それは半ばヒステリックのよう。或いは発狂したような悲鳴だった。甲高い嘆きが、否が応にも鼓膜をビリビリと揺さぶる。この世の終わりか絶望を目の当たりにしたかのように、トウコは泣き叫んでいた。
その内容は、この通り。
「どうしようどうしよう?!トウヤと喧嘩しちゃった!!トウヤすっごく怒ってたぁ…、どうしようあたし、トウヤともうお話出来ないのかな?!やだ!もう、どうしたらいいのか分かんない!」
それだけを一気に吐き出してボスンとクッションに顔を沈めて、それきりトウコは沈没した。以降、布と綿の隙間から嗚咽と啜り泣きが漏れる。けれどそれだけ。一向に浮上してこない。
僕とベルは唖然として顔を見合わせた。
「何があったのさトウコ。君がただ泣いてばかりじゃ、僕らはどうしたらいいか検討もつかない」
「ね、トウコどうしたの?トウヤと喧嘩したの?」
ベルがトウコの肩をそっと揺さぶる。けれどトウコは泣いてばかり。肩を震わせながらクッションをぎゅうぎゅうと抱き締める。トウコが蹲っているのはベルのベットとクッションなんだけれど、それを注意するような空気じゃあない。
ベルは丁寧に、且つ根気よくトウコの背を撫でながら尋ねていた。どうしたの、泣かないで、トウコがそんなに泣いてるとあたしまで悲しくなっちゃうよ、深呼吸しよう。等々。どこか抜けているところがあるように見えるけれど、ベルはああ見えて面倒見がいいし、何より思いやりがある。決してトウコを責め立てたり急かすような強いことは口にせず、宥めていた。
「トウコとトウヤ、すっごく仲良しだよね?なんで喧嘩しちゃったの?」
「……うぅ……」
暫くすると、トウコはぽつぽつと口を開き始めた。しゃっくり混じりに、顔はまだ埋めたまま。
「あのね、」
「うん」
「あたし達、もうすぐ冒険に、出るでしょ?」
「うん、そうだよ?」
「そうだね」
ベルと僕は頷いた。
このカノコタウンで研究所を構え、ポケモンの研究をしているアララギ博士。その博士からポケモンをもらって旅に出る。誰もが一度は胸を高鳴らせる冒険を僕らは目前に控えていた。それはもう、明後日に予定されていることだった。
だからそのために、今日はベルの家に集まるという約束だった。旅に出る前に、色々なことを確認するといい予定だったのだ。準備しておきたいこと。何をしたらいいか、何をしたらいけないのか。それと、
「それでね、トウヤと、最初にもらうポケモンの話をね、したんだ」
――それと、最初にもらうポケモンについて、話すはずだった。
「最初は、楽しく話したよ。あたしとトウヤ、仲いいし、何のポケモンがいいかなって、さ、話したの」
でも、とトウコは大きく肩を震わせた。
「あたしとトウヤね、同じだったの。欲しかったポケモン、同じで、ポカブだったの…」
それを聞いてベルが疑問符を浮かべるように首を傾げた。
「うん?いいんじゃないの?」
「そうだね…アララギ博士は言ってたよ、僕らが同じポケモンを希望しても大丈夫なように準備するって」
最初に選ぶポケモンはポカブ、ツタージャ、ミジュマルの三匹。旅に出る僕らは四人だから、どう選んだって誰か二人はは同じポケモンを持つことになる。それは当たり前のことだったし、何の問題も見当たらないように思えた。
「うん、そうだよ、そうなんだけどね…あたし、トウヤに、ひどいこと言ったの」
「ひどいこと?」
「何て?」
「…あの、ね、」
トウコがまるで呻くように声を絞った。
「ト…トウヤなんかに、ポカブとか、似合わないって…言ったの…」
ベルは途端に、目をこれでもかとばかりに見開いた。「なんでそんなこと言っちゃったのトウコ?」と尋ねる細い声は今にも裏返りそうだ。僕はと言えば、声もなかった。だってトウコとトウヤは、とても仲のいい双子だったのだから。
