来ない、来ない、来ない。来ないったら来ない。待てど暮らせど、齷齪と働けど来ない。何故来ない?何故来ない!
 世のヤロー共が浮き足立ち一喜一憂するバレンタインデー。本命のあの子からチョコレートをもらえるのか、どれだけの人数からもらえるのか、いやもらえなかったらどうしよう…。好きな人からもらうことに意味があるはずなのに、その当日の期待と焦燥感はチョコレートをもらうこと自体に意味があるようにさえ錯誤させる。呆れるほどどうしようもない。けれど真面目な煩悩である。それらをひっくるめた恋の諸々が展開されるのが、今日という日の醍醐味だ。
とはいえ、本来それは俺にとって大して意味のないものだった。つい近年まで本命の女子は無し。自他共に認めるイケメンなので貰うチョコレートは山のよう。義理なんてものでなく勿論本命を頂戴する。ほら、問題なし。俺にとってバレンタインデーとは、毎年異性からの人気に安心するためだけのイベントだった。
しかしそれは去年のバレンタインデーまでの話。今年のバレンタインデーは、俺にとって通りすぎるだけの節目的なイベントではなかった。
「何で来ないんだ……レッドの奴!」
なぜなら、幼馴染み兼ライバルのレッド。俺はそいつに絶賛片想い中なのだ。
シロガネ山に籠る、変わり者で変わり者すぎるレッド。けれど変わり者だが好きになってしまったのだから仕方ない。気付いたら俺はレッドのことばかりを気にかけていた。好きになったのが同性だということは大した問題じゃない。レッドはポケモンバトルに関すること以外にあまり興味がないから、同性愛だということは気にしないだろう。これは幼馴染みという経験からの確信だ。――それよりも問題なのは、レッドが俺の告白を真に受けてくれるかということだった。ポケモンバトル以外に興味がないその性格はつまり、恋愛ごと自体に興味がないという可能性が高いのでもあるからだ。
下手な告白したら絶対スルーされる。
かと言ってあっちから振り向いてくれる可能性はほぼゼロ。
そこで俺が考えたのは、逃げ道を塞いでしまおうという手段だった。どう考えても恋愛イベントな日にどう考えても告白としかとれない告白をしてしまう。そうすれば冗談だと流されてしまう可能性は低くなる。それでもってレッドはポケモンバトル以外に大した興味がないのだから、なぁなぁで俺のペースに持ち込んでしまえば、こちらのもの。
そしてそれにぴったりなのが今日バレンタインデーなわけだ。
 俺は予めレッドに告白するための手筈を整えた。
年中シロガネ山に引きこもるレッドは、余程の用が無ければ下山しない。そこで考えたのは、レッドを軽く挑発するというものだった。元々俺達は幼馴染み兼ライバル。特にポケモンを貰ってから出た旅の間は競い合うライバルとしての面が顕著だった。それを再び引き出そうと思ったのだ。俺がバレンタインデーにチョコレートをたくさんもらっていると知れば、レッドは張り合うに違いない。張り合うまではいかないとしても、俺に自慢されて平然としていられるほどの冷めた態度をまだレッドは獲得していないはずだ。そこでレッドはきっと、山から下りてくる。俺が本当にチョコレートをもらっているのか、どれだけもらっているのか確かめにだ。そして。そこで俺は、すかさずレッドにチョコレートを渡す!そして今日という日の価値を目に見えて示しながら、真剣に告白するのだ。
俺がふざけていると疑われる余地はない。逃げ道を塞いだ、完璧な作戦だ。勝てる!
と思っていたのに。
 レッドは来なかった。
俺はトキワジムでずっと待機した。バレンタインデーということもあってか挑戦者はろくにやって来なかったから、ひたすらにレッドを待った。なのに来ない。時間と共に、貰ったチョコレートは着々と蓄積していく。けれどレッドは来ない。作戦は台無しだった。
「何でだ……何で来ないんだよあのヤロウ。絶対来ると思ったのに!いや、ていうか来なくちゃおかしーんだよ!レッドがあんな俺に露骨に挑発されてのってこないはずがないんだ!」
頭をかきむしって唸った。イライラした時は糖分をとるといいわなんていう姉ちゃんの言葉が浮かんだけれど、生憎チョコレートに手をつける気にはなれなかった。俺はチョコレートを食べるよりも、渡して告白してレッドとどうにかなりたいんだ!
「……まさか、何か来れねー事情が?」
そこではっと嫌な考えが浮かんだ。
あれだけ挑発しておきながらレッドが来ないのはおかしい。それはつまり、何か山から降りてこられない事情があるのかもしれない。そう一度考えてしまうと、いてもたってもいられなかった。
 この際仕方ない!ジムの裏口を通り外に出る。ピジョットをボールから出すと、早急に飛び乗る。
目指す先は勿論、シロガネ山だ。





背後に広がる作戦失敗





110214
10.に続きます
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