女はもの鬱げに夜空を眺めていた。
部屋には難なく忍びこめた。いつもなら何の躊躇もせず仕事を済ませるのだが、今回は違った。
彼女の標的は寝台で寝息を立てている。
女は寝台の端に腰掛けると、少年の髪に触れた。額にある短めの髪が、指から零れ落ちる。まだあどけなさが残る寝顔をじっと見つめた。
あまりにも若すぎる
仕事とは言え、子供の命を奪わなければならないということが、彼女の気分を沈めていた。
…こんな仕事、早く終わらせよう
女は鞘を抜くと、刃を頸部に持っていった。首を狙えば、ほぼ即死する。苦しむ時が短く済むように、という彼女なりの情けだった。
女は短刀を構えると、喉元に切っ先を置いた。
さようなら
刃が冷たい光を帯びる。
その時、両手に振動を感じた。
見ると動くはずの無い少年の手が、刀をしっかりと握っていた。
「…寝込みを襲うなんて…卑怯だと思わないか?」
瞳を開き、口の端を吊り上げながら呟いた。
「…っ…」
手を振り払おうと手前に強く引く。しかし少年の握力が勝るのか、短刀は微動だにしない。動かそうともがく度に、少年の掌に刃が食い込む。
「…痛い」
少年は顔を歪めた。その表情に女の瞳が揺れ動く。
少年は、それを見逃さなかった。
握った手を強く引き寄せ、反対の手で女の手を打ち払った。不意の出来事に、女の体が硬直する。それはほんの一瞬だったが、少年には十分だった。
少年は素早く刀を投げ捨てると、掛布の中から足を蹴り上げた。
膝頭が女の腹部に当たった。
呻き声が上がる。
苦痛に耐え切れず、女は寝台から崩れ落ちた。
床に叩きつけられた衝撃で、全身に痛みが広がる。的確に急所に入れられたせいか、咳が止まらない。暫く噎せていると、顔の前に 見慣れた短刀が突き付けられていた。
「俺の勝ちだな」
暫く、沈黙が流れた。
血の滴る音が室内に響く。
その雫を女は冷静に見つめていた。
「で、誰の差し金?」
「…暗殺者が依頼人の身元を言うとでも…?」
クスクスと笑う女を見て、少年は頭を掻いた。
「だろうね」
「…拷問でもして、吐かせるつもりかしら?」
少年はあからさまに嫌そうな顔をした。
「そんなの、俺の趣味じゃない」
そう言うと、窓の外に目をやり、一つ息を吐いた。
「結構騒いだからな…人が来るのも時間の問題だ。…が、あんたみたいな人ならここからすぐ逃げるのに何の動作もないだろ」
女は目を見開く。
「…見逃すの…?」
「そう、見逃す」
少年は女から関心が失せたのか、血が付いた自らの右手を見つめた。
「あんたを帰すのは良しとして…問題はこの手だ。どうしたらいいものか…」
唸り声を上げながら真顔で悩んでいる。
その様子に、女は思わずため息を吐いた。
「…私を逃がす意味、分かってる?」
「ん?」
「依頼は遂行するまで続くわ…ここで私を始末した方が後の為だと思うけど」
少年は鼻で笑う。
「俺は無駄な殺生は好かないんでね。だからあんたを殺す事にも、興味が無い」
そう言うと、手で追い払うような仕種をした。
「ほら、帰った帰った」
「…私を逃がした事、後で後悔するわよ…」
殺気を漂わせる女を見て、少年は楽しそうに笑った。
「挑むところだ」
悪戯を思いついた子供のように、赤い瞳がキラリと光る。
「殺せるもんなら、殺してみな」
月が淡く輝いた。
***
出会い編
皓玻が13、4で椈扇が18、9くらい
彼はその頃から要人だったので、度々命を狙われたりしてます。スリリング
ひょっとしたら不定期で連載するかもしれません。
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