そしてグリーンが追い付いたときレッドは既に、トキワのゲートを抜けた後だった。
整備されたコンクリートの上を颯爽と歩き去る。細くもしっかりと背筋の伸びた後ろ姿には、妙な気迫と潔さしかない。そのままシロガネ山へ帰ってしまうつもりだろう。帰ってしまうというのも変な話だが、今のレッドの安らぐ場所はあの山なのだから仕方ない。だからグリーンは、彼がそこへ行ってしまう前に、言っておきたいことがあった。
「レッド!」
 レッドの手持ちに空を飛ぶポケモンがいないのは不幸中の幸いだった。射程内まで走り込み、ぱっと手首を掴み引き留める。レッドはくん、引かれるように停止した。かつて悪の組織を一人で握り潰した少年が、ゆっくりと振り返り様に口を開く。「なに」の一言。シロガネ山の冷気を彷彿とさせるオーラが、瞬時に一帯を包んだ。
「いや、その……な、何で帰るんだよ」
「……帰りたくなったから帰る。いけない?」
たじろぐグリーンに対し、レッドはひたすらに冷ややかだ。
「いや、あぁ…、…だめだ。」
 だがグリーンは怯まなかった。
英断とは少々離れてしまったが、レッドの言葉を強く否定する。
「……は」
訝しむレッドに構わず、グリーンは掴んだままの片腕を引き寄せる。軽々と反転させて、正面に向き直る。何をするんだとばかりに眦を吊り上げたレッドを真摯に見つめて「俺、お前に話があるんだ」と告げた。
「レッド…俺のこと、気持ち悪いって思うかもしれない。でも俺自分に正直でいたいから、聞いてほしい」
「……う、ん」
レッドが気圧されたように瞬きをする。その中で光を宿す真っ赤な瞳を見つめていると、グリーンの喉はカラカラに渇いた。今までどんな女の子に告白してもされても、こんなに喉が痛くて心臓が破れそうになったことはなかったのに。
(でもそれは、俺が本当にレッドを、好きだから。)
そう思えば、言葉に詰まったりはしないでいられる気がした。
(誰かを好きだって思う気持ちに、性別なんて、関係ないんだ)
 一瞬の思考の中での一大決心。緊張を露にするような喉の鳴らし方をして、グリーンは口を開く。
「さっきの、嘘なんだ。俺、彼女なんていねーんだ」
「……え」
レッドが目を軽く見開く。グリーンは自嘲気味の笑みを浮かべ、肩を少し困ったようにすくめてみせた。
「俺、…自分の気持ちに整理がつかなくて、お前に本当のこと言えなかった。お前に嫌われたりしたらどうしよう、って思ってさ…あんな嘘吐いた。笑えるだろ」
「そんなこと、ない…」
「お前に好きな奴がいるって聞いて、俺、悔しかったんだ。お前に好きな奴がいることじゃない。お前に好かれている誰かが、いるってことが」
「あ、……それは、」
「レッド、あのさ。」
相手を掴まえる掌に、汗が滲む。
それを悟られないように、と願いながら、グリーンは告げた。
「俺、お前のこと好きなんだ。」
一大決心直後の一大告白だった。
「友達のはずの、男に告られて、俺のこと気持ち悪いって思うかもしれない。でも、俺、お前のことが好きだ。友達とかじゃない、恋愛対象として。抱き締めたりキスしたいくらい、好きなんだ」
 本来、今日こんな形で思いを告げるつもりはなかった。そもそも表す形さえ定まっていなかった感情だ。告白の言葉を事前に考える間なんてある筈がなかった。――脳内リハーサルに準備を重ね、きちんと段取りを踏む。出来れば自分からの告白は、レッドに対して告白をするのなら、すべからくそうでありたかった。
 だが突発的な告白の直後、グリーンの胸を去来したのは、つかえが取れたような安堵と清々しさだった。
相手の反応を予測して、保身のために予防線を張ったりしない。心から直接口を飛び出していく思いは、飾りのない本音だったから。