「だってね、あたしとトウヤって、今までやることは一緒でも、選ぶものとかは、違かったから」
ゆるく波打つ髪を振り乱してトウコは泣く。
「びっくりしたの、トウヤが炎ポケモン選ぶとは思ってなかった、だからびっくりして、言っちゃったの」
「トウコ…」
「どうしよう、トウヤが怒ってるのなんて、あたし初めて見たよ。なんて言ったらいいのかなぁ…なんて謝ったら、トウヤと仲直りできるのか、あたし分かんない」
トウコは僅かにクッションから顔をあげる。ちらと伺えた瞳は、動揺しきっていた。
外見こそ双子らしく瓜二つだが、トウコは明るくて行動派。トウヤは大人しくて消極的。二人は性格自体は正反対だ。確かに、いかにも燃え弾けるような炎タイプを好みそうなトウコに反して、控えめに笑っている印象が強いトウヤが炎タイプを選ぶのは以外かもしれない。実際僕も、以外だなぁという感想を持った。けれどどんなに性格が反対でも、トウコとトウヤは本質が同じなんだろう。実際省みれば、大抵のやることの手段は異なっても出す結論は同じだった。だから同じポケモンを希望したって、別に不自然じゃない。トウコも動揺しているだけで、分かってはいるのじゃないだろうか。
二人は本来、仲のいい兄妹なんだ。だったら別に、悩む必要なんてない。
「ごめんって、言えばいいんじゃないかな」
「チェレン、」
「ちゃんと謝ったら、許してくれると思う。トウヤとは兄妹だろ?喧嘩くらいしたって、別に当然だよ」
「…そうだよ、トウコ。ちゃんとトウヤに謝らなきゃね」
トウコは俯いたまま、らしくなくおろおろと口元に手をやる。
「で…でも、何て?どうやって?今から帰ったらいい?もう少し落ち着いてから?」
僕は溜め息を吐いた。
幸い、まだ時間はある。予定は狂ってしまったけれど仕方ない。きっと冒険に出たらこんな話や相談をする機会も、今より減ってしまうのだろうから。そう思えば、惜しくさえある。
「仕方ないな、じゃあ明後日の確認をする前に、先に考えないと。トウコの、トウヤへの謝り方」
手伝いくらいはするから、と眼鏡を押し上げる。ベルがうんうんと頷く。
 そうしてやっとまともに顔をあげたトウコを見て、僕らは呆れながらも笑った。真っ赤に腫れた目元は、旅立つ前には戻るのかと心配になるほど。
全く、手の妬ける幼馴染みだというものだった。





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 でも、今に思えば。きっとトウヤはわざとトウコと同じポケモンを選らんだったのだろう。トウヤは、トウコと同じポケモンが欲しかった。僕はそう考える。
なぜならトウヤは、僕らと一緒に冒険を始めなかったから。
トウコとトウヤが喧嘩をした次の日、旅に出る一日前。トウヤは一人で、カノコタウンを旅立ってしまった。僕らに告げず、トウコにも知らせず、一人で博士からポケモンを受けとると姿を消してしまった。連れていったのはポカブだと博士は言っていた。
双子のトウヤとトウコはいつも一緒だった。けれど、トウヤはいつまでも一緒のつもりではなかったんじゃないのか。だから一人で先に発った。でもせめて、今まで一緒だったトウコと同じポケモンを持ちたかった。正反対の性質を持っていたからこそ、一人になるに際して敢えて。
 彼は今、どこにいるのか。イッシュを出ているということはないのだろうけれど、依然消息は掴めない。ベルと僕が苦心して助言した『ごめんね』。トウコがそれを口にする前に、トウヤはいなくなってしまった。





110208
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