「数式とかそういう形式的なもんで何でも説明できると思っているのなら、今すぐ張り倒してあげるから」
 毛を逆立たせたレパルダスのようだと評するには生温い。髪の一筋一筋にも神経が通っているかのように思えるほどの怒気を発する。激烈を孕んだ青い瞳は、閃光を放つようだった。
「理屈っぽいのは嫌い。納得のいくように口先を動かしたら、皆が納得してくれると思ってるの?そんなクッソめんどくさいのはあたし知ったこっちゃない」
「君は僕に何を期待する?」
「期待じゃない、要求よ。分かる?あたしがアンタから聞きたいのは、言い訳じゃい。本音だ」
言って。今ここで、あたしの目を見ながら。トウコの声は、澄んでいるのに低く響く。二人を空気に張り付ける。狭い球体の部屋の中では、音は霧散せずに身体に染み込んでしまうように思えた。逃げ場はない。逃げ道だなんてものはここに用意されていない。
答えるべき返答は二択であり、絞れるのは一つにだけ。
「……そうだよ、僕はトウヤが好きだ」
Nは二択から一択へ絞り込んだ。本心から選びとった解答は、残りの二分の一と、それに連なる全ての可能性を捻り潰した。その数は幾億だっただろうか。
その返答に、「でしょうね」とトウコは睥睨した視線を言葉の渦中にくべる。Nは視線を受けて軽く俯き、横に髪を移ろわせ、前を向いた。萌木の色は相変わらず光を映さないが、何の成長も無しに葉を伸ばしたわけではない。したたかな根を張る力を新たに持っていた。
「これで満足かな」
「えぇ満足。とっても満足だから、このままアンタにさようならしてほしいくらい」
逆立つような茶髪をさっと掻きあげる。窓の外を見下ろすように首を傾げた。
「解っていた。アンタがトウヤを好きになってるのは。無駄に白黒つけたがる癖を持つアンタは、好きか嫌いかでものを決めるだろうと。そうなった時トウヤをどう見るかだなんて、それこそ白黒はっきりしてた」
「……僕は君の、そういう歯に衣着せぬところを好きだよ」
「でもトウヤでは、トウヤのあらゆる二択は、好きの一択でしょ」
トウコはギッと座席を軋ませた。改めてNを見据える、姿勢は真っ直ぐに。
「トウヤが許しても、アタシは許さないよ。」
「――それは、」
「アンタがトウヤと好き合うのを、あたしは許さない。アンタがトウヤを好きで、トウヤはアンタを好きでも。アンタがトウヤを好きで、トウヤはアンタを嫌いでも。許さない、絶対にね」
「それは、なぜ。君の合意は関係ないよ。もしトウヤが僕を好きでいてくれたら合意に基づく。他者の他意の介入の余地はないはずじゃないのか」
「…あは、アンタは勘違いしてる。どんなに理屈でトウヤを丸め込んでも、意味はない。トウヤだけ懐柔しても無駄。あたしがアンタに頷けなければ駄目なの」
「それは君の傲慢だよトウコ」
「あんたの錯誤よ、N」
にたぁと、微笑んだ。邪悪であるのに幸せそうな笑みだ。それは穏やかでありながら薄幸げに笑うトウヤとはあまりに対局だった。
「あたし達は二分の一ずつの存在だ。つまり二人で一つの姉弟なわけ。
トウヤはあたし自身であり、あたしのトウヤものなの。あたしの合意なくして、アンタには渡さない。」
笑うトウコの言っていることは、出鱈目だった。理屈が通っていない。双子は二人で一人、合意や権利さえ二分されるなんて、目茶苦茶だ。
自分の理解の範疇を逸した突飛な異論に直面した時、出来ることは少ない。あまりの異常識に、Nは思わず声を飲み込んでしまった。
「さ、そろそろ地上に着くね」
 トウコはそんなNを見て肩を竦めた。
「確かめればいいの。アンタが好きで、トウヤも好きなら、それで幸せになれると思うなら。アンタの選択を貫いたら?」
係員の男がドアに手をかける。一時空を味わった金属の塊は遊具としての存在を地面に降ろした。とは言え地上に戻るのはほんの僅かな時間で、再び空の遊覧に戻っていくだろう。
しかし乗っていた人間は、もう一度上空へ戻っては行けない。「またのご利用お待ちしております」と笑った係員に促され、階段を降っていく。二人揃って。トウコは足取り軽やかに先を歩いていた。
 彼女の柔らかく豊かな髪が揺れる向こうに、見知った少年が見える。律儀にも分かれた場所でずっと待っていたらしいトウヤは、こちらを見てほっとしたように微笑んだ。
Nは、笑えなかった。確かめるにはひどく恐ろしい確率を、目の当たりにしかけていたから。





X分の1





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