後は――後は、レッドの返事を待つだけ、だ。
 いっそ緊張しすぎて自分が滲ませる汗を意識する余裕もない。レッドの顔も、見れない。それでもグリーンは答えを促し求めるように、レッドの両手を握ったままでいる。この場で結論を出してほしい。
そう思った。
 ――が、次の瞬間。レッドがグリーンの腕を振り払った。
(え…)
投げ出された腕を、グリーンは茫然と見た。
フラれた。
やっぱり気持ち悪いか。
脳裏をサッと最悪の結末が過る。可能性としては両思いよりもそちらのほうが大きかったし、覚悟はしていた。それはそうだ。幼い頃から純粋に友達だと思っていた野郎から、邪な感情を押し当てられては。
「……レッ、」
謝罪を口にしようとグリーンが身を引こうとした。
 しかし、それはグリーンの早とちりだった。
レッドは掴まれた手を振り払った後――自分の両腕をグリーンの首に回し、飛び込むようにしてしっかりと抱きついたのだ。
グリーンの首筋を、すり寄る黒髪がそっとくすぐる。か細いアルトの声が、グリーンの耳朶をそっと震わせる。
「……俺も」
あまりに小さく、揺れる声。それは皆が知る無感情な彼の声色とはあまりに異なっていた。心地よい熱を吐息に混ぜたような、感情的な囁き。グリーンは幻聴かと戸惑った。思わず「今なんて、」と聞き返す。
「……俺もグリーンが、好きだよ」
レッドは恥ずかしそうに、顔を赤らめて告白に応えた。先程「好きな人がいる」とグリーンの家で告げたよりも、なお一層――赤い。
両思いに相応しく、幸せな雰囲気が漂い始めるが――実は、グリーンはその甘さにどっぷりと浸っているわけでは、なかった。
(……………あ、れ?)
何かがおかしい。
(レッド、柔らか……え、柔らかすぎないか?)
確か、自分は幼馴染みの男のレッドに告白したはずである。そう、自分がホモであるかという煩悶を蹴り飛ばして、グリーンは告白したのに。
なぜだろう。
抱きつくレッドの胸の辺りに、あるはずのない二つの柔らかな膨らみを、感じるのは。
 困惑するグリーンを余所に、レッドはグリーンの肩口に顔を埋めてぽつぽつと囁く。
「俺、男みたいだから……グリーンは俺のこと、そんな風に見てないって思ってた」
"男みたい"
みたいとはつまり、男のようだ、ということ。それは形容であって、決して事実を示す言葉ではない。イコール、レッド本人曰く、レッドは男のようだ。だが男ではない、と。
「嬉しい、グリーン…」
「…え、あ、俺も…すげぇ、嬉しい、……」
ぎゅうぎゅうと柔らかな身を寄せるレッドに、グリーンは遠慮がちに手を回す。常々頼りないとは思っていた腰の辺りをそっと支えてみる。
すると明らかに男の胴回りとは異なる、細くてなめらかなくびれが存在した。
あぁ、あぁ、これは、どういうことだろう。つまりレッドは、レッドは男ではなく――。グリーンは混乱しながらも、条件反射的にレッドをしっかりと抱く。
(だって俺は、レッドが男だと思って俺ってホモなのかと思ってそれでもレッドが好きだから告白してでもレッドは、女、あれ?…いいのか?ん?)
 頭の中は滅茶苦茶だった。しかし可愛らしく抱きついてくる"彼女"の拙い腕を自覚すれば、困惑はどこかへいそいそと引っ込んでいった。男かと思いながらも決死で告白し、しかし実は女で両思い。グリーンにとって大どんでん返しの急展開だった。――しかし、レッドと思いが通じあったことに違いはない。何はともあれ、片想いは両思いへ成就したのだ。
そしてグリーンは、実った恋心を相手ごと抱き締めたのだった。





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