暗い暗い穴に、青年は膝を抱えて座っていた。
 音も光もない、深い闇の中。
 周りを見渡す。誰もいなかった。
 ここには自分一人しかいない。
 青年は顔を腕に埋めた。

 温かい、陽の光が恋しい

 早く
 早く見つけて
 俺を迎えに来て

 俺を一人にしないで

 お願い

 「見つけた」

 上から声が聞こえる。
 滲む視界に男の顔が映った。

 「何だ、こんなところにいたのか」

 男は微笑む。
 青年はぼんやりとその男の顔を見つめた。
 男が手を差し出すと青年はその手を掴んだ。
  男は青年を引き起こした。
 男は先ほどまで青年がうずくまっていた巨木の根に開けられた穴を見つめ、首を傾げた。

 「…狭いところが好きなのか?」
 「違う」
 「兎のくせに猫みたいなやつだな」
 「違うと言ってるだろう」

 青年は苛立ちながら言い返す。男は笑った。
 思えばこの男の笑った顔以外見たことがない。
 怒った顔もするのだろうか、と青年は思ったが、そのような思念は一瞬で消えた。

 「せっかく見つけてやったのに、そのむくれた顔は何だ?」
 「誰も探してくれなんて言ってない」
 「言ってたじゃないか」
 「言ってない」

 苛立ちが募る。
 「俺ははっきり聞こえたぞ。早く見つけてくれって」

 青年は足を止めた。

「お前の泣きそうな声が耳に入ってきたんだ。助けて。早く迎えに来てって」


 寂しい

 いつから心が寒くなったのか

 目の前の男が俺から太陽を奪った時から

 本当に?
 本当にそのせい?
 それは自身の気持ちに気付くきっかけに過ぎなかったのではないか
 無意識の内に、ずっと前から孤独を感じていたのではないか

 太陽だけを求め、太陽だけを守ること。それが使命。
 太陽が消えれば、再び太陽を探し出し、愛し、慈しんで。
 そうやって一人で何百年も生きてきた。

 ただ、それだけ。
 それだけの存在。
 そのためだけに生きてきた。

 そんなの、虚しくないか?

 認めたくない

 「違う」

 「…俺は言ってない」

 消えるような声で言う。

 「お前の空耳だろ。ついに妄想癖まで患わせたのか?」
 青年は振り返り、嘲け笑った。
 男はじっと青年の顔を見た。その真っ直ぐな瞳が、自分の中の本心を見透しているようで、青年は思わず顔を背けた。

 「お前になど来て欲しくはない。本当は…本当に迎えに来て欲しいのは」

 瞼の裏に浮かぶ黒髪の少女の姿
 優しくか細い声が自分を呼ぶ

 御影

 青年は唇を噛み締めた。

 「とにかく」

 青年は男を睨んだ。

 「二度と探しに来るな。そして俺に関わるな」
 「関わるなと言ってもなぁ…もう知り合ってるじゃないか」

 男が歩み寄ろうと足を動かすと青年は短刀を引き男に向かって突き立てた。

 「近づくな。刺すぞ」
 「はいはい…」

 男は苦笑いをした。

 「まぁ今は行こう。早くしないと日が暮れる」
 「指図するな。お前の所になど誰が寄るか」

 そう言うと男に背を向け早歩きで歩く。

 「そう言わずに。斎も待ってるぞ」

 少女の名前に青年は歩みを止めた。

 「どうだ?行きたくなったか?」
 「…こんの木偶め」
 「お?」
 「俺を引き止める口実に斎を使うとは。下衆だな」
 「またまた。本当は、斎に会えて嬉しいでしょ?」
 「うるさい!」

 青年は顔を紅潮させながら一喝した。

 「そうそう、近くの川まで付き合ってくれないか?」
 「?」

 そう言うと男は肩に掛けてた竿と籠を見せた。
 「あの子、魚が好きなんだ。だから一緒に釣って持っていこう」

 青年は血相を変えて男の胸倉を掴んだ。

 「お前そんな血生臭い物を彼女に食べさせてるのか!!ふざけるな!!」
 「ん?おいしいだろ?」
 「そういう問題ではない!!」

 青年は喚き散らかす。その様子を見て、男は豪快に笑った。

 「…何を笑っている」
 「ハハハ…お前の必死な様子が面白く見えて、つい」
 「一生呪ってやる」
 「それは勘弁」
 「死ね!」

 青年は再び男に突っかかった。

 「沢山釣ろう。きっと喜ぶ」

 男はそう言うとにっこり笑った。



 彼女の心が離れ

 僕は置いて行かれる



 離心(りしん)



 ***
 過保護ヤンデレ御影とおおらか空真のコンビ。空真の罵倒受け流しスキル見習いたい。



   
 

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