古いアルバムの中にたとえ私の顔がないとしても、探さないで欲しい。
「いなかったことにされるくらいなら、最初から存在したくなかったわ」
吐露した言葉に嘘はない。さようならというにはあまりに浅いお別れを前にしてとれる態度は、極々限られている。
「あたしね…指先から解れるように消えていくドラマよりも、全身が光に散っていく映画のほうが好きだった。一筋の糸屑になって登るよりも、あたたかい日差しに溶けていくほうが幸せ」
彼は困ったように笑った。
「俺はそうは思わないよ。糸屑だとしても一筋に解れていくのなら、また紡ぎ直せる」
「そうね、そうとも思う。でもそれはあたしではない」
 どうかお願いよ。思い出なんて曖昧なものは、信じないでいてね。記憶は毎日書き換えられる。確か、そういえば、こうだったかな。そんな推測と憶測は真実を湾曲させるから。必要のないものは自然に薄れていって消えてしまうから。確かな私を思い出せないのならそんな私はいらないということ。以前と異なる私は、私と異なる人間でしょう。
「知ってる?あたしあなたのことを好きなの」
「知ってる、俺もお前のこと好きだったから」
「本当?やだ、知らなかったわ!そっか…ねぇあたしのどこが好きだった?」
彼は私の髪にそっと触れた。
「髪。透けると水晶みたいだから」
水晶みたいと言わしめるだけの、色素の薄く固い輪郭を持った私の髪。私の名前を象徴するのか、名前がそれを象徴するのか。
「そう、じゃあ今度はもっと暗い色がいい」
「何で、俺は好きなのに」
「次のときは髪以外も好きになってもらいたいから」
「無理だよ」
敢えない即答に「最低」と笑った。
でも好きだった。
「ねぇ、またね」
笑って消えていく私の笑顔は、永遠に私だけのもの。どこにも映らない、あなたの目からもいつか消えていく。
古いアルバムの中に私が見つからなくても探さないでいい。――新しいページに新しい私を、縫い止めてくれたらいいから。





風化する一頁





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