9.からの続き

 レッドはそこにいた。普通に、至って平然と洞窟にこもっていた。シロガネ山の洞窟は開けているもののやはり洞窟らしくぼんやりと暗い。しかし俺はレッドの妙に白い肌と原色の服を身に付けるのは慣れっこだから、簡単に視界に捉えられた。どこも変わりない様子に、安心と呆れの溜め息が漏れる。怪我をしたか、予想外の危難でもあったかと心配したが杞憂だったようだ。なんだ、何ともないのか…。そしてそうと分かれば、すっかり忘れていたイライラが再び込み上げてきた。なんだよ、なんともないならじゃあ何で降りてこないんだ。
怒りに任せてずかずかと歩み寄る。
「おいレッド!」
怒鳴るようにして挨拶がわり。だがレッドの返答はない。それどころかそっぽを向いてこちらを向こうともしない。無愛想が基本みたいな奴だけれど、名前を呼ばれれば返事くらいはするのに。レッドはなぜか洞窟の奥を見つめるように、背を向けたままだった。
「おい、シカトか」
マジで返事がない。
…大丈夫。最近は無かったけれど、シカトされるの幼い頃にはよくあったから慣れてる。レッドは気分で返事をしたり、しなかったりな奴だった。こういう時の対応は、反応せざるを得ない言動を示すこと。となると俺に出来るのは挑発だった。
「は、お前バレンタインデーなのに寂しいやつだな!こんなとこで相変わらず引きこもりかよ」
「………」
「俺なんか今日は山のようにチョコレートもらっちまったぜ?やっぱりモテる男は辛いよなー、もうプレゼント余っちゃって余っちゃって。だから昨日お前に電話したのに。お前がジムに来たら、チョコレートの片付け手伝ってもらおうと思って?」
しかしどうしても返事がない。
あれ?…これはおかしい。
「なのに何で今日降りてこなかったんだよ」
「………」
「なぁマジでシカト?」
いい加減焦れったくなってきた。多少強引だけれど、肩でも揺さぶって振り向かせようかと考える。
するとレッドは突然立ち上がった。
「うわっ、いきなりなんだよ」
またしても返事はない。レッドは俺を無視してすたすたと洞窟の奥へと歩いていく。後ろ姿はあっという間に遠くなる。
やばい、俺は洞窟の中はよく把握していないから、奥に行かれたら困る。
慌てて後を追おうとした。しかし、追おうとした次の瞬間には、既にレッドはこちらへ戻ってきていた。だがその手には何かが抱えられている。
戻ってきたレッドは、無言でその荷物を下ろす。それは体の半分はあろうかというサイズの、大きな段ボール箱だった。続けてカビゴンが同じ段ボール箱を3つ下ろす。
「何だよそれ」
「チョコレート」
「えっ」
「これ全部、俺の」
「はっ?」
一瞬思わず、唖然とする。大きな段ボール箱4つ分のチョコレート。それがレッドと結び付かなかった。
「バレンタインデーとか知らなかったんだけど、なんか貰った」
「だってお前こんなとこにいるのに、なんでチョコなんか」
「リーグの人が持ってきた。俺宛に、リーグに届いたって」
レッドはさらりとそう言って、チョコレートの山を物色する。慌てて覗き込めば、段ボール箱の中はきらびやかなラッピングでいっぱいに満たされていた。
「マジかよ…これ、みんな…?これとか結構値の張るやつだし…、これなんかどう見ても手作りじゃん」
某有名店の高級チョコレート。それも明らかな義理用のお手頃タイプとかではなく、本命向けのシックで洒落たラッピング。または手作り感の溢れる、丁寧でかわいらしいもの。等々、形や風情は違えど、どう見てもバレンタインデーを意識したプレゼントばかりだ。
正直、予想外だった。まさかレッドがチョコレートをもらうだなんて考えてもみなかった。だってこんな辺鄙な所にいる奴に誰がチョコレートを渡せると思う?リーグを介してプレゼントという発想をした人に成る程なと頷きたくなるくらい、俺は第三者がレッドにチョコレートを渡す手段を見限っていた。バレンタインデーを知らないレッドが、俺の諸々を疑って確認のために山を降りてくるという作戦。そんなもの、山を降りる前に自分がチョコレートを受け取ってしまえば疑う余地がなくなる。俺の立てた作戦は、前準備をした段階で既に失敗していた。
それでも、それでもだ。レッドが山を降りてくる可能性はまだあった。バレンタインデーを確認したら、俺の異性からの人気を確認しにきてもおかしくないはずだ。なのに、なんで降りてこなかったんだ?俺がモテることなんてどうでもいいのか。はたまた俺の人気を知っているからか。
 レッドはチョコレートのひとつをかじって、笑う。綺麗な円を描いたトリュフが歯形に小さく欠けた。
「こう見えても俺、モテるみたいだね。シロガネ山ひきこもりだけど」
その台詞に俺は思わず呻いた。
 すっかり大事な要素を、軽く見ていた。そうだこいつ、ポケモンバトル以外に興味がないような単純なやつだけど。それと同じくらい、とんでもなく負けず嫌いなやつだった。そんなレッドがとる行動なんて、限られてる。
大体おかしいんだ、リーグから届けられたとはいえあのレッドが山のようなチョコレートを何の遠慮もなく受けとるなんて。バレンタインデーが嘘じゃないとわかったら、俺の人気も疑わない。そうしたら俺と張り合おうと考える。それでこの結果だ。
 もくもくとチョコレートを口に運ぶレッドを見て、俺はこっそりと拳を握りしめた。そのまま、レッドにやるつもりだったチョコレートも握りつぶした。こんな雰囲気で、真剣な告白に流れをもっていけるわけがない。
初めての本命バレンタインデーは、惨敗だった。





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110215
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