灰紫色の髪が揺れる。
向かう場所は主の部屋。こちらへ来い、との伝言を受けた。
よくある事だ。
萬木は見慣れた扉の前で足を止めると、自らの来訪を告げた。
奥から声が掛かる。
萬木は部屋に入った。
「魁帥、用件とは何です?」
おもむろに尋ねる。仕事の事だろうと思っていたが、彼の様子がいつもと違う事に気付く。
その呼び出した本人はというと、難しい表情を浮かべながらじっと一点を見つめていた。
机を見れば、包装が解かれた小箱が蓋を開けて置かれてある。
中を覗くと一口大の胡麻団子が2つ、並んでいた。
「綺麗ですねぇ…!どこかで買ってきたのですか?」
思わず箱を手に取った。
「…一つ、食べてみろ」
「…はい…?」
「いいから早く」
萬木は不思議に思いながら、言われるがまま団子を一つ食べた。
口の中に餡の甘さと胡麻の香ばしさが広がった。
「美味しいですよ」
そのまま飲み込む。
団子が腹に達した時、突然体に衝撃が走った。
頭の中で銅鑼が鳴り響く。
焼けるような痛みが腹部を襲う。
息が乱れ、手や足の感覚が徐々に無くなっていく。
痙攣が激しくなった。
萬木は咄嗟に懐から小瓶を取りだし、口に粒を放り込んだ。
暫く咳き込むと、呼吸がいくらか穏やかになった。
萬木は目の前にあった茶を一気に飲み干した。
「やはりか…」
皓玻は独り言のように呟いた。
「かっ…魁帥…これは一体…どういう…事です」
その声は掠れている。
「これを俺に贈ってきた奴がいる」
体が硬直した。
思い当たる人物は、一人しかいない。
「も…もしや…」
萬木は冷や汗を浮かべる。
「そう、椈扇だ」
予感は的中した。
「ま、まさかここまでするとは…」
「全くだ、侮れん」
皓玻は鼻を鳴らした。
「蓋を開けた時、違和感を感じてな。試しに一つを食わせたら…この有様だ」
言うと床を指差す。
その先には寝息を立てて倒れている羽丹の姿があった。
「流石に怪しくなって、二つ目をお前で試してみたという訳だ」
「…私を呼び出したのは毒味の為だったのですか!」
萬木は憤慨した。
「奴なら殺す程度の量を入れてもおかしくないだろ?」
「仮にそれで私が死んだらどうするつもりです…!」
「お前は大丈夫だ。常に薬を持っている。だから食わせても死ない自信はあった」
得意気に言う主の言葉に、萬木の胃が軋んだ。
「…残るは最後の一つだな」
皓玻は指を折る。
「眠り薬、麻酔、ときたら…」
「…毒、ですか?」
一時、沈黙が流れた。
「…最も危険な奴じゃないか…」
皓玻は頭を抱えた。
「…魁帥、ここは貴方が始末を着けるべきです」
上から降る冷静な声に、咄嗟に顔を上げる。
「自ら罠に突っ込めと?」
「人に食べさせておきながら自分だけ逃れようなんて、私が許しませんよ…!」
恨みがましい目で見つめる。その凄みに思わず圧倒された。
長い葛藤の末、観念したのか皓玻は箸を手に取った。
「…葬儀の手筈はこちらで整えますので、ご安心を」
「うるさい」
刺すような一瞥を送りながら菓子を摘まんだ。
暫く睨み合い、短く息を吐くと一息で口に含んだ。
眉を顰め、ゆっくりと口を動かす。
十分に咀嚼した後そのまま飲み込んだ。
「何もない…」
体に違和感が無いか確認すると、不意に笑い声を上げた。
「一つだけ当たりという訳か。なるほど、なかなか面白い」
空いた箱を見つめ感心したように言う。
「自分が無事だったからそんな事をおっしゃっているのでしょう?」
呆れたように言うと萬木は新しい碗に茶を淹れた。
「まぁな」
にやりと笑い、茶を啜る。
その数刻後、青年は倒れた。
「萬木はん。ウチなぁ、皓はんにお菓子にあげたんやけど、何か言ってへんかった?」
「こっ、…個性的な味だったとおっしゃってましたよ」
「まぁ、嬉しい!ほなもっと作って差し入れせんとなぁ…♪」
「…」
魁帥、申し訳ありません
見せかけ
見かけによらず、危険
***
バレンタインネタ。
最後の団子は時間差で出る毒でした。
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