雫が零れた。

 冷たい

 朧気な意識の中、おもむろにそう思った。
 頬に手を伸ばすと指に水の感触があった。

 …またあの夢か…

 青年は半身を起こす。
 外に視線を移すと、白い月が皎々と輝いていた。
 視界が滲んでいるせいか、月の光が霞んで見える。
 手の甲で涙を拭う。
 しかしいくら拭いても止まらない。
 思わず舌打ちをした。

 自分の心とは無関係に溢れる涙。
 幾度となく繰り返し見る夢。
 目覚めると胸に残る喪失感。

 …何なんだ、これは

 言い表せない感情に苛立った。
 そもそもこれを感情と呼ぶのかも分からない。
 理解できないそれに更に苛立ちを募らせる。

 もう見たくないと思う一方、まだ見たいと心の隅が訴える。

 「…分からない…」

 再び横になった。
 顔の側に目を向けると、いつも身に付けている珠飾りが転がっていた。
 ゆっくりと手に取り、軽く握り締める。ひんやりとした冷たさが掌の熱を奪う。
 こうすることで自然と気が鎮まる。昔からそうだった。

 何故だろうか

  青年はぼんやりと思った。
 心地の良い微睡みが徐々に思考を鈍らせていく。

 意識が遠退いた。

 


 歩く度に波打つ。
 滑らかに流れるその美しさに見惚れ、いつも目で追いかけていた。

 『まるで太陽だ』

 強い光を放つ存在。
 眩しく、近寄り難いが、その輝きに触れると温かい。
 彼女が振り向く。
 手を振って笑いかけると、彼女は目を細めてはにかんだ。

 『好きだった』

 濡れ羽色の長い髪も、燃えるような紅い瞳も
 全て愛しく思えた。

 『その笑顔が、好きだった』

 残像が途切れる。

 



 《何故だ》

 激情が流れてくる。

 《何故なんだ》

 哀しみが湧き出た。
 頭に響く激しい雨音。


 広がる赤。冷たい体。
 側でうずくまる影。
 その顔は涙で濡れていた。

 『―…逝くな…』

 『逝かないでくれ』

 彼は叫ぶ。

 雨脚が一段と強さを増す。


 画像が乱れた。
 待て

 視界に亀裂が入る。

 待ってくれ

 空間が崩れていく。
 意識が揺らいだ。

 淀んだ瞳の端に、掌が映る。

 珠は鈍い光を放っていた。




 


 見に覚えが無いのに

 どことなく懐かしい

 これが何かも分からぬまま

 俺は再び涙を流す

 


 残思(ざんし)
 思いが残るのは、生きた証


   
 

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