季節はすっかり冬に染まった。乾いた水の色をした空には雲一つないのに、陽射しは儚い。無遠慮にそこいら中を吹き抜ける風は痛く鋭い。街行く人は皆、びゅうびゅうと北風が鳴く度に肩を竦め、足早に過ぎ去った。勿論俺も例外ではない。寒さは嫌いだ。理由なんて、『寒いから』で全てを表せるくらいに、嫌いだ。しかし生憎と羽織ってきたの外套は薄手の黒いトレンチコート一枚のみだった。あぁもっと厚手のものを手にとればよかったのに。慌てて家を飛び出した今朝の自分を省みてはうんざりした。いや、しかしもう過ぎたことだ、仕方ない。過去の失態や苦痛に縛られがちなのは悪いところだと分かっているが、そう簡単には直せない。とりあえず少しでも寒さに触れたくなくて、両手を左右のポケットの中へ捩じ込んだ。風避けになるかと立てた襟の隙間から滑り込む冷たさが煩わしく、雑に掻き寄せた。自然な吐息さえもが白いのに、思わず目を移ろわせる。
 するとその吐息の向こう側に、見覚えのある姿を捉えた。
一瞬、見間違いかと思い視界が瞬く。帰路に忙しなく流れゆく雑踏の中、立ち止まって目を凝らす。するとどうやら相手も同じことを考えていたらしく、こちらを一切遠慮なしにまじまじと凝視していた。もしかして。あぁ、そうだ。あれは、間違いない。そう思うと同時に、あちらもまたひとつ頷いて歩き出した。
やぁ、とばかりに互いに慣れた手つきで手をあげる。まるでつい昨日にでも会ったかのような挨拶ではあるが、実際は久方ぶりの再会だ。
「久しぶり、シルバー」
ゴールドはにこりと快活そうに笑った。
街の中にも自然に溶け込んでいた彼は、旅をしていた頃の原色鮮やかな衣服とは違う、落ち着いた色の短いピーコートを着ている。襟元にはマフラーを巻き付けていて、冬らしくありながらも俺とは違い温かそう格好だった。
そして、その隣にもう一人。特に挨拶の言葉は出さないが、にっこりと笑ったコトネが並んでいた。こちらは以前の名残を残してか真っ赤なコートを着ていた。
恐らく傍目からこの二人を見たところで、誰も彼らがリーグ関係者と有識のトレーナーであるとは気づかないだろう。そう思えるほど、ゴールドとコトネは街の若者の中で同じように冬に馴染んでいた。
 あまり口を開かないのが自然であるコトネを尻目に、ゴールドはどこか楽しげに言った。
「いつ以来かな、暫く見なかった」
「最後に会ったのは昨年…いや、この間新年を迎えたばかりだから、一昨年か。」
「一昨年!それは随分久しぶりだね…シルバー、俺から連絡しても返信が無いからさぁ」
「お前と違って暇じゃないんだ」
敢えて仏頂面で宣ってやると、ゴールドは「だろうさ」とくつくつと笑った。
「けどさ、どうしてコガネに?」
「リーグからの依頼で、各街のトレーナーの統計をとっていた…今日はコガネで」
「へぇ…いやぁ、それは随分と、シルバーも立派になったもんだね」
「フン……もう互いにいくつだと思ってる」
「それもそうだ」
「そうか、もうそんな年だよなぁ」と感慨に耽った様子のゴールドの面差しは、すっかり青年のものだった。初めてあった頃には頑固な寝癖だと思っていた前髪は、その剛毛な跳ね具合を落ち着かせて綺麗に流れている。「まだ十代なのに」と首を傾げたコトネもまたすっかり大人びていると、内心思った。

「これから帰り?」
 しげしげと上下させる視線をよこしながらゴールドは言う。
「あぁ。今日の分は終わっているし、それ以上に外は寒くていられないからな」
「最近すっかり寒いよね。まぁ氷タイプの技に比べたらマシなのかもしれないけれど」
「おい、比較対象が違うだろう…」
「そう?」
呆れながら、それでお前達は?と尋ねる言葉を、口にするか迷った。言っても、言わない方が、いや、…変わらない。迷っている間にあちらから告げられた。
「あっ、俺達はこれから食事に行くんだ。…えーっと、あの、あそこ」
「…シルバー君知ってる?コガネデパートの奥の方に出来た、レストラン」
「…知らないな」
ただでさえ、コガネシティに何があるのかよく知らない。リーグから任された調査は一定の位置で行えばいいものだから、街の中を把握しようと探索に回ることはない。知っていることと言えばゲートの位置にポケモンセンターの位置と、ラジオ塔くらい、だった。しかしそれでさえ今確実にたどり着けるか自信はない。
「シルバーも一緒に行く?」
「興味がない」
「相変わらず愛想がないなぁ」
「放っておけ。」
「そうは言っても、」
顔をしかめるゴールドの袖を、コトネが小さく引いた。
「ゴールド君、時間…」
「えっ、あっ……本当だ、もうこんな時間?」
ゴールドはポケギアのパネルをタッチすると、さぁっと顔色を変えた。どうやらレストランは予約式で、しかもその時間が迫っているようだった。
「…さっさと行ったらどうだ」
「うん、じゃあまた。今度は返信してよ」
「気が向いたらな」
「ごめんね。またね、シルバー君」
「…あぁ」

振り返りながら手を振り、二人は人混みに紛れていった。それを完全に見失う前に、さっさと踵を返す。
 愛想が無いと言うゴールドの指摘。そんなことは、当たり前だった。
調子に乗っていた幼い頃の俺にまともに接していた奴は、数えるほどしかいない。あの二人は、その数えの中の貴重な二人だった。成長した今、その重みは少なからず理解している。特別な感情がないはずが無い。その感情がどういったものに分類されるかは分からないが、確かに、それぞれに対して何かしらの好意を持っていた。今、尚。
だからこそ、二人の絡められた親密な腕を見て、平然としていられるはずは無かった。もし二人に何の感謝も思いでも持ち寄らなければ、組まれた腕を冷ややかに見られただろう。もしくは、わざと指摘してやったり、単刀直入に祝ったのだろう。しそんな余裕は無い。せいぜい出来ることと言えば、あの頃よりも少しばかり口端を緩めること。仏頂面と皮肉に満ちていた表情を、少しだけ柔らかく覆ってみせる。
それより他に、俺は自分の心情をうまく宥める方法など、知らなかった。





はりつけの思い出





110209
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