ずたずたに裂けたジーンズの切り口から素肌が覗く。見慣れた軽装に身を包む彼は、しかしいつもと様子が違った。彼自身の表情や言動に不自然はない。だが、明らかに異常である。彼は平然としながら、身体中に怪我を拵えていた。
大きな出血はないようだが、痛々しい生傷が多数、目に余る。抉れるかのような擦り傷。小さなものから、広範囲に渡るものまで。こういった類に弱い者なら「痛い痛い」と目を逸らしたくなる程度には、負傷している。
しかしレッドは何ともないとばかりに冷ややかな面差しのままだ。その上「こんにちは」だなんて平然と片手を挙げた。
「…レッド君、どうしたんだその格好は」
口を出さずにいられるわけがなかった。
「…気にしないで。それより、ちょっとシロガネでこの間おもしろいものを見つけ…」
しかし、やはりと言うべきか。彼はそんな口頭をさらっと受け流した。そう言われても気にせずにいられるわけがないと、決まっているのに。
執務席から立ち上がり、足早に彼の元へと歩み寄る。ドアの前できょとんとしている様子は、なぜ俺が目の前に近寄ってきたのかと不思議そうだ。その表情に半ば呆れながら、手首を掴む。やんわりと引き摺る体になりながら、ソファへと引き連れた。肩に手を載せ、強引にソファに座らせた。
「どうしてそんな怪我を?」
大人しく腰掛けた彼を後目に、部屋に備えられた戸棚に手をかける。
「思ったより冷えていたから、岩肌が」
「……そうかい」
大分短絡だが、訳するにおおよそ『予想よりも外気が下がっていたため岩肌が氷結し、足を滑らせた』といったところだろう。
棚から救急箱を取りだし、彼の元へと戻る。
「さ、傷を見せて」
「……?」
「消毒するから、ほら」
小さな怪我も放っておけば悪化するに違いはない。
「大した傷じゃないんだけど」
そう首を傾げた彼には、自身の弱味をさらけ出すとか頼るとかそういった観念はないのだろう。彼にとっての弱味とは、ポケモンバトルに関するものでしかないに違いない。このへやに入ってきたときもそうだ。恐らくはポケモンに関する用で訪ねてきただけであって、怪我をしている事実は何ら鑑みていなかった。怪我を誰かに見せるという行為に、一切の利得や意識がないのだろう。それはレッドらしくあるが、度合いが過ぎるようにも思えた。
「いいから、」
「……」
まぁつまりそれは怪我自体に興味がないということでもあるので、そう拘ることなくあっさりと傷口を差し出してくれたわけだが。
因みに、この部屋水道口はない。であるからとりあえず、ガーゼにミネラルウォーターを含ませ、晒される傷口を軽く拭った。
「大きな怪我をしてからでは遅いんだ」
 彼の身を擦ったのが大きな怪我ではないのが、まだ不幸中の幸いだった。適切な処置さえしておけば、若い彼なら傷跡ひとつ残さずあっという間に自己治癒してしまうだろう。
――しかし素直に安堵は出来ない。小さなことに注意できないようではいつ大きなミスを作ってしまうやら。それが心配でならなかった。とは思ってみても、こんなささやかな傷では、叱るに忍びない。いっそ、切り傷でも作ってくれたら。そうすればくどいほど徹底的に注意を言いつけられる。そうしてから、底抜けに労ってあげられるのに。思わず溜め息を吐く。
 だがレッドはそんな気持ちなどつゆ知らずとばかりに、首を傾げた。
「大丈夫」
なぜ溜め息を吐くのかと疑問さえ浮かべているようだった。
「どうして」
「だって、ほら」
レッドは俺の手をとんと軽く叩いた。
「その時はワタルに手当てしてもらえば、平気」
でしょう?とばかりに上目を使った顔に、真顔で対面してやる。仕方がなかった。なぜなら、なんとか真顔を繕わなければ、みっともない醜態を即座に晒してしまう自信があった。はぁ、全く。この少年ときたら、まるで身勝手というか、人の気も知らないでというか。どうせ俺のことなんて、暇潰しの便利な年長者程度にしか思っていないが故の発言だろうに。そのくせ頼ってくれているのかと期待をさせるような発言をしたのは、無意識か、故意か。勿論言うまでもなく前者なのだろう。あぁ、質が悪いったら無い。
 真っ赤な瞳へにっこりと微笑む。そして半ば八つ当たりで、傷口に思い切り消毒液を吹き掛けてやった。





傷口に砂糖を塗り込む





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