ガタンガタンと時折レールの繋ぎ目に触れて、車体が揺れる。吊革が小さく震えて、まるでメトロノームのように調子よく左右している。電車は何度も同じ動きを繰り返す。その表情は見ていて中々面白いのだけれど、中毒性のあるものではないので暫くすれば飽きてしまう。地元の下車駅まではあとどれくらいだろう。レッドはふと思い、吊革に向けていた視線を動かした。電車のドアの上辺りには、この路線にある駅名が記してある。黒い直線の上にずらりと描かれたたくさんの駅名を遠目になぞりながら、ところでレッドはふと気づいた。そもそも、今自分がどの辺りにいるのか分かっていないことに。いつもはアナウンスを聞いて判断するのだけれど、吊革を見ていたらついぼんやりしていたようだ。ここはどの駅と駅の間なのだろう。車窓から見える景色はどこも変哲の無いように思っていたから、地域の特徴から居場所を割り出すことも出来ない。

「何見てんだ?」

 少々茫然としていたレッドを、隣に座っていたグリーンがひょいと覗き込んだ。レッドは駅名を何となく目で流しながらぽつりと答える。

「……今どこかなって」
「今?あー…多分あと5駅くらいじゃね?」

グリーンは少し首を傾けてから曖昧な態度ながらも断言とした答えを口にした。

「何でわかるの」

グリーンは「景色とか?」と笑う。どうやら彼もぼんやりしていたようだが、レッドと違って辺りの風景は把握しているようだった。レッドは窓の外に広がる住宅と自然ばかりの風景に瞬いた。

「………まだあるね」
「そーだな、この辺りは一駅間も結構あるからな…まだしばらく乗ってるだろ」

グリーンはぐぐっと伸びをして欠伸をした。

「ねみぃ」

そしてつつ、とわざとらしくレッドとの距離を詰めると、緩やかに傾く。セットされた茶色の髪を頭を、そっとレッドの肩に預けた。

「寝てもいい?」

グリーンはほとんど体格差の無いレッドの肩でにこりと笑って見せる。その茶髪が地毛であることを示す、髪と同じ色をした睫毛が女子を意図的に真似るようにしてぱちぱちと上下した。

「キモいやめて」

レッドは心底嫌そうに両目を眇た。学生生活の中で擦れたために若干テカっているブレザーの肘の部分で、体重を預けてくるグリーンの身体をぐりぐりと無下に押し返す。グリーンは渋々といった表情をしながらも、案外あっさりと身を起こした。

「何だよつまんねぇなーもっと照れたりしてみろよ」
「……バカ?ここ、公共の場所。それに俺もグリーンも男だ」
「気にすんなよ、こんなローカル線…ほらこの車両全然人いねぇし。誰もバカやってる高校生なんて気にしねぇよ」

レッドはそれに無言で応えて、もう一度念を押すように肘でグリーンを軽く小突いた。つれねぇなと呟くグリーンを一瞥して、少し膝から滑っていたバッグを引き上げる。まだ下車まで十数分あるけれど、そう大した時間ではないだろう。するとあれ、そういえば定期はどこにしまったのだったか。さっき改札でタッチして、そのままホームへ走りながらバッグの中へ仕舞ったのだったけれど果たしてどのポケットだったか。レッドはバッグの中を探ろうとした。
――と、グリーンが再びレッドの肩へと凭れかかる。

「……グリーン」

レッドはゆっくりと、それこそわざと怒りを示すかのように肩へと向けて――そして拍子抜けした。
 グリーンはレッドの肩で本当に眠っていたのだ。

「………」

 レッドの肩に頭を預けて、しっかり目と口を閉じている。慎重に耳を澄ましてみれば微かながらも穏やかな寝息が聞こえた。レッドはグリーンの膝に掌を添えて、申し訳程度にそっと揺する。だが電車の揺れよりも不確かなその手付きはグリーンの瞼を持ち上げることにはならない。レッドは数瞬ほどグリーンの膝に手を置いたまま停止し、グリーンの頭に当たらないようにしながらゆっくりと辺りを見回した。グリーンが言っていた通り電車には人影が疎らで、二人が座る車両にも近くに人がいる様子はない。閑散とした車内には隣り合って座っている学生はレッドとグリーンだけだった。

「……人の気も、知らないくせに」

 レッドは小さく呟いて、グリーンの首元に手を伸ばす。窮屈そうに重なっているセーターやブレザーをずらして緩めてやった。
そしてレッドは再び駅名の羅列へと目を移す。
あと、5駅。
はぁっとつい盛らした溜め息は苛立ちや怒りからなどではない。レッドは仄かに紅潮した頬を自覚した。セーターの袖をブレザーの中から引っ張り出して、口元を横手で覆った。誰も見てはいないと知りながらも、真っ赤になっているだろう自分の顔が恥ずかしくてたまらなかった。
 あと数十分は、セーターの裾に頼り続ければならないだろう。さっきは然程大した時間に感じられなかったはずのそれが、途端にとても長く、そして少し辛いながらも決して離れがたいものにレッドは思えた。





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