あのね、私この間、彼の後をつけていったのよ。

そう、そう。その彼よ。私ね、彼のこと前から好きだったの。前からって言うのは、そう…いつだったかしら。いえ、こんな浮世離れした生活をしていると月日には疎くてね、正確な数えが曖昧なだけ。その日のことははっきり覚えてるわ。
 その日は、とってもいいお天気だったわ。私、久しぶりにお買い物にでも行こうと思って、家を出たのよ。この子にお願いして空を飛ぶのも勿体無いくらい良いお天気だったから、歩いて行ったわ。その時だったの。ゲートをくぐったらね、彼とばったり鉢合わせになったの。お互いにきっと…名前とか存在くらいは、知っていたわ。でも初対面だった。しかも初対面と言っても、会釈した程度の出逢いよ。でもね、私ったらそれだけで彼に一目惚れしちゃったのよ。自分でも信じられないくらいメロメロになっちゃった。…ふふ、おかしいでしょ、私のほうがずっと歳上なのに。でもそうなの、彼のこと好きになっちゃったのよ。恋って突然だから、もう、びっくりしちゃうわよね。
それから私は彼について調べたわ。とっても簡単だった。だって彼、有名人ですものね。名前、出身地、経歴、お誕生日、身長、それと…うぅん、それだけかしら。こんなことは誰でも知っていることかしらね?もしかしたら、あなたの方が彼について知っているかもしれないわ。有名人だからこそ、第三者には秘密にしなきゃいけない部分って多くなるところがあるもの。
 それで私は、彼の後をつけたの。私は彼のことをよく知らないから、だったらまずはなぜ彼がこの山に来ているのか、知ろうと思って。
彼は週に一度、この山を登っていたわ。結構大きな荷物を抱えて、ポケモンセンターにも寄らずに洞窟へ真っ直ぐ。
不思議だった。なぜ彼みたいな多忙な人が、決まってこんな険しい山に登るのかしら。だってここは、立ち入り禁止に指定されるような危険な区域よ。余程の事情が無ければ誰も来ないもの。それをね、突き止めようと思ったの。えぇ、だから勿論、私も洞窟へ入ったわ!彼から少し距離をとりながら…ふふ、こう見えてもね、人に見つからないように動くのは得意なのよ。昔取った杵柄というにはおこがましいけれど、お忍びは慣れっこなの。ジム制覇していなくても、一通りの秘伝技使用は特別に許可をとってあったからね、ロッククライムも出来るのよ。
でも大変だったわ…この山、思っているよりずっと広いのね。洞窟の出入り口はいくつもあって、彼を少しでも見失ったらすぐに迷っちゃった。行き止まりもあれば、迷路のように入り組んだ道もあった。ひとつ下の崖に彼が見えるのに、全然追い付けないの。
洞窟をやっとの思いで抜けるとね、そこは開けた雪原だった。彼はそこで、荷物を下ろして誰かと話をしていた。私は彼…彼らに気づかれないように、洞窟の入り口から彼らを見つめたの。霰が降っている中、彼は荷物を差し出しながら、もう一人の誰かに話していた。その人を見て、私はびっくりした!実はね、彼と話している人物を、私は知っていたの。
赤い帽子を被った、黒髪の細身の男の子。その赤い男の子、時々ポケモンセンターに入っていくの、私見たことあったのよ。ジョーイさんに訊いたら、彼は元チャンピオンなんだって言ってたわ。うんそう、セキエイリーグのチャンピオン!凄いわよね…でもその時は親近感わいちゃったの。だって私以外にもこんな山に住んでいる人がいたなんて知らなかったから…まぁ、頂近くに住んでいるなんて、私なんかとは桁が違う生活なんでしょうけれどね。
 それでね、彼らを見ていて、気づいたわ。私が彼に一目惚れした理由。あのね、彼ってぱっと見それはかっこいいけど、ちょっと未熟そうでしょ?慣れたフリして実はウブっぽいようなカンジ。あたしから見ても分かるわ、まだ幼いなって。いくらあんなに有名人で人の上に立っていてもね、場数の少なさはそれとなく分かるもの。それにやっぱり結構な年下。ゲートで会った時からずっと考えたの、何で好きになっちゃったのかしらって。
…あのね、彼、凄くあたたかい目をしていたのよ。初めてすれ違ったあの時、彼は大きな荷物を持ってシロガネ山に登るというのに、すごーく幸せそうだったの。それはね、きっとあの赤い男の子に会いに行くからだった。あの男の子と話している彼は、険しい山を登った上にひどい天候の中なのに、とびっきりの笑顔だったの。あの男の子に会いに行けるから、彼は私が恋しちゃうようなステキな目をしていたの。そう、私は気づいたのよ。私が恋した彼は、誰かに恋している彼なんだ、ってね。
片想いはすぐにおしまいになったわ。うふ、だってそうでしょ?あの子に恋をしている彼が、好きなんだもの。それで彼が別の人を好きになったら、きっと私は彼に飽いてしまう。
彼らがずっとあの関係でいてくれたら、私はそれで幸せなのよ。

 ……あら。やだわ、もうこんなに時間が過ぎてる。ごめんなさいね引き留めちゃって。うぅん、私が悪いのよ、女の子とお喋りってあんまり機会がないからつい嬉しくなっちゃって。
これから頂まで登るんでしょう?身支度は大丈夫かしら、女の子なんだから身体は冷やさないようにしなきゃ。あっ、よかったらこのマフラー使って?とっても暖かいから…大丈夫よフェイクファーよ、本物のミミロルの毛じゃないわ。本当よ。そうそう、うん、よく似合うわ!コトネちゃんにぴったりよ。

「じゃあ、気を付けてね。
グリーンさんとレッドさんに、よろしく」





彼女のささやかな失恋の話





110206
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