「お前、消えてしまうらしいな」
きらきらきら。ダイヤモンドダストが輝く。厚い雪雲の合間を掻い潜って一筋だけ差した日の光が、凍てついた空気を照らす。
ダウンジャケットを羽織っても寒い。外気に晒された顔から、全身が凍ってしまいそうだった。しかし隣に立つレッドは、薄いインナーに半袖の上着。擦り切れそうなジーンズ、指の先がさらされた手袋、どう考えても異常だった。
寒くないのか、とは訊かなかった。
 レッドは俺の質問には応えない。それを分かっていて、俺は話し続ける。
いいんだ。かえっては来ないが、届いてはいる。
「所謂、成仏ってやつだろう。その未練が拭われたら、もうこの世に用は無くなるんだろ」
触れたら掻き消えてしまいそうな白い肌を、捕まえておきたくて手を伸ばした。しかし掻き消える以前に、この手はレッドに掠めることもできなかった。肌が触れあったと思った刹那、レッドの肌は半透明になる。
確かに此処にあるようで、決して其処には無い。
物質と精神は決定的にすれ違うのだ。俺はレッドに触れられない。肉塊引きずりながら呼吸する俺と違って、レッドはこの上ないほど身軽なのだ。身体なんて箱は必要ない。精神だけが形作る。レッドは死んでいる。
「あぁもうすぐゴールドがくるよ」
レッドはそうとだけ言った。雪に流されないのが不思議なくらい、曖昧で幽玄だった。
「ゴールドに負けたいか」
尋ねたが、レッドは応えなかった。
レッドは決して、俺に返事を返さない。レッドと戦うことの無い存在に、何か感慨を抱くことがないのだろう。抱くことすら、出来ないのだろう。ただ勝敗のみに固執する。そして究極の敗北を追う。今のレッドは、そういう概念的な存在へ昇華されているのだ。
 レッドの身体が、ちらりと氷雪にきらめいた。
がらがらと硝子が崩れるような痛々しい雪景色の向こうに、人影が浮かぶ。
「お前は負けたいのか」
盗み見るように、赤い瞳を伺う。
存在は透けて曖昧だ。けれどその眼差しは、痛いほどに確固とした輪郭を成していた。生きていた頃のように。それよりも尚眩しいほどに。何を思っているか永劫に知ることの出来ない瞳には、後輩の少年が反射している。
「……嘘だ、悪かった。俺はお前を分かってるよ」
分かっている。お前は、満足したいんだ。
 でも、悪い。素直に謝る。なぁ俺は、お前に満足して欲しくないんだ。俺の我が儘だって分かっている。お前の唯一の価値を横取るような真似して、ごめん。でもそうでもしなければ、お前はいつか俺の前から消えてしまうだろう。
お前にとっての満たされた気持ちは、俺にとっての深い傷跡になり得る。お前が縛られる代わりに、俺は安息に溜め息を吐く。
 レッドを差し置いてゴールドの前に憚る。俺はボールを放るや否や、指示を出す。レッドが消えてしまう可能性を全力で潰しにかかった。




地縛心





110220
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