われていて、幾つもの小規模な賊で成り立っていました。
それらを纏めていた賊の棟梁が瑪絳です。
賊集団なので権力に従う訳もなく、まして勢力も強かったので西国は中央峡もかなり手を焼く存在でした。
当時の瑪絳にとっては『強さ』が生きる理由であり、支えもであり彼の全てだったわけで。
下克上だったので子分には当然年上もいて、彼らの妬みや頭領としての重圧が若い彼には重荷で自分や自分の心を守る為の手段が『強さ』でした。
なので倩黎の言動は少なからず衝撃的だったんじゃないかと。
蛇足ですが、倩黎は峰打ちで倒しました。
